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ほぼ週二 横浜の山の中通信

人と異なる視点から見る

「空飛ぶ車」は将来の乗り物か?

2023年12月02日 | 鉄道・リニア新幹線・航空機

「空飛ぶ車」は各国で開発されており、何でも食らいつく中国では、最近開催された上海の自動車ショーに出品されていたとか。日本でも、関西万博が開催される頃に商用生産される予定だったけど、これが無くなったとか。

 

「空飛ぶ車」の疑問

 

ところで、「空飛ぶ車」に関する疑問。

 

(1)田舎では、田んぼや畑、林の上を飛べば良いが、都会ではどこを飛ぶのかな?

 

・車体の不具合や衝突、気象状態、運転ミスが原因で墜落事故が発生する可能性があり、飛ぶのは道路上や河川上が無難。それでも、道路上に墜落すれば自動車や歩行者、電線を巻き込み大事故になる。河川上が無難だけど、河川が都合の良い所にあるわけではない。

・民家や中小ビルの上は、住人からすると飛んで欲しくない。低空を飛ばれると怖い。

・高層ビルは飛び越えられないので、周囲を迂回することになる

・「空飛ぶ車」は横風には弱そう。そうすると、風が強い高層ビル群の中を飛べるのかな? 高層ビル群の中を飛べないとすると、メリットが減少する。

 

(2)田舎では、林の上を飛び越えるくらいの高度を飛べば良いが、都会ではどれくらいの高度で飛ぶのかな?

 

・飛ぶ高度が低いと住人や通行人にとって圧迫感がある

・飛ぶ高度が高いと「空飛ぶ車」は風の影響を大きく受ける

 

(3)どこに離着陸するのかな?

 

・高層ビルなどの屋上には、ヘリコプターが着陸できるスペースが用意されている。しかし、「空飛ぶ車」は横風に弱そうなので、ここは使えないのでは? 使えないとすると、地上かあまり高くないビルの屋上のスペースが必要になる。

 

(4)「空飛ぶ車」が増加したら交通管制はどうする

 

・交通信号を設置するわけにはいかないので、交通管制はどうする? GPSを使って空いている場所を自動的に選ぶのかな?

 

(5)免許はどうする

 

・免許を取ったけど、初心者は都会の上を飛べるのかな?

 

それほど「夢の車」「将来の乗り物」では無さそう

 

「空飛ぶ車」は、アメリカや日本の田舎では便利な乗り物になりそうだけど、都会では制限が多そうで、それほど「夢の車」では無さそう。都会で墜落事故が起きれば被害は大きいし、飛行に制限がかかる。テロの可能性もある。

 

2023年11月2日

 


宇部興産専用道路は国鉄のスト対策

2023年11月29日 | 鉄道・リニア新幹線・航空機

乗り物関係のネット記事で、宇部興産専用道路(通称)を紹介していたが、肝心なことを書いていなかったので一言。Wikiの「宇部伊佐専用道路」にはそのあたりの事情が書かれている。

 

通称宇部興産専用道路は山口県の美祢地方の石灰石を沿海部の工場まで運ぶ全長約32キロメートルの自動車専用道路です。この自動車専用道路は、宇部興産が作った高速道路で、宇部興産専用の私道です。ネット記事では、宇部興産がこの道路を作った理由をサラッと流していたが、私が覚えている理由は国鉄(現JR)のスト対策。かって美祢地方の石灰石は、国鉄の美祢線を通って沿海部の工場へと貨車で運ばれていた。

 

その頃、国鉄の労働組合はストが年中行事であり、特に大企業を狙ってストを行っていた。したがって、労働組合がストを行うと、石灰石を積んだ貨車がストップすることになり、宇部興産は頭に来ていたと思います。

 

このような理由から、宇部興産は国鉄に頼らない輸送ルートを確保したかった。(これは、私の推測ではなく、当時のメディアにも記事になっていたと記憶しています) 国鉄の労働組合としては、石灰石を運ぶ仕事がなくなるのはストの成果ですけど。

 

2023年11月29日

 


ガッカリ駅と中途半端な京都奈良間の線路

2023年11月14日 | 鉄道・リニア新幹線・航空機

何もない神戸駅と横須賀駅

 

昔昔、学生の頃です。(およそ半世紀前です) 神戸に行こうとして国鉄(現JR)神戸駅に降りると何もない。神戸の繁華街は三宮駅や元町駅の周辺と言うことは後で知った。

 

東京に勤め始めた頃の話です。横須賀に行こうと国鉄(現JR)の横須賀駅で降りると何もない。京浜急行の横須賀中央駅で降りるべきでした。

 

近鉄京都線は大和西大寺駅まで

 

近鉄京都線の昔は弱小私鉄の「奈良電」でした。このあたりの事情は2020年06月14日の「近鉄のフリーゲージ・トレインは成功するか? ㊤買収された奈良電とJR奈良線の悲哀」に書いている。弱小私鉄「奈良電」の線路は、京都駅から大和西大寺駅までだったので、奈良電の奈良行は大和西大寺駅から近鉄の線路を借りて奈良駅まで乗り入れていた。というか、奈良電は奈良駅までの線路を作りたかったが、近鉄が作らせなかった。奈良電は、奈良電と言いながら、奈良駅までの線路を作れなかった。

 

奈良電の後身の近鉄京都線は、今も大和西大寺駅まで。大和西大寺駅から奈良駅までは、大阪から来る近鉄奈良線です。

間違えないように言うと、京都駅からは奈良駅行と橿原神宮前駅行(大和西大寺駅からさらに南に行きます)が出ていて、伊勢志摩行の観光特急も出ています。

 

JR奈良線は木津駅まで

 

JR奈良線は京都駅の新幹線下のせせこましい場所から出ている。近鉄京都線(奈良方面行です)は新幹線の改札の前にあるのに、JR奈良線は新幹線の下のゴミ捨て場のようなところにホームがある。そのJR奈良線は京都駅から京都府最南端の木津駅まで。木津駅から奈良駅までは実は関西本線、別名大和路線。JR奈良線は奈良駅に行かないし、奈良県にも入らないのに奈良線とは? 

 

間違えないように言うと、京都駅から奈良駅行が出ていて、奈良線、関西本線を通り、奈良駅に行きます。

 

京都と奈良間の線路は二の次

 

近鉄京都線(旧奈良電)にしても、JR奈良線にしても、奈良駅に到達していない。京都と奈良間の線路は二の次だったことがわかる。

 

JRより私鉄の方が目的地に近い所に駅を作る

 

ついでに言うと、JR日光駅より東武日光駅の方が東照宮にわずかに近い。日光と同じように、JR奈良駅より近鉄奈良駅の方が奈良公園(シカがいたり、東大寺や春日大社がある)にかなり近い。日光より奈良の方の差が大きい。私鉄は国鉄との競争に勝つために、国鉄より目的地に近い場所に駅を作る。

 

2023年11月14日

 

(追加説明)2023年11月29日

追加の説明があります。昔読んだJTBの廃線跡の本に「大仏線」があったのを思い出しました。現在は上に書いたように、JR奈良線は奈良駅に到達していません。なぜなら、木津駅―奈良駅間は関西本線だから。

 

しかし、ネットで確認すると、現在のJR奈良線の前身である奈良鉄道は、現在のJR関西本線の前身である関西鉄道より先に奈良駅に到達している。この頃、関西鉄道は名古屋方面から線路を延ばしてきて、ようやく奈良付近に到達していた。

 

・明治29年4月 奈良鉄道は、現在のJR奈良線とJR桜井線に相当する七條駅(京都駅付近にあった)―桜井駅(奈良盆地南部の駅)間を開業

・明治32年5月 関西鉄道は大仏線を作り、奈良駅に乗り入れ

・明治38年2月 奈良鉄道は関西鉄道に吸収される

・明治40年8月 大仏線は廃線になり、木津駅付近の線路を現在に近い経路に付け替えた

・明治40年10月 関西鉄道は国有化される

上に書いた以外に、関西鉄道は周辺の鉄道を買収しているので、実際はもっとややこしい。これを見ると、奈良鉄道(現在のJR奈良線)は関西鉄道(現在のJR関西本線)より先に奈良駅に到達しているが、国鉄の東海道線と競っていた関西鉄道は、大阪へ向う現在のJR関西本線を優先したようです。その後の関西本線は、大阪近郊の一部を除いてローカル線になり、中央部の山間地域の路線は非電化のままです。

 

 


沖縄・那覇のモノレールと宇都宮のLRT

2023年11月10日 | 鉄道・リニア新幹線・航空機

沖縄のモノレール

 

沖縄のモノレールは、那覇空港と首里の間を結んで2003年に開業しました。2019年には首里から延伸し、路線長は17キロメートルになっています。このモノレールは跨座式といってレールの上に跨る方式で、開業当初は2両編成でしたが、乗客が増えたので3両化が進んでいるようです。といっても、1両が約15メートルなので、JRや私鉄の電車の20メートルと比べると短いが、横幅は3メートル弱なのでJRや私鉄並みです。

 

私は開業当初に何回か乗りましたが、自衛隊の那覇駐屯地(那覇空港の隣)の横を通る時、基地が丸見えで、「基地の中がこんな丸見えで良いのかな?」が感想です。路線は客が集まりそうなところを通るように設定したのか、クネクネと曲がっていて、ゆっくりと走っている印象でした。それに地上3階建てくらいの高さに駅があるので、階段がやけに長かった。

 

このモノレールができる前の交通の中心は、那覇空港駅から5つ目の旭橋駅の地上にあるバスターミナルでした。那覇市内や那覇空港、沖縄各地へバスが頻繁に出ていました。モノレール開業後も旭橋駅下のバスターミナルから各地にバスが出ていますが、以前のような賑わいはありません。

 

このモノレールが出来る前、本当に乗客が集まるのか、否定的な意見が出ていました。「車社会の沖縄の人がモノレールに乗ってくれるのか?」とか、「暑い沖縄で、モノレールの駅から目的地まで歩いてくれるのか?」という疑問がメディアに出ていましたが、上に書いたように乗客は増えているようです。

(今年の各地の気温を見ると、東京・横浜が35℃前後の時も、那覇は31、32℃くらいで、沖縄の気温の方が低い。これなら歩いてくれるかも。)

 

ところで、宇都宮のLRTは開業しましたが、構想段階ではやはり「車通勤している人がLRTに乗り換えてくれるのか?」という議論が出ていた。宇都宮のLRTはどうなるのでしょうか?

 

宇都宮のLRT

 

というわけで、宇都宮のLRTについて。宇都宮のLRTは宇都宮駅東口から東隣の芳賀町にある工業団地まで走り始めました。新聞記事によると、開業から1か月後の状況は、累計で約42万人と想定の1.4倍の乗客があったそうです。

 

開業1カ月なので、LRTを乗るために来る人が多いと推測しますが、これらの人々は徐々に減っていくでしょう。しかし、それでも初年度から黒字を計上できるかも?と新聞には載っていました。開業までいろいろな問題が起こり苦難の道でしたが、関係者は一安心かもしれません。

 

2023年11月10日

 


昔々の京都―大阪間の電車について

2023年10月29日 | 鉄道・リニア新幹線・航空機

京都付近の鉄道を書いた過去のブログ

 

今までにも京都付近の鉄道を書いています。

・2017年10月25日の「京都の鉄道は観光用ではない 京都事情その46

 京都の鉄道の多くは、観光用ではなく都市間連絡用です。

・2020年4月10日の「嵐電北野線に日本一長い駅名ができた ~京都事情その60~

 嵐電は京都にはめずらしい観光が目的の路線です。

・2020年6月14日の「近鉄のフリーゲージ・トレインは成功するか? ㊤買収された奈良電とJR奈良線の悲哀

 京都-奈良間の鉄道(電車)の昔と今について。

・2022年10月2日のブログ「鉄道フェイクニュース 関西の東海道線『快速』他

 昔の京阪神間の電車についてのネットニュースがウソばかりの酷い内容でした。

 

今回は、私が学生の頃の京都-大阪間の鉄道(電車)です。

 

昔々の京都―大阪間の電車

 

昔々」の話を私の記憶だけで書いてみるので、記憶違いがあるかもしれません。その時はご容赦願います。昔々」とは私が生徒だった昭和30年代後半から昭和40年代前半のつもりですが、一部の話はこの範囲からはみ出しているかもしれません。

 

2022年10月2日のブログ「鉄道フェイクニュース 関西の東海道線『快速』他」を書いた理由は、昔々の京阪神間の電車についてのネットニュースの内容がウソばかりの酷い内容で呆れてしまったからです。ファンタジーと言うか、創作と言うべきかもしれません。このブログでは書き足らないところがあり、もう一回書いてみます。この頃の京都―大阪間の運賃は200円代でした。

 

前にも書きましたが、京都―大阪間は何回も乗っていますが、大阪より西側(つまり神戸方面)はほとんど乗ったことが無いので省きます。

 

京都―大阪間の電車は、国鉄(現JR)が京都駅―大阪駅(住所は梅田)、阪急が河原町駅-梅田駅、京阪は京阪三条駅―淀屋橋駅(この頃、天満橋駅から淀屋橋駅まで延伸しました)を走っていました。

 

国鉄大阪駅と阪急梅田駅は隣同士ですが、京阪の天満橋駅や淀屋橋駅はかなり離れている。また、京都駅と京阪三条駅と阪急の河原町駅も離れているが、京阪四条駅と阪急の河原町駅は近い。

 

つまり、国鉄(現JR)が最短で、次に阪急、一番距離が長いのは京阪です。ということは、京都―大阪間の所要時間といっても両端の駅が離れていて、距離も異なるので比べてもしょうがない。

(大阪と神戸間の鉄道は、両端の駅がほぼ同じ場所なので比較しやすい)

 

国鉄の快速・新快速

 

京都―大阪間の距離では国鉄が一番短い。新快速が出来た頃、京都駅―大阪駅をノンストップの29分で走っていました。京都駅―大阪駅間は約40キロメートル強なので、平均時速が80キロメートル以上で走っていたことになる。それに座席がクロスシートなので快適でした。

(クロスシート:進行方向を向いて座れる座席、ロングシートは通勤用の座席)

 

新快速ができる前は、快速が15分おき(私の記憶では)に出発していた。今よりも長い編成の12両はあったと記憶していますが、ちょっと自信がありません。

 

京都駅―大阪駅は複々線で4本の線路があり、外側の2本の線路は快速用で、内側の2本の線路は各停と特急・急行電車(いずれも有料)用でした。内側の線路を走る有料の特急を外側の線路を走る無料(当然ですが乗車券は必要)の快速が追い付いて追い抜くことが頻繁にあり、快感で楽しみでした。

 

その後、快速は高槻駅にも停車するようになり、茨木駅にも停車するようになりました。新快速との前後関係があやふやですが、新大阪駅にも停車するようになりました。

 

阪急京都線の特急

 

学生の頃、阪急京都線の終点は大宮駅でしたが、四条通の地下を通って、烏丸駅から河原町駅へと延伸して阪急に乗るのが便利になりました。(特急券は不要の)特急は河原町駅、烏丸駅、大宮駅に停まり、大宮駅を出ると大阪の梅田駅までノンストップでした。阪急京都線はもともと高速運転用に作った線路なので踏切は少なく速かったが、特急でも40分以上かかっていたと記憶している。国鉄(現JR)より距離が長いのと大阪に入ると踏切も有り速度が落ちたように記憶している

 

阪急京都線の特急も座席はクロスシート(ただし、座席の向きは手動で転換していた)でした。阪急の良い所は内装に金をかけていること。横浜・東京に出てきた頃、東急に乗って阪急との違いを感じたのは、料金が安いことと内装に金をかけていないこと。

 

その頃、大阪の阪急梅田駅は国鉄東海道線の線路の下をくぐった狭い所に古臭い駅があったが、国鉄の線路をくぐる前のところに新しくて大きな駅を作った。おかげで、国鉄の駅前に出るには、阪急の駅からは長い距離を歩くことになった。(長い「歩く歩道」が出来ましたが) 新しくなった阪急梅田駅には線路が9線あり、毎正時には、京都線、宝塚線、神戸線の電車が同時に出発して淀川の鉄橋を渡り、次次駅の十三駅まで並走するのは壮観でした。

 

京阪の特急

 

国鉄と阪急は淀川の右岸(北側)を走っているのに対し、京阪は淀川の左岸(南側)の昔からの町を丁寧に辿って走っている。それで、京阪は一番距離が長くカーブも多いので、所要時間は一番かかります。京阪の特急というとテレビカー(テレビが車端上についている)が有名ですが、私はあまり見た記憶が無い。画像は見えたけど、音声が座席まで聞こえてこなかったと思う。京阪の特急も、京都の七条駅を出ると、大阪の京橋駅(環状線の乗換駅)までノンストップでした。

 

私は京阪をあまり利用しませんでした。理由は、私の家から京阪の駅まで、市電では乗り換えなしで行けないのとバスの本数が少なかったから。それに、大阪は梅田に行きたかったのも理由でした。

 

京阪は鴨川と疏水の間の堤防の上を走っていたので、見栄えがしました。四条通では市電と平面交差していました。京阪が優先なので市電が停止していると、その前を京阪の電車が市電のレールにぶち当たって、ガタガタと大きい音を立てて通過して行きました。

 

2023年10月29日