蒸気鉄道日記

5インチゲージ・ライブスチーム活動の日々を書き連ねます。

省エネへの愚考察

2011年03月30日 | Weblog
 蒸気鉄道日記臨時運行の生活雑記ブログです。
 計画停電はなにやら実施されないグループが多くなっておりますが、ちょうど今時分が電力消費の底なのでしょうね。暖房も冷房も要らない季節です。しかし、この先火力発電所をフル稼働しても5000万kw程度にしかならないようですから、夏場のピーク時の7000万kwには遠く及びそうもありません。やはり今夏は冷房を使わない、かつ計画停電も実施というつらい日々となりそうです。
 これを機会に生活スタイルを見直そう、という意見もあり、ごもっとも、とも思いますが、われわれの生活スタイルはすでに変えようの無いほどに変化してしまっているのではないでしょうか。つまり住まいも職場もあまりにも変わりすぎてしまったのではないか、ということです。昔の一軒家から多くの住まいがマンションやアパートになり、職場も都会地の高層ビルが当たり前になって、エレベーターや空調があることを前提とした構造になっていることを、まず意識しなければならないと思います。

 つまり、本気で生活スタイルを省エネに切り替えるためにはかなりガマンを強いられるということを覚悟しなければならないのではないか、ということです。手短にいえば、まず朝夕の通勤電車の冷房は止まるでしょうね。当然職場も冷房はオフということになるでしょう。そこへ持ってきて例年どおりの酷暑となると、果たして正常な日常が送れるか、はなはだ不安であります。
 その一方で、例えばパソコンはどの職場・家庭にも普及して、いまや日常の必須アイテムとさえなっています。これは簡単にオフするわけにはいかないでしょう。こまめにオン・オフするにしても、ここから発する熱や消費電力はバカになりません。
 駅の自動改札や切符の発売も手作業はできませんから、これもオフには出来ませんね。そもそも窓の開かない構造の特急電車や新幹線などはどうするのでしょうか?

 続いてわが身に近づけていうと、不要不急の工作は自粛、というところでしょうか。ライブスチームは電動工具の使用が必須条件ですから、省電力という観点からするとあまりおおっぴらにはしにくいかもしれません。ガソリンを使って機関車を持ち運びするのも二回に一回ということになるかもしれません。

 このようにして省エネに努めても、おそらくは焼け石に水状態であろうことは想像に難くありません。昭和30年代の東京オリンピック以前を知っている世代にはなじみのある昔の生活スタイルも、今の世の中では実現が難しいと思います。やはり計画停電でしょうか。
 努力はしますが自分で出来ることは、やはり限られています。あとは危険を承知でさらに原発に頼るか、政治力で社会的な構造を省エネに切り替えていくか、という選択が残されます。

 とかいいつつ、電力を使ってこのような駄文をしたためているのが一番悪い、と叱られそうですので、本日はこのくらいにしておきたいと存じます。。。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ZARD武道館ライブ当選

2011年03月29日 | Weblog
 こんな事態の中でどうかと思いましたが、いちおうご報告を。
 5月27日の日本武道館でのZARDライブに当選しました。どのくらい応募があったのか不明ですが、とりあえず当選の通知ハガキが到着してほっと一息したところです。震災以来暗いことが多かったのですが、個人的にはやや明るい気持ちになれました。さっそくS水同志にも電話連絡したしだいです。

 あの地震に遭遇して、精神的に不安定な日々が続いています。もちろん被災地の皆さんからすれば取るに足らないことではありましょうが、震度5強の揺れというのは生まれて初めて経験することで、大いに肝を冷やしました。来るべき関東大震災はこの一件で無しにしてほしいところです。あれ以来というもの電車に乗っていたり、職場にいたりする間中なんとなくそわそわと落ち着かず、仕事にも身が入りません。病院でも非常の際に備えて一週間分余計に薬が出されました。つまり万一に備えて水とともに常時携帯しておくわけですね。
 そんな状況の中で、ZARDのライブに行けることが決まったのは、やはり素直にうれしいことであります。

 さて、市川蒸気鉄道クラブでも義捐金を募り、現地に贈ろうという提案がされています。具体的には4月の運転会の際に決まることと思いますが、クラブ所在の千葉県も被災地のひとつであることなどから、ぜひ成功させたい取り組みです。

 というしだいで、本日は簡単に終わらせていただきます。今後はもう少し更新ペースを上げていこうかなと思っています。鉄道関係では当分たいした動きもありませんので、生活雑記に終始してしまうことはお許しをいただきまして、少しでも日常に近づける工夫をしていきたいと思っています。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

とりあえずのご報告

2011年03月20日 | Weblog
 電力需給は基本的に変わらないようですが、節電の効果か計画停電が見送られているようですので、とりあえずのご報告をしたいと思います。
 まず、市川蒸気鉄道クラブの3月定例運転会は震災によって中止となりました。現地の千葉県も太平洋沿岸地域が被災しており、市役所の皆さんがそちらに緊急動員される可能性もありました。なにより未曾有の被害に遭われている皆さんがいるのに汽車どころではありません。

 なお、運転会当日、集まれる有志が線路状況等を調べた結果、幸いにも地盤などに影響はなく、運転には支障のないことが確認されました。東京湾岸地域は液状化が激しく、ディズニーランドなどはでこぼこになっている中で、埋立地である行徳の公園が無事だったのは奇跡的ともいえます。クラブハウス内も損害はありませんでした。
 物理的には運転可能と判断されたわけですが、ガソリンの需給状況等も勘案して、4月の運転会を実施するかどうか決めようというところです。わたしなどは往復だけで10リッターのガソリンが必要ですので、場合によったら人間だけ電車で行くことになるかもしれません。

 4月は第一週に第二レイアウトでお花見運転会を行なうのが恒例になっていますが、これも上記同様の理由で中止としました。代わりにボイラー班の作業を行なうかもしれません。また、第三週に同じく第二レイアウトのある幼稚園で行事が開かれますので、これに協賛する運転会を行なうことになっていますが、こちらも状況を見つつの判断となります。第四週の定例作業は行なう予定でいます。

 といったような状況ですので、すべては直近に判断することとなり、準備の作業もいまひとつ気合いが入りません。それより被災地に何か貢献できないか、という気持ちの方が強く、当面はそちらを模索することになりそうです。とりあえずは節電や義捐金などで連帯したいと思います。わが家ではエアコンはよほど寒くない限りオフにして、電灯も一ヵ所だけにして家族はそこに集まってそれぞれの仕事をしています。

 モノがないというのは東京でもけっこう深刻ですね。わたしの勤務地である千代田区神田一帯はどこのコンビニに行っても食糧や日用品がまったくない状態です。停電に備えて単一電池を買おうと思いましたらどこにも無くて、やっと妻が8本購入してきたので懐中電灯ですごすことができました。米も入手できず、一日分を両親のところから分けてもらってしのぎました。基本的に買いだめは控えて毎日必要なだけ買うことにしていますので、毎日が綱渡りです。
 そんなこんなで自宅工房は相変わらず閉店状態です。けっこう電力を使いますので自粛しているところです。おかげで読書量が一気に増加しています。いまは岡本綺堂の『半七捕り物帳』全6巻のうち3巻までを購入して読んでいます。かなり分量があるのですが、面白いのであっという間に読み終えてしまいそうです。

 とりあえず、この連休は読書三昧で過ごすことになりそうです。

 あ、そういえば本日墓参りに行ったのですが、わが家の石灯篭がもののみごとにぶっ倒れておりました。戦前の物なのでかなりもろくなっていたようです。ちょっと再建は難しそうです。墓石や墓誌などは無事でした。

 とりとめのないご報告で申し訳ありませんが、とりあえず無事に過ごしているということで失礼させていただきます。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

休載のお知らせ

2011年03月13日 | Weblog
 読者の皆様、明日から東京地区も輪番停電が実施されるようです。不要不急の電力節減のため、本ブログも当分の間休載させていただくことにしました。

 電力需給の目処が立ちましたら再開させていただきます。

 被害に遭われた皆さま、重ねてお見舞申し上げます。東京も明日以降どのような状態になるか分かりませんが、頑張りましょう!

 それではまたお会い出来ます事を。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

皆さまご無事でしょうか

2011年03月12日 | Weblog
 昨日は地震のため本ブログはお休みさせていただきました。
 私の職場は東京・千代田区内ですので、震度5強の揺れに見舞われ、書棚のものは全部落ちる、パソコンはひっくり返るで大慌てしました。電車が不通になっていましたので、昨夜は職場に泊まり込み、本日徐行運転の電車で2時間かかって帰宅しました。
 北関東方面から通っている人の家にはかなり被害が出たようです。また、震源の東北地方の皆様、心からお見舞い申し上げます。長野方面も地震が発生しているようです。福島では原発の事故が起きているようで不安です。

 昨日は本震のあとかなり強い直下型の縦揺れが起きましたので関東地方も地震が誘発されたかとドキリとしました。
 エレベーターが使えませんでしたので階段で地上へ降りて付近のコンビニへ買い物に行きましたが、すでにお菓子の類しか残っていませんでした。道路も渋滞で動いておらず、霞が関から御茶ノ水まで車で2時間かかったそうです。JRの駅で、電車の不通を確かめると徒歩で帰路につく方も大勢いました。仕事で外回り中の方たちは寒い中大変な思いをされたのではないでしょうか。

 通信手段がなくなってしまいましたので、家族と連絡がとれず、やきもきしましたが、幸い公衆電話が通じましたのでなんとか安否確認はとれました。停電や断水しなかったのがなによりでした。

 明日は市川蒸気鉄道クラブの定例運転会の日ですが、当然ながら中止です。当分は汽車どころではありません。精神的にもちょっとショック状態にあり、仕事も手につかなそうです。

 という次第で、とりあえずわたくしは無事でいることをお知らせして本日のご報告とさせていただきます。

blogram投票ボタン ←初めてのことでかなり動揺しました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

楽しかるべき春の日に(単機回送)

2011年03月10日 | Weblog
 本日は東京大空襲から66年目の日です。一晩で無慈悲に人生を絶たれた10万人の御霊に都民の一人として心から哀悼の意を表する次第です。

 本日は国鉄話の続きを申し上げようかと思っていたのですが、帰宅後急激に花粉症を発症し、ちょっと手が付けられない状況になっております。クシャミを堪えるのも辛いので、出るに任せていましたら、出るは出るは一向に治まりません。
 これではとてもまともな文章を綴れる状態ではありません。まことに困った次第です。こうなったらもう眠ってしまうしか助かる道はありません。今年は本気で杉花粉に侵されてしまいました。運転会が心配です。花粉に煙のダブルパンチに耐えられるでしょうか。

 というわけで、まことに申し訳ありませんが本日は単機回送とさせていただきます。ひょっとすると明日もそうなるかもしれません。その節はよろしくご容赦くださいませ。

blogram投票ボタン ←家の中でもマスクが要るかも、です。。。

 

 
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

改札のお話(5)

2011年03月09日 | Weblog
 またまた間が開いてしまいましたが、改札のお話その5をお送りします。今回はもはや過去のものとなった「不正乗車」との闘いについてお話しいたしましょう。
 集札業務を行なっていると、いろいろな非正規の切符が登場します。運賃が足りないというのがもっとも多く、この場合は不足分を払ってもらって終わりですが、中には「不正乗車」もかなりありました。

 いわゆる不正乗車といってすぐに思いつくのが「キセル」といわれたものです。これは区間の連続しない二種類の乗車券を使用して連続しない区間分の運賃を「ほ脱(支払わないこと)」するものです。つまり端と端しかお金を払っていないのでキセル(吸い口と火皿だけが金物の意)に例えられたのでした。

 では実際にはどのように行なわれたかといいますと、わたしの勤務していた駅でもっともポピュラーだったのが回数券と定期券の併用というものでした。駅周辺の予備校に通う高校生がその主役です。つまりふだん高校へ通う定期券と予備校のある駅からの最短区間の回数券で「キセル」するというものです。
 これがなぜバレるかといいますと、入場時に改札した券片を翌日の出場時に出すという方法をとったからでした。つまり鋏痕でバレてしまうのですね。普通に使用していれば発駅の鋏が入っているはずのものだからです。自駅の鋏痕の入った回数券を出された場合、いちおうその人を呼び止めてどこで乗ったかを聞きます。そのとき隣の駅等の申告があった場合は明らかに事実と異なるわけですから、何か別の手段で入場したことになり、定期券等をもっていないか聞きます。そこですなおに定期券を出して、回数券と区間が連続していれば、「二回使っちゃダメだよ」とひとこと言ってもう一枚回数券を切り取っておしまいにします。

 しかし、ここでごねたり提示した定期券等と区間が連続していなかった場合は不正乗車として摘発しなければなりません。「キセル」だった場合は定期券と回数券は証拠物件として回収のうえ全区間の運賃と反則金(全区間の二倍)計三倍の金額を請求します。いざ請求されて青くなる生徒もたくさんいました。女の子などは泣き出してしまうこともよくありました。
 この処理例は正規の取り扱いの場合で、本人が深く反省していたりする場合は臨機応変に「人情裁き」しました。

 悪質な例としてはサラリーマンが二種類の最短区間の定期券を併用していた例がありました。これは鉄道公安職員が内偵して摘発したものです。常磐線のかなり遠方からの人で、この場合は定期券購入の日から摘発された日までの日数分の全区間の往復運賃の三倍を請求されます。この例では200万円ほどの金額になってしまいました。

 単純な例では定期券の区間外使用、記名人外使用、期限切れの乗車券(拾ったものなど)の使用等がありました。これらは怪しいそぶりをしていますのですぐに分かってしまいました。定期券の期限切れというのもありましたが、これはほとんどの場合ウッカリしていた、というもので、この場合は片道の運賃を収受しておしまいにしました。

 不正がバレてしまった瞬間に脱兎のごとく逃げ出す者もいました。これはかなり悪質である要素が高いので、ラッチから飛び出してつかまえますが、鉄道用地の外では権限が及びません。あるとき、用地外へ逃げた不正乗車の乗客を交番の警察官が取り抑えたことがありました。このときは本人が証拠の回数券全部を飲み込んでしまうという行為に出たため、最寄の警察署へ連行されてしまいました。かなり厳しい取調べを受けたとのことでした。

 一方、防ぎきれない不正というものもありました。これは定期券と区間の連続しない乗車券とで行なう片道のキセル行為です。こればかりはどうしようもありませんでした。

 これらの不正乗車を摘発した場合は報奨金が局から支給されました(一件50円ぐらいでした)。職場ではこれを貯めておいてお茶を買ったりしていました。いかに多く摘発されていたか分かりますね。
 このような光景も自動改札機と磁気式乗車券等の普及ですっかり昔話となってしまいました。

 さて、改札のお話は今回でいちおう終わりとさせていただきます。次回からはちょっと趣を変えまして、その他の勤務について思い出すままにお話ししようと思います。

blogram投票ボタン ←今はどんな手段があるのでしょう??
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

本日も読書三昧

2011年03月08日 | Weblog
 本日もタイトルのとおりでありまして、江戸時代の黄表紙の解析本を読みふけっておりました。面白いのでちょっとしたマイブームです。もちろん杉浦日向子さんの著作からの派生系ですが。。。
 もともと国文科のわたくしでございますので江戸時代の戯作本などには歌舞伎や落語ともども興味があったのですが、学生時代は中国語の勉強ばかりしていて本業の日本文学についてはちっとも勉強しなかったのでした。そのためまったく教養のない状態で今日まできてしまったので、いまさらながらもっと勉強しておけば良かった、と悔やまれます。本ブログをお読みの中に現役の学生さんがいらしたら、ご専門の勉強をしっかりされるように強くお勧めいたします。。。

 本業の原稿書きの方も次第に締切が近付いてきましたので、否応なくピッチが上がってきております。つまり朝から夜中まで(通勤電車の中でも)字ばかりを眺めて暮らしているため、眼が大変に疲れています。さらに花粉攻撃がこれに加わりますので、まさに泣きっ面にハチの態です。それでも活字中毒の病からは抜け出せません(その気もないのですが)。本業がひと段落ついたら、今度は途中で止まっているライブスチームに関する文章を再びしたためようかな、などとぼんやり考えております。

 黄表紙モノも面白いのですが、一方で『落語地誌』という書籍も入手いたしました。これは江戸・東京の古典落語に登場する地名を探し当てて現在の状態との対比を行なうという、ちょっとブラタモリ風な本で、大変面白そうです。江戸の戯作モノが一息ついたら読んでみようと楽しみにしております。こちらは実在の場所を探し訪ねるものですから、自分でも行ってみることができますので楽しさも倍加するというものです。版元の青蛙房(せいあぼう)さんは、かの岡本綺堂(半七捕物帳の作者)の養嗣子である岡本経一氏が起こされた出版社で、半七捕物帳関係はもちろん、落語関係の本も多数出版している会社です。この『落語地誌』も読了いたしましたら本ブログで感想などを書かせていただきたいと思います。

 さて、お話は変わりまして、壊れたプリンター(クラブ通信用)を新品に取り換えました。本当はミーティングの際に賛同を得てから発注すべきものですが、もし納品が遅くなったりした場合、クラブ通信の発行計画に影響しますので、会長の内諾を得て先行導入したしだいです。なにしろパソコンが不安定な状況ですので、そのうえプリンターという不安要素を抱えていては安心して作業が進みません。
 というわけで、今度は画像の解像度もアップし、自動両面印刷機能もありますので、作業効率や仕上がりは格段に向上すると思います。

 ということで、本日もとりとめのない内容で申し訳ありませんが、これにて。。。

blogram投票ボタン ←さて、また読書します。。。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

啓蟄過ぎて春の淡雪

2011年03月07日 | Weblog
 昨日とは打って変わって真冬のような天気でございます。朝、地元では雨でしたが、高尾方面から来る中央線の電車の屋根にはすでに雪が積もっておりまして、見るからに寒そうな装いでした。
 程なく職場のある神田地域も雪になりまして、さかんに降りました。結果的にはすぐに雨に戻ってまさに春の淡雪となりましたが、東京の大雪は3月に降ることが多く、啓蟄が過ぎたからといって油断はできません。

 明日の朝は路面が凍結しているかもしれません。グリップの良い靴でそろりそろりと歩んでいくことになりそうです。駅までの道中が長いのでなかなかにスリルがあるのです。今週は春もいったんお休みになるようです。今度の運転会の当日は晴れて暖かい予報ですので、しめしめというところです。 

 さて、本日はそういう次第で寒さにうち震えておりましたので、煙管の孔拡大作業は行なえませんでした。まぁ、こんな日は落語でも聴いて日向子さんの本でも大人しく読んでいるのが最上の過ごし方といえるでしょう。晴耕雨読といえば格好が良いのですが、わたしの場合は晴休雨読か晴聴雨読といったところですね。はなばだ生産性が低いです。
 TVの録画もかなり溜まっておりまして、HDD容量を食っているため「早く見るように」と妻から叱られているところです。今夜は少し夜更かしをして消化しようかとも思っています。

 てなわけでございまして、本日は特にご報告することもなく終了させていただきます。悪しからず。。。



  
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ボイラー班作業再開

2011年03月06日 | Weblog
 かねて予告申し上げていたとおり、本日市川クラブのボイラー班が作業を再開しました。
 わたしも久しぶりにD51のボイラーを運んで作業を再開しました。まずは火室管板の煙管孔の拡大です。煙管がインチで孔がミリであるため、コンマ数ミリだけ孔の方が小さいのです。ほとんど誤差のような違いなのですが、このままでは煙管が孔に通りません。そこで写真の甲丸ヤスリで少しずつ管板の孔をヤスって煙管外径に合わせていきました。D51の煙管は大煙管が4本、小煙管が20本です。そのすべての孔を拡大しなければなりません。ちょっと考えると気が遠くなりそうですが、春の日差しを浴びてモノ作りに取り掛かるのは楽しいもので、ZARDの歌などを口ずさみながらシコシコ削っていきました。使ったヤスリはB20製作開始のときに購入したごく一般的な「壺印」のものですが、現在でも十分に切れます。

 結果は大煙管4本についてはなんとか終了することができました。もちろん手作業ですから孔も真円というわけにはいきません。極端な形容をすれば「梅鉢型」のような孔になってしまいました。しかし、それも陽にかざせばそのように見えるという程度で、いわゆる「押し込み固さ」の範囲には収まっておりますのからロウ付けには支障は無いと考えられます。残りは宿題、ということですが、これからだんだん暖かくなってきますから自宅の工作室でも作業が出来ることと思います。小煙管孔は写真の甲丸では先端しか入りませんので、円断面の棒ヤスリで行なうことにしようと思います。本当はリューターでさっとやってしまえば早いのでしょうが、あまり高速で切削しますと万が一やりすぎてしまったときにやり直しがききませんので、ここは気持ちを落ち着けてヤスリの手作業でのんびりやろうと思っています。

 さて、早いメンバーはすでにロウ付けがかなり進んでおりまして、わたしが最も遅い組になっています。O川会長の大型ボイラーもすでに管板類が仕上がっておりますので、ちょっと作業時間を増やす努力をしなくてはならないかもしれません。なにしろわがD51は煙室管板がまだ未完成の状態ですので、これも仕上げる必要があります。これを日常的なB20やフォルテの整備・修理の合間に行なわなければなりませんから、ちょっと週末はバタつきそうです。
 とりあえず今週は運転会へ向けてフォルテの整備にかからなければなりません。この間3ヵ月ほど運転をサボっていますから、用具一式があちこちに散在している状態です。これを集約するとともに必要なもの、特に着火薪の製造を行なう必要があります。

 次回のボイラー班の作業日をいつにするか本日相談しましたが、例年どおりですと4月の第一週は、お花見運転会が行なわれる可能性が高いのでどこかにずらさなければいけません。桜の開花情報に注意しつつ来週の運転会後のミーティングで決めようということになりました。

 本日は総計5時間ほどせっせとヤスリ作業に打ち込んだせいで両腕が大変だるくなっております。精密に作業しようとすればするほど腕の動きに気を配ることになりますから、どうしても疲労が溜まってしまいます。毎日少しずつ作業する方が身のためだな、と考えた次第です。

blogram投票ボタン ←明日はまた寒くなりそうですね。。。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

始動の準備

2011年03月05日 | Weblog
 昨夜以降、花粉症も発症せず、まずはひと安心といった状態です。
 ところで、いよいよ明日は2ヵ月ぶりのボイラー班の作業です。1月の運転会以来ライブスチーム関係の活動はず~っと休眠状態でしたので、すっかり錆ついて(人間が)います。そろりそろりと活動再開を始めようというところです。

 まずは本日、O川会長のもとで歯の定期点検を受けました。これはライブスチームには直接関係はありませんが、健康あっての道楽ですからこういうところはキチンとしなければなりません。
 検査の結果、案の定虫歯が発見され今月中旬に治療することになりました。油断大敵です。

 続いてシトロちゃんを眠りから覚まさねばなりません。こちらも1月の運転会からまったく動かしておりませんので、バッテリーが心配でした。結果的にはかなりアヤシイ状態ではありましたが、なんとか始動に成功いたしました。しかしアヤシイことは事実ですので、近々のうちにバッテリー交換をしなければならないと思います。10月の定期点検まではとうていもたないと思われます。ひょっとすると明日の朝の冷え込みで始動しないことも考えられますが、そのときはそのときで対処策を考えることにしたいと思います。いずれにせよ予算化等の手続きをしておきませんと当家の財務大臣からきついお叱りを受けることになります。

 そして、ここにきて重要課題となっているのが昨日申し上げたように「花粉症対策」です。突然なんの前触れもなく発症してひどい目に遇いますので、対策は重要なのです。今のところひどいクシャミと鼻水はなんとか避けられておりますが、どうにも眼が痒くてかないません。あすは日中の気温が15度ぐらいになるようですので、花粉もかなり景気良く飛散するのでは、と思います。マスクは必需品ですが、はたしてマスクだけで大丈夫なのか心配になってきます。しかしほかに有効な対策も思いつきませんので、薬を服用してしっかりマスクを着用のうえ、眼薬とティッシュを持参して行きましょう。そして、出来れば短時間で効率よく帰宅したいところです。

 さて、肝心なのはボイラー工作の材料&道具一式です。これは12月に作業を行なったときのまま写真のように工作室に放り出してありますので、基本的にはそのままシトロちゃんに積み込んでいけばよろしいのですが、困っているのは電動ドリルのバッテリーが弱りきっていることです。とりあえず2個ともフル充電していきますが、すぐにへたってしまうことは確実ですので、充電器と延長コードも持参する必要がありそうです。これは結局ドリル自体を買い直すしか解決の手段がありません(本体よりバッテリーの方が高い)。しかし当方の懐具合が大変に寂しい状況下にありますので、そのような大胆な対策が打てません。当分はだましだまし作業をすることになりそうです。
 工程的には内外火室の仮止め用孔を開ける作業がストップしたままですので、これを開けるので一日費やしてしまいそうです。ちょっと記憶をたどっていただいて、どういう具合であったか思い出していただけるとありがたいのですが、つまりバックプレート等にタップを立てたにもかかわらず、孔がズレてしまってどうにもならないのでした。結局、元のとおり突き通してナットで締めることにいたしました。始めからそうすれば良かったと悔やんでおります。
 また、煙管の外径と火室管板の煙管用の孔径が合わず、そのままでは煙管が入らないという大きな問題も横たわっておりました。これは煙管がインチで孔がミリということが原因のようです。ほとんど誤差のような違いなのですが、合わないことは冷厳な事実です。こちらも地味に孔の方を拡大していくしかありません。これは煙室管板についても同じことになりますので、大変な大ヤマになりそうです。いったいいつになったらD51は形になるのでしょうか。少なくとも定年前にはボイラーぐらいは何とか完成させたいと切に願っているところです。

 といったようなわけでありまして、始動前に少し逃げの姿勢になっております(情けない…)。

blogram投票ボタン ←早くも気分転換に走っていたりします。。。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

未明の顛末(27時の憂鬱)

2011年03月04日 | Weblog
 ゆうべ錦糸町で飲み会が開かれたのは昨日のブログで申し上げたとおりです。その後、いつものように薬一式も正しく服用して、とりあえずそれで一日の仕事は終わり、ということで、最近「寝床の友」にしている江戸の出版物事情、特に黄表紙についての書籍を読み始めたのでございました。これはかなり面白く、ふむふむと読んでいるうちに時間を忘れ、ふと時計を見るとすでに丑三つ時でありました。
 上に述べましたとおり、薬類は正しく服用しております。ということは睡眠薬も飲んでいるということであります。にもかかわらず全然眠くならないのです。「これは面妖な」と思いましたが、まぁそのうち眠くなるだんべえ、と高をくくって元どおり本を読みふけっていたところ、今度はどうしたことか鼻水とくしゃみが止まらなくなりました。

 わたしは元来秋の花粉症で、春はほんのお付き合い程度の症状しか現れないのですが、このたびは異常なほどの症状です。繰り返しますが薬類は正しく飲んでいるのです。つまりお付き合い程度とは申せ花粉症の薬も含まれているのです。ところが全然効かないというか、まるで薬をあざ笑うかのように症状ばかりが募っていきます。別段アヤシイ薬ではありません。TVのCMで鼻が水道になってしまった部長さんが服用しているあの薬なのです。

 「おかしいではないか」と薬に向かって抗議してみましたが全然効き目は現れません。

 そうこうしているうちに時刻は午前3時になろうとしています。睡眠薬の効き目もサッパリです。目の前はあっという間にティッシュの山が築かれていきます。このままでは体中の水分が鼻から流出してしまうのではないか、という危機感がむくむくと湧いてきまして、よたよたと台所に行って水分を補給し、再び床につきました。

 結果から申しますと、午前4時の時計は覚えがありませんでしたので、おそらく3時台には睡眠状態になったものと思われます。
 それでも6時には眼が覚めて起き出したところはさすが長年の習慣というものです。しかし、圧倒的な眼不足感はいかんともし難く、眠くてつらい一日の覚悟を決めたのでございました。
 朝食後、その原因はなんであったろうかと思い返してみましたが、よく分かりません。一説によりますと中途半端に酒を飲むとかえって睡眠が浅くなるそうです。つまり昨夜は飲み方が足らなかったのではないか、という結論が導かれます。というか、そのぐらいしか思い当たりません。

 自宅で一人で飲むときは焼酎1合程度で十分なのですが、昨夜のように仲間内で楽しく会話などしつつ飲んでいるときは、かなり酒の気が発散してしまいますので「飲み方不十分」ということになってしまったように思われます。加えて地元の畑の真ん中の道を西北の風にあおられつつとぼとぼ歩いて帰宅したので、それでまたせっかくの酒の気がさらに蒸発してしまったのかとも考えられます。

 そのようなわけで、本日は自宅にて焼き鳥などを肴に適度なる飲酒量を摂取したようなしだいです。さて、本日の睡眠&花粉症やいかに。。。

blogram投票ボタン ←広重の絵が見たくなってきました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

久びさの錦糸町

2011年03月03日 | Weblog
 本日はまたも久びさシリーズで、錦糸町編です。錦糸町でなにをしたのかといえば、懇親会、早い話が飲み会でした。元関脇琴ケ梅関のお店でちゃんこ鍋などをつつきつつの会でした。
 隅田川より東で飲むのは10年ぶりぐらい、、、錦糸町となると20年ぶりほどになります。スカイツリーが見えるかしらん、などと言っておりましたが、さすがに錦糸町からですとビルに遮られて見えませんでした。いつの間にか錦糸町にも高層ビルが建ちならんでいたのでありました。

 集まったメンバーは仕事関係の先輩、同僚で、こうなると仕事の話ばかりしていたかのように思われるかもしれませんが(もちろん仕事の話もしましたが)、ほとんどの時間はブラタモリが面白いとかZARDは良いよねとか杉浦日向子さんの話とか最近さる宗教団体のCMが多いとかという、極めて趣味的な話題に終始したのでありました。これであと落語の話が出れば上上吉だったのですが、そこまで行くには少々時間が足りませんでした。また近々のうちにお江戸の朱引き内で次の飲み会が催される(向島案が出ました)ことになるでしょうから、そのときはそれとなく落語の話題を振ってみようかと思います。

 さて、錦糸町といえばわたし的には都電の錦糸堀車庫とか、国鉄の錦糸町客車区などが懐かしいところです。父親を拝み倒して買ってもらったばかりの一眼レフでウキウキと都電の車庫へ行ったりしたことや、オハ61ばかりゴロゴロしていた総武線脇の風景なんぞを思い出すわけですが、さすがに本日のメンバーに話すのにはディープ過ぎるので控えておりました。

 まぁ、そういったようなわけで、本日のところは鉄関係のことは何も行なえませんでした。たぶん明日もそうなることと思います。ここのところ全然「蒸気鉄道日記」になっておりませんが、そろそろ暖かくなるでしょうからボチボチとライブスチーム関係の活動も再開の運びとなる見通しです。今度の日曜日は3ヵ月ぶりのボイラー班の作業ですし、その次は定例運転会が待っております。今月の運転会は大学時分の鉄研仲間が参観に訪れますので忙しい一日となりそうです。

 といったところではなはだ簡単ではございますが、本日のところはこれにて失礼させていただきます。

blogram投票ボタン ←もう少しでお花見の季節ですね。。。

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

久びさの時刻表

2011年03月02日 | Weblog
 本日、時刻表を久びさに買い求めました。職場に備え付けのものがありますので、日常的には特に買う必要もなくこの20数年間を過ごしてきたのですが、いよいよ新幹線が青森から鹿児島まで開通する(線路は東京駅で切れていますが)のを記念して買うことにしたのです。

 学生時代はほとんど毎月のように時刻表を買っていて、60年代後半ぐらいからはズラっと揃っていたのですが、自宅改築の際、知らないうちに駅弁の包装紙とともに親に捨てられてしまい、現在は一冊もありません。ですからわたしの書架に収まる時刻表は実に久しぶりなのでありました。
 買うに際してはJRのものとJTBのものとどちらにしようかと迷いましたが、ここは懐かしい「交通公社(JTBの旧社名)」のものを購入することにした次第です。

 ちょっと先ですが東北方面に出張する用件があり、その際これも久びさにローカル線の旅をしてこようかと考えているのです。
 いつも出張というと、新幹線か飛行機でさっと行って用が済んだらとっとと帰るのが当たり前になっていましたが、今回は帰りが土曜日となることもあって、のんびりと帰ってこようかという気持ちになったのでした。
 具体的にはまだ決めておりませんが、太平洋側の各線を乗り継いで来る心づもりにしています。とはいっても、さすがに東京までずっと乗ってくるほどの根性はありませんので、たぶん仙台あたりからは新幹線になると思います。

 さて、時刻表には実用の面と、遊び道具としての面とがあるのは多くの方がご存知のとおりです。「時刻表には非実用の面白さがある」とはかの有名な松本清張の『点と線』の一節ですが、まさしくこのたびは非実用な目的が主で購入したのでした。
 東北方面の出張に必要な時刻と、帰路のローカル線の旅の分を調べ終えたら、あとは実用的には用がありませんから、興味のおもむくままにパラパラとページをめくってみました。
 まずは自分の地元関係の時刻です。なんと地元の駅から鎌倉や日光などに直行する列車があることをはじめて知りました。「へへえ~わが地元も地位が上がったものだ」と、感心しつつさらに見ていくと、懐かしい中央線の夜行列車がわずか一本の臨時列車ですが残っていることを発見しました。時刻も懐かしい23時55分より1分早い23時54分です。ふ~む今でもあるんだなぁ……。とうれしく思ってずっとたどっていきますと。終点は白馬駅で朝5時40分に着いてしまいます。

 かつての23時55分発普通列車長野行(425列車)は松本に8時ごろの到着でしたから、それに比べるとずいぶんな速さです。さすがに電車は速い!
 もっとも昔は辰野回りでしたからその分余計に時間がかかっていたのですが。。。いずれにしても途中駅から登山するとかスキーにでも行こうという人以外はあまり利用者はなさそうな列車です。その点では昔の長野行と大して変わってはいないですね。なんでもないときに早朝の白馬駅に用事のある人はあまりいないでしょう。

 また、かつてカメラを担いでD51やC58、9600を追っていた八高線、川越線も、いまや通勤電車区間で、電化・非電化で掲載が分かれていることもはじめて知りました。時どきはじっくり見ないと世の中に後れてしまうなぁ。。。

 とかなんとかいいつつ、あちこちとひっくり返しては楽しんでしまいました。
 そうそう、欄外の駅弁案内や一行投書欄、巻末の旅館・ホテル案内、ツアー案内なども懐かしい部分です。そういえば昔よく見ていた編集後記のページが見当たらないのですが、なくなってしまったのでしょうか?

 一見、無味乾燥な数字の羅列でしかない時刻表も、「非実用」に読むとかなり面白いものであることを再確認したようなしだいです。

blogram投票ボタン ←長距離列車がほとんどなくなっていたんですね(しみじみ)。。。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

杉浦日向子全集

2011年03月01日 | Weblog
 三たび杉浦日向子さんのお話です。前々からほしいと思っていた『杉浦日向子全集』全八巻(筑摩書房)を購入しました。すでに新本はありませんので、ネット古書店で全巻揃いのものを購入しました。結果的には良品を新本より安価で購入できましたので上首尾でした。

 この全集は日向子さんの漫画(挿絵や一枚もの以外)を長短ほとんど収めたものであるといえましょう。まだつぶさに中身を見ておりませんので総括的なことはいえませんが、とりあえずいくつかの作品を楽しんでいるところです。
 一番に注目したのは「百日紅(さるすべり)」です。これはテレビドラマにもなりましたので、ご記憶の方もあろうかと思いますが、葛飾北斎の絶頂期(たぶん)のお話です。北斎と娘のお栄、弟子英泉や、版元、取り巻く人びとなどが、日向子さんの十分に考証が行き届いたタッチで描かれておりまして、わたしの最も好きな作品です。単行本としては「一・二・三」の三冊が実業之日本社から1986~7年に刊行されました。先般お話ししたように、わたしはこの「一」を紛失しています。全集で読めるものと期待しておりましたので、それが欲しさに購入したと申しても良いくらいです。おかげで読みたくても読めない状況は解決された次第です。はじめ手に取ったとき、上・下二分冊の「上」が第16話から始まっていたので「ええ?」と思いましたが、なぜか「下」から第1話が始まっていて、「ああ良かった」と安堵の胸を撫で下しました。また、単行本では末娘のお猶が亡くなるところで終わっていましたが、全集にはこの後の作品も二話入っておりました。なんだかもうけたような気分です。

 もっとも、この『百日紅』単行本の第一巻が揃っていないことについて何とも気持ちの悪い思いでいるのには変わりありません。紛失とはいえ家の外に持ち出すこともありませんので、きっとどこかにあるには違いありません。おそらく思いもかけないところに潜んでいるものと考えられますので、今後も探すことにいたしましょう。ただ、ひとつひっかかるのは、95年に部屋を移動した際に文庫本を中心にかなりの冊数を処分しましたので、このとき誤って処分されてしまったかもしれないという可能性です。
 たいした蔵書数でもないのに紛失するというのは管理が行き届いていないということで、まことにお恥ずかしい限りです。

 困ったことをひとつ。本の大きさがA5版で、自室の書棚に収まらないのです。拙著『B20製作奮闘記』もA5版でこの書棚に収まらず、やむを得ず在庫分を平積みにして保管しているのです。拙著はまだしも日向子さんの全集を平積みにしておくことは出来ませんので、なんとか棚の工夫をしなければなりません。
 
blogram投票ボタン ←当分はこの全集で楽しむことが出来そうです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする