ヒマローグ

毎日の新聞記事からわが国の教育にまつわる思いを綴る。

進む家庭、留まる学校

2019-10-18 07:45:16 | 我が国の教育行政と学校の抱える問題
「それを是とする」10月11日
 長く続く連載企画「変革」は、総合食品企業マツハニチロを取り上げています。その17回目は『進化する冷凍チャーハン』でした。そこでは『加熱後、皿に盛らずに食べられる冷凍チャーハン』開発のいきさつが紹介されていました。『皿を洗うのが面倒なので、ラップを敷いた皿の上に冷凍食品を載せてレンジに~』という話からヒントを得、反対論を『コンビニではサラダを買って袋のまま食べるスタイルが若い女性の間で広まっている』ことを例に説得し、『パッケージは食べる際に食卓の上に立てられるように工夫~』して発売、『意外にも主婦の関心が高かった。これまでの売り上げは当初予想の倍』という成功を収めたということです。
 新製品開発の努力をどうこう言うつもりはありません。ただ、また一つ学校での指導が難しくなったな、と感じたのです。新製品の開発は、生活を変えていきます。昔は下品だ、行儀が悪いとされていたことが、新しいライフスタイルとして肯定されていきます。
 進化した冷凍チャーハンは、食べる人のことを考えて盛りつけに工夫する、という考え方を時代遅れにするかもしれません。それは、家庭科の学習内容を変えることになりますし、家族への思いという道徳の指導内容を変更させるかもしれません。
 古い人間である私は、歩きながら食べることはいけないことと思っていますが、蓋付きのカップにストローを指して飲むドリンクはそんな常識を笑い飛ばします。約束の時間を守るために5分前には待ち合わせ場所に行くという常識も、携帯電話の出現で1時間遅れても移動先の店で会えるとなり、廃れてしまいました。
 一回着た服はメルカリで売るという行動パターンは、ものを大切に長く使うという美徳を古臭くさせましたし、メールやラインが主要な通信手段となって、文章を推敲する習慣は消えてしまいました。こうした変化は、若者や子供だけの話ではなく、大人の世界でも広まっています。レンジで加熱後パッケージを食卓に置いてそのままスプーンを突っ込んで食べるという行動が、当初予定していた若い単身男性ではなく主婦に支持されたように。
  つまり、保護者が古臭い躾的なものを認めなくなっているのです。それに対し学校という組織は基本的に保守的です。そこで学校で指導することが子供だけでなく、保護者から「今時そんなこと必要?」と懐疑的に評価されてしまい、理解も協力も得られないという状況が増えてくるのです。
 子供の教育は、学校だけで完結するものではありません。というよりも、学校と保護者が共通の基盤に立ち協力し合ってこそ成果を上げることができるのです。学校で教員がいったことを家庭で保護者が否定する、そんな状況下では指導は成り立ちません。
 もちろん、個々の教員も時代の影響を受けていますから、今の若い教員はそれほど違和感を覚えてはいないでしょう。しかし、かつてないほど科学技術の進歩が著しい今、学校と家庭のズレは、必ず問題化すると思います。どうすべきか、考えておく必要があります。
 
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