goo blog サービス終了のお知らせ 

Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

<淳>彼の中の静寂

2013-11-11 01:00:00 | 雪3年2部(三者対面後~聡美父病院)
青田淳は、伊吹聡美と福井太一が居るはずの病室へと向かっていた。

薄暗い病院内を、一人歩いている。



病室に着き、室内を見回してみると、ぐっすりと眠る二人の姿があった。



淳は病室内をもう一度見回し、端の方の椅子に積まれているブランケットに目を留めた。

その内の一つを手に取る。雪に掛けてあげる為のものだ。



すると淳の足元に、何かがコツンとぶつかった。

見てみると、それはおもちゃの車だった。



淳が腰を屈めてそれを拾うと、一人の女性が駆け寄ってきた。

そのおもちゃの車は、弟の物だと言う。

「壊れたとか言って放り投げては見当たらないって大騒ぎして‥。ここにあったのね」



壊れているんですか? と言って淳は車をじっくりと見た。

おもちゃの車の手慣れた扱いに、女性は「もしかして直せたりします?」と彼を仰ぎ見て聞いた。



多分、と言って淳は頷き、懐かしそうに目を細めた。



子供の頃沢山持っていたと言って、ふっと微笑む。

その端正な顔立ちに浮かんだ柔らかな笑みを見て、女性の頬が染まった。



「こんなうるさいおもちゃの何がいいのかサッパリだわ」

女性はそう言って、幾分困ったような仕草をして見せた。



淳は車体をいじりながら、世間話のような調子で言葉を紡ぐ。

思い通りに動くから、子供達は皆好きなんでしょうと言って。

「ええ?あちこちぶつかってばっかりですよ?」



はは、と淳は笑って見せた。

そして、電池切れだと思いますと言って女性にその車を渡した。

淳は先ほど売店で買ってきた聡美達への差し入れを、袋から取り出しベッド脇に置く。



女性は車を受け取ると、「とにかくこれは隠しておかないと‥」と続けた。



どうしてですか? と淳が問う。

大丈夫ですよ、と言った後、言葉を続けた。


子供達はすぐに飽きてしまうから、と。




淳は聡美と太一を振り返り、彼らを起こしてしまうので僕はこれで、と言って病室から出て行こうとした。

しかし尚も女性は淳に話しかける。

「あの二人のお連れさんなんですか?」



女性は聡美と太一を見ながら、自分の推測を口にした。

「見た感じ入院患者さんではなさそうだし‥でもこの時間まで居るってことは彼女さん?

あ、違うかな? 他の男の人もいるもんね」




女性の推測に対し、違いますよと言いながら淳は笑う。

再び聡美と太一を振り返りながら、大学の後輩ですと答えた。



女性はどこの大学かと聞こうと身を乗り出したが、

ではこれで、と言って淳はそのまま背を向けた。



女性が彼を惜しんで舌打ちした。


















コツ、コツ、と革靴の足音が、


誰も居ない廊下に響く。





淳の指が、トントンと動いている。


これは彼の癖だった。


心の扉が開いている時の、無意識な癖。





自分の足音しか、聞こえない空間。


彼は一人だった。








廊下を歩いているうち、吹き抜けが見渡せる場所に差し掛かった時、彼は立ち止まった。


開けた空間。


窓の外に浮かぶ、ぼんやりと灯る光の粒。





淳は見とれるように、その場に立ち尽くした。


ゆっくりと辺りを見回す。



   




横、前、下‥と、淳の顔が動く。







そこには、無人の空間が広がっていた。


下のロビーにも、吹き抜けで見渡せるどの階の廊下にも、誰も居ない。


  


青田淳は今この空間の中で、一人きりだった。


己のみで完結している、簡素で、そして完璧な世界。


立ち止まった今、自分の足音さえも聞こえない。


静寂が彼を包み込み、そして彼はそれを享受する。







騒がしい人々の声も、いつも晒されているその視線からも、彼は解き放たれた。


口元には自然と、笑みが浮かんでいた。






淳はその時呟いた。


たった一言だけ。




ああ、静かだ。



たったそれだけを。























淳が手術室の前に戻ってくると、そこに彼女は座っていた。

淳はゆっくりと近寄る。



彼女は眠っていた。

頭を前に傾げ、ヨダレを垂らして熟睡している。



淳はそんな彼女を見て、

ふっと微笑んだ。



持って来たブランケットを広げて、彼女に掛けてやる。



淳はそのまま彼女に向かって手を伸ばし、

顔に掛かった髪の毛を、そっと耳に掛けてやる。



眠っている彼女の顔が露わになる。

淳はそれを見て、笑みを浮かべた。




目の前に居る彼女、赤山雪が、長い睫毛を伏せて寝息を立てる。





その顔を眺めながら、淳は満足そうに微笑んだ。





先ほど伊吹聡美と福井太一のことを、”後輩”と呼んだ声が蘇る。

目の前のこの子も、後輩である。

しかし、ただの後輩ではない。



淳は確かめるように、声に出した。



「俺の彼女‥」






言葉にしたら、それは確信となった。

他とは違う、特別な存在。同じ世界の狭間を生きる、唯一の理解者。


淳はもう一度その事実を、声に出して享受した。



「うん、俺の彼女だ」





淳はようやく見つけ出した答えを愛おしむように、真っ直ぐに彼女を見つめた。



淳の瞳の中央に、雪の姿が映る。


それは暗く静謐な場所に灯った、一点の光明だった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<彼の中の静寂>でした


病院内で一人笑みを浮かべる青田淳‥。やっぱり変わってますね、この人は。

皆様もお気づきでしょうが、おもちゃの車のところの会話は、彼が周りの人々や自分の人生に対する彼自身の感想を暗喩したものです。


そして最後の「俺の彼女」。

今回はそこだけ先輩のセリフとして青で反転させました。

雪に関わる度出てくる、自分でも予測できない感情に振り回され苛立っていた先輩は、「俺の彼女」と

言葉にすることで、彼女の存在と自分の感情をようやくまるごと受け入れることが出来たのでしょうね。



<淳>扉の開いた日(下)が、先輩→雪への第一のターニングポイントだとしたら、

この回が第二のターニングポイントかなと思ってます。なので同じ表現を少し入れてみました。気づく方いらっしゃるかな^^


さて次回は<夢の中で<黒い服>>です。

2013.10.12の記事、<夢の中で<白い服>>と少し対になった話でもあります。



人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ

ズレたピント

2013-11-10 01:00:00 | 雪3年2部(三者対面後~聡美父病院)
未だ”手術中”のランプの灯る部屋の前で、

雪と淳は並んで座っていた。



二人の間に会話は無く、ただ時計の秒針だけがカチカチと無機質に響いていた。

当然雪は落ち着かない。ソワソワと身を震わせて、一人煩悶していた。



そんな雪の姿を見て、淳が「あまり思い詰めない方がいい」と言葉を掛ける。

大丈夫だよ、と断言に近い口調で言葉を続けた。

「この病院には、脳専門の有名な先生がいるんだ」



その言葉に、雪は疑問を持った。

どうしてそんなことを知っているのか、と質問すると、先輩は「一度ここに来たことがあるから」と答える。

「柳のお母さんもここで手術したことがあるんだよ。その時知ったんだ」



先輩のその言葉に、雪は意外な思いがした。

頭の中ではいつもおちゃらけている柳先輩の姿が浮かぶ。



黙り込んだ雪を見て、先輩がまた声を掛ける。

「とにかく伊吹のお父さんは早期発見だったみたいだから、無事手術は成功すると思う」



そう言って淳は息を吐いた。

隣で俯く雪の、心がまた騒ぎ始める。



こんなことになるなんて、まさに青天の霹靂だ。

聡美の父親に、柳先輩のお母さんが‥。

雪は落ち着かなくなって、手術室のランプをじっと眺めた。

中年世代の親が倒れて手術するこんな状況‥。

心配はしてたけど、周りで実際こんなことが起こるだなんて‥。全く思いもしなかった‥




人生は何が起こるか分からない。災難はいつ自分に降り掛かってくるか予測出来ない‥。

雪は今回のことを受けて、自分の両親のことが心配になった。そして勿論聡美のお父さんのことも。

「‥‥‥‥」



再び考えこんで下を向いた雪の肩に、先輩がそっと手を置いた。

「そう心配しないで。絶対助かるよ」



冷静な彼のその言葉を、雪は何も言わずにただ受け入れていた。



そして二人は再び黙り込んだ。

手術中のランプをぼんやりと眺めながら。












一時間経ち、二時間経ち‥。

気がつけば夜十時を過ぎていた。


二人は何も話さず、粛々とただその場に座っていた。



コックリ、と雪が頭を前に揺らす。

眠気が襲ってきた。



「眠い?少し寝た方がいいよ」



いきなり先輩から声を掛けられ、雪はよだれを垂らしながらもビクッと跳ね起きた。

手で口元を拭きながら、居住まいを正す。

「い、いえ‥聡美のお父さんが大変な時に‥」



そう言って目を覚まそうとする雪に、淳は疑問を持った。

「雪ちゃんが寝たからって、伊吹のお父さんの容態が悪化するわけじゃないだろう?

俺が起こしてあげるから、少し寝ときなよ」




彼の言葉に、雪は微妙な気持ちになった。

二人は揃って口を噤む。



それはそうかもしれないが‥。

雪は愛想笑いを浮かべなから頭を掻いた。先輩は何も言わない。



再び落ちた沈黙の間で、雪は自分の父親のことを考えていた。

そういえばうちのお父さんも高血圧だって言ってたっけ‥。

脳に問題が起きない可能性も、なくはないとか言ってたな‥。




雪の心に不安の芽が顔を出す。

あの‥と先輩に向かって話しかけた。

「柳先輩のお母さんの事なんですけど‥その後は無事良くなられたんですか?」



その質問に、淳は答えを言い淀んだ。

しかし口ごもりながらも、「亡くなったんだ‥」と彼女に事実を伝えた。



雪が大学に入学する前の、昔の話だと淳は続けたが、雪の顔は青くなるばかりだ。

先ほど顔を出した不安の芽が、心の中で大きくなる。



こういった災難も他人事ではないと、急に実感したように雪は動揺した。

淳はそんな雪を見て、彼女が聡美の父親のことで不安がっていると思い、背中に手を回す。

「心配?だからって不安がることはないよ。きっと大丈夫だから」



先輩の言葉を聞いても、どこかチグハグな印象を受けた。

雪が今不安を感じているのはそういうことではないのだ。

どこか遠い話だと思っていたことが、実際に起こりえるということが実感されたリアルさに、雪は恐怖を感じていた。




不意にエレベーターが開き、救急搬送されてきたらしい患者を乗せた担架がそこから出て来た。

救急隊員や看護師が騒がしく目の前を横切って行く。



担架に乗せられた患者の腕に、血が滲んでいるのが見えた。

雪はそれを見て顔面蒼白になり、思わず息を呑んで先輩の方へ身を寄せた。



体を震わせている雪を見て、淳は彼女の肩を掴んだ。

先ほどから彼女の行動や言動が、淳には理解不能だった。

「雪ちゃん、さっきから一体どうした?疲れてるなら横になった方がいい」



大丈夫だから、と言葉を続ける淳に、雪は「そうじゃなくて‥」とオズオズ返した。

「ちょっと怖くって‥」



そう言って手術室の方を見る雪に、淳は目を丸くした。

「何が?」



淳には意味が分からなかった。

病院やこういった状況が怖い、と答えた彼女も理解不能だ。

「? 病院なんだからこういう状況も当たり前じゃないか」



当然のようにそう言った淳に、

雪は「だからその‥人が‥倒れたり‥そういうのが‥」と言葉を続けた。



それは様々な思いや、自分の両親への心配などが含まれた恐怖だったのだが、

淳はそのまま言葉通りに受け取った。

「大丈夫大丈夫。その為の手術なんだから。

慣れない状況だからそう思うんじゃない?怖がることないよ」




そう言って雪の頭を優しく撫でる彼の、眼差しは穏やかだった。

雪の心が少し落ち着く。



しかしどこかチグハグな思いは捨てきれずにいた。

こういった状況で頼りにはなるけれど、どうも先ほどからピントがズレているような気がしてならない‥。



そんな雪の心のざわめきなど知る由もなく、先輩は柔らかに微笑んでいる。

彼の手は髪から耳を伝い、雪の頬を優しく撫でていた。



すると手術室の扉が開き、中から人が出て来た。

伊吹さんの御家族の方、と二人に声を掛ける。



俺が行ってくる、と先輩がそちらへ向かい、説明を受けた。

雪が不安そうにそれを見つめる。



雪のもとに戻って来た先輩は、

「まだ数時間かかるけど、とりあえず経過は良好だって」と彼女に伝えた。



心配いらないよ、と言葉を続けた先輩に、雪がほっと息を吐く。

そして安堵のあまり、そのまま椅子にへたり込んだ。



緊張の糸が切れたのか、眠気が一気に襲ってくる。

もう目を開けていられないほどだ。

うう‥しっかりしなきゃ



なんとか気力を振り絞り目をこする雪の肩に、先輩は優しく手を置きながら声を掛けた。

長くかかりそうだから少し眠った方が良いと。

「ブランケット借りてくるよ」



そう言って廊下を歩いて行く彼の、後ろ姿をぼんやりと雪は眺めた。

頭の中がボーッとしてくる。

‥疲れがどっと出た気分‥。昨日も先輩のことでほとんど寝てないし‥



帳が落ちるように、瞼が閉じていった。

そしてそのまま深く深く、雪は眠りに落ちていった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<ズレたピント>でした。

最初読んだ時は、先輩の物事の捉え方のピントがズレているだけの話だと思っていましたが、

記事を書いていく内に、雪の先輩との接し方にも問題があるのだなと感じました。

雪が自分の両親のことを心配して、災難は身近に起こりえるということへの恐怖を感じているという場面がありますが、

雪は一言もそのことを口にしてませんよね。(雪は自分のことを話すことが不得意というのもあるでしょうが)

思っていることは言わないと先輩には伝わらないよ、ということを雪に伝えたい(そんな読者のもどかしさ‥)。

先輩の他人への共感能力がとても低いのも大いに問題ですが、それ以上に雪も自分の考えていることの半分も伝えられていない。

だからこそのピントのズレ、つまりお互いへの誤解、不理解なのかなと思いました。

腹を割って話したところで、お互いを理解できないかもしれない。

でもそれをすることこそに意味があるんだよ、ということを二人に伝えたいなぁ‥。

次回は<<淳>彼の中の静寂>です。

人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ

第一弾 河村亮×赤山雪

2013-11-09 14:46:51 | Movie
みなさんこんにちは!

ちょびこ姉さんに触発されて、私も作ってみましたー!

姉さんの素晴らしい動画の数々とは雲泥の差ですが、良かったらお楽しみ下さい(^0^)

Stay with me


あれだけ先輩派って言っておきながら、第一弾は亮の動画なのな‥。

曲の歌詞と出来るだけリンクさせましたので、合わせてお楽しみ下さい。

また感想など聞かせてもらえると嬉しいです♪

なんか画像があまりきれいじゃないので、小さい画面で見ていただいた方がいいかもです‥(^^;)

まだまだ勉強が必要だなぁ‥。

風のように駆けつけて

2013-11-09 01:00:00 | 雪3年2部(三者対面後~聡美父病院)
伊吹聡美は、深い深い闇の中に居た。

心細さと迫り来る不安を抱えながら、先の見えない真っ暗なトンネルの中にいるみたいだった。



俯いて膝を抱えた彼女は、とても小さかった。

その小さな彼女が、しゃくり上げながら手術室の前の椅子に座っている。



彼女はたった一人だ。

隣で肩を抱いてくれる母親も居なければ、大丈夫だよと励ましてくれるはずの姉も傍には居なかった。

たった一人で、肩を震わせてこの叫び出しそうな恐怖と戦っているのだ。

「どうして誰も来ないの‥」



彼女に駆け寄る人間はいない。携帯電話も鳴らなかった。

ただ壁にかかった時計の秒針だけが、カチカチと一定の音を発しているだけの空間。




聡美は孤独に押しつぶされそうだった。


「お姉ちゃん、早く来て。ママ、怖いよ‥」



「パパ、どうなっちゃうの‥?あたし怖くて死にそうだよ‥。怖くて死にそうだよぉ‥!!」


口に出す言葉が、しんとした空間に響いて、消えた。

誰か助けてと、心の中から必死に手を伸ばす。

誰か、誰でもいい。今この空間に風のように駆けつけて、抱きしめてくれたなら。







ダダダダダ、とその大きな足は全速力で走っていた。サンダルは片方履きのまま、足の裏は薄汚れている。

彼は勢い良くドアを開け、病院内を風のように走った。看護師から注意されても、耳に入らなかった。



バタバタと、凄いスピードで風を切る。

もう少し、もう少しだ。



そして彼は、手術室の前で膝を抱える彼女の前まで行くと、息を切らしながらその名前を呼んだ。

「聡美さん!!」



聡美がバッと顔をあげる。

目は泣きはらして腫れ、マスカラが滲んで顔は汚れている。でもそんなことは気にならなかった。



だが目の前に居る彼だって、見た目はヒドイものだった。

ボサボサの髪に無精髭、適当なジャージを着ていてサンダルは片方脱げていた。



ハァハァと息せき切りながら、福井太一はもう一度彼女の名を呼んだ。

「聡美さん!!」



そして彼は聡美に駆け寄る。

大丈夫ですかと手を差し伸べながら。



太一の登場によって、この空間の空気が動き、風が起こった。

暗いトンネルに光が差し込む。聡美の目から大粒の涙が溢れ出した。



膝を抱えて溜め込んでいた震えるほどの不安と、壊れるほどの恐怖が外に出る。

聡美は思わず太一に向かって叫んだ。

「なんでこんなに遅かったのよぉ!バカヤロー!!」



そう言って聡美は、太一のことをボカボカと殴った。

加減をしない上に、太一も避けずに聡美をなだめていたので、されるがままだ。

「聡美さん!ごめん‥オレが悪かっ‥ぐえっ」



聡美は太一を叩いたり掴んだりしながら、湧いてくる不安を彼にぶつけた。

後から後から涙が溢れてくる。

「パパどうなっちゃうの?!あたし‥怖いよぉぉ!!」



太一は感情のままに泣き叫ぶ彼女を前に、その中に居る少女の姿を透かして見た気がした。

小さな小さな彼女の姿を。



あの時も、あの時も、太一はそんな彼女の姿を見た。

子供のような彼女の姿を。

  


太一は泣きじゃくる聡美を抱き締めて、小さな子をなだめるように背中をさすった。

「聡美さん、オレが悪かったから‥ね? 泣かないで。大丈夫だから‥」




太一は時に母のように聡美を慰め、


「どうしよう。パパに何かあったらあたしどうすればいいの‥?」




「そんなこと言うもんじゃない!」




そして時に父のように彼女を叱った。


あたしにはパパしかいない、パパがいないと生きていけないと泣きつく聡美に、

太一はその大きな愛で包み込んだ。


「絶対大丈夫です」




聡美の目から、涙が零れた。

しっかりと掴まれた肩が、温かだった。











エレベーターの扉が開いて、また新たな風が吹き込む。

雪と淳は聡美に気がつくと、バタバタと駆け寄った。

「聡美!」



聡美は雪の姿を見ると再び涙が溢れ出し、

泣きながら彼女に抱きついた。



背中に回される彼女の腕の強い力と、悲痛なまでのその泣き声。

雪は彼女の苦しみを目の当たりにして、心が締め付けられるようだった。



聡美の背中越しに、未だ”手術中”のランプが点灯しているのを見て、

雪は心がざわめいた。

大変なことになった‥。聡美にはお父さんしかいないのに‥。もしものことがあったら‥。



雪は悪い方へ向かう自分の考えを改め、

「大丈夫だよ」と聡美に向かって力強く言った。それは自らに言い聞かせる言葉でもあった。




しばらく雪にもたれかかりながら泣いていた聡美だが、

不意に雪の腕の中でぐったりと力が抜けた。



何が起こったのか分からず、必死に聡美の名前を呼びかける雪と太一の横で、淳が振り返って看護師を探す。

そして手短に要点を伝え始めた。

「すみません、友人が泣きすぎて脱水症状になってしまったようなんですが、

どこか空き部屋は無いでしょうか?」




看護師はそれを受けて、「すぐにこちらへ」と案内を始めた。

太一が聡美をおんぶし、雪が自分のカーディガンを聡美に着せかけてやる。

「ここは俺らに任せてまずは横にならせてやった方がいい。結果が出たら伝えに行くから」



淳の言葉に太一は頷き、

看護師の指示にしたがって病院の廊下を歩いて行った。






雪と淳はしばらくその場に佇んでいたが、やがて手術室前の椅子に並んで腰掛けた。

時刻は夜六時十分過ぎ。




長い夜の、始まりだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<風のように駆けつけて>でした。

太一~~~!!(感涙)という感じの回です。

太一は本当に心根が温かな人ですね。愛されて育ってきた人間という感じです。


そして前々回、今回と出て来たあのカーディガンは‥

 

聡美の毛布になりました~



細かい倶楽部です(笑)


次回は<ズレたピント>です。

人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ

混乱の中で

2013-11-08 01:00:00 | 雪3年2部(三者対面後~聡美父病院)
淳の車から出て、雪は大きな歩幅でツカツカと歩いた。

心の中では、未だ大きなわだかまりと怒りの尻尾が後を引いていた。

先ほどぶちまけた不満の他に、まだまだ雪の心の底には彼への不信が溜まっている。

それだけじゃない。

挨拶は返さないわ無視するわ書類を足蹴にするわ、恥ばかりかかせて‥




そして最近雪の心を悩ませている、最も大きな不信が胸を過った。

      

助けてもくれなくて‥!



雪の心の中に、嵐が吹き荒れる。

彼への不信が怒りの暴風となり、ついその不満の数々が勢いで溢れ出てしまった‥。






幾らか落ち着いてくると、雪は天を仰ぎながら先ほどの自分の言動を反芻した。

じわじわと、後悔の念が押し寄せてくる。



雪は一人頭を抱えながら、自分で自分を罵倒した。

道行く人もその姿に二度見して行くくらい、雪は動揺のあまりオーバーアクションだ。

私って奴は‥!恋愛もまともに出来ないくせに、なんでOKしちゃったんだろう!

てかヒドイこと言い過ぎた?キレても良い立場じゃなかったのに‥




雪は一人右往左往しながら、自らの言動の数々を後悔していた。

でもどこか納得している自分もいて、それがまた雪の頭を悩ませた。

でもあまりにもムカついたから!どうしてこんなに感情に歯止めが利かないんだろ?

私こんなんじゃ無かったよね??




理性と感情、思考と言動が、あまりにもちぐはぐでそれが雪を困惑させている。

目を閉じて冷静になろうとするも、頭も心もグチャグチャだ。



そんな折、携帯電話が鳴った。着信画面を見ると聡美からであった。

なんというタイミング‥。雪は沈んだ気持ちのまま、その電話を取った。

「もしもし‥聡美?私もうダメ‥」



そう俯いて話しかけた雪だったが、電話の向こうから聡美の取り乱した声が聞こえてきた。

どうしようどうしようと、大きな声でひたすら繰り返している。泣いてもいるようだ。

「ど、どうしたの?なんで泣いてんの?!」そう聞いた雪に、聡美は切れ切れに言葉を発する。

「ゆ、床に倒れててうぅっ‥呼んでも返事が無くてうわぁぁん!

119番したけど‥あたし‥あたし‥ふぇええん!!」




雪は「どういうこと?誰が倒れたって?」と冷静に聞き返した。

追いかけてきた先輩が、雪の名前を呼ぶのにも気が付かない。



聡美はしゃくりあげながら、必死に言葉を続けた。

「パパが‥パパが‥!!」



そう言ったきり、電話の中の聡美は大声で泣き叫んだ。

後ろから先輩が雪の腕を掴む。



うわぁぁぁん、ふぇぇぇん、と聡美の泣き声が絶え間なく続くその空間で、二人は顔を見合わせた。








雪の手が、ぎゅっと携帯電話を握っている。

ここは先輩の車の中。二人は緊迫した空気の中、病院へと向かっていた。



ソワソワと落ち着かない雪に、先輩が冷静に声を掛ける。

「結構深刻なの?どんな状態だって?」



雪はあの後聡美から何とか聞き出した、彼女の父親の容態を伝えた。

突然降って湧いた災難に、未だ頭はついていけないままだ。

「‥聡美が家に帰った時には、お父さんはすでに倒れていたみたいです。嘔吐症状もあったみたいで‥。

初めは食中毒みたいなものじゃないかって思ってたらしく、それですぐ救急車を呼んだみたいなんですけど、」




「運ばれている間、症状を確認された後の周りの表情が一変して‥脳出血だって‥」

電話の向こうで、急な手術に動揺している聡美の声が聞こえていた。



きっと身体を震わせて、今頃俯いて泣いている‥。

「聡美は一人なのに‥」



母親は居らず、姉も海外在住だったはずだ。

聡美はこの恐怖と不安と、たった一人で戦っている‥。



先輩がアクセルを踏み込み、車はスピードを上げた。

二人はその後口も聞かず、ただ流れ行く景色の中を、その混乱の中を、ただひたすらに駆け抜けて行った。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<混乱の中で>でした。

少し短めの回になりました。

しかし雪ちゃんの着ているカーディガン、昨日と一緒に見える‥。

 


次回は、<風のように駆けつけて>です。

人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ