蒸気鉄道日記

5インチゲージ・ライブスチーム活動の日々を書き連ねます。

WEZARDからのお便り

2011年09月30日 | Weblog
 帰宅しましたらWEZARDから何やら封筒が届いておりました。
 さっそく開いてみたところ、記念品が入っておりました。この記念品はZARDファンクラブであるWEZARDが会費制を廃止してweb上だけの運営に切り替わったことにともなうもので、会費の期限が残っている会員に、残りの期間分の会費を払い戻すか、記念品を受け取るかどちらか選択するよう呼びかけたことによるものです。

 もともと安い会費ですから、それを残り分割り戻してもらうより記念品の方が良いに決まっています。ということでわたしは当然記念品を選択したのです。
 さて、それでは何が入っていたかといいますと、まず機関誌「WEZARD」の創刊号の復刻版です。それとポストカード大の写真5点、、記念のリングの計三種類です。機関誌「WEZARD」は1999年夏号が第1号だったのでした。船上ライブのあった年ですね。デビューから8年も経っていたというのはちょっと意外な感じがしました。すでにJ-POPの世界では押しも押されもせぬ存在になってからファンクラブが出来たのですね。新参者のわたくしは正直驚きでした。
 一方、写真は「今までにないカットを」と工夫をされたのではないかと思います。これから順番に携帯の待ち受け画面に使わせていただこうと思います。1カット1年間使うとして5年間ですね。今年のカレンダーの中にも使いたいカットが何点かありますので、全部で10数年分はあることになります。写真を抜き取ったケースには「瞳閉じて」のさびのフレーズが泉水さんの字で書かれています。
 
                                 

 さて、リングは「夢をつなぐZARD」というWEZARDのスローガンを形にしたものだそうです。ちょっと見シルバーに見えますが、材質はもっと固く弾性も強い材料です。ニッケルでしょうか???鎖をつければたちまちネックレスになりそうです。わたしはシトロちゃんのキーに取り付けました。このリングには会員ナンバーが刻印されており、まさに「お一人さま」用の記念品です。やるなぁ!

 
 もうひとつ、新たな機関誌(メールマガジン)の登録案内のダイレクトメールも同封されておりました。これによりますと、5.27武道館ライブの模様を収めたDVDが8月22日付けオリコン週間DVDランキングで1位を獲得したそうです。発売が8月10日ですから、約2週間で1位に輝いたわけですね。ZARDいまだ衰えず!といったところでしょう。さすがに没後4年を経過しても武道館を一杯にするだけのことはあります。

 というところで、MYBESTシリーズを聴きながら読書態勢に移ることにいたしましょう。

blogram投票ボタン ←久しぶりに夢に出てきていただけませんかねぇ。。。
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多摩の鉄道史

2011年09月29日 | Weblog
 本日ご紹介するのは『多摩の鉄道史Ⅱ』という冊子です。これは多摩地域史研究会という組織が今年6月に行なった第20回大会(研究発表会)で発表された東京・多摩地域の鉄道史に関する研究成果の要旨をまとめたものです。本日昼休みに神田神保町の書泉グランデで見つけてさっそく購入しました。ちょっと時間が経過しておりますが、このような研究はご存じない方も多いと思われますのでご紹介することにしたのです。

本ブログでは7月に『多摩のあゆみ』(たましん地域文化財団発行)という冊子をご紹介しましたが、これと内容的にかなり連動しておりまして、併せて読みますと大変興味深いものがあります。

 さて、今回の『多摩の鉄道史Ⅱ』のテーマは「私鉄と沿線開発」というもので、多摩地域の私鉄の歴史と沿線の開発との連関について述べられています。わたし的にはやはり身近な西武鉄道関係の内容が最も興味をひくものでありました。
 その内容は、①東村山停車場の設立と発展、②貯水池観光と鉄道、③戦時中の沿線、④東村山文化園(西武園)の設立--といったものです。
 このうちやはり興味を持ったのは村山貯水池関係の研究と戦時中の沿線に関わる研究です。
 村山貯水池をめぐる鉄道についてはすでに多くの優れた研究が世に出されています。いまではすっかり住宅地となってしまった感のあるこのあたりですが、戦前の時代には観光地あるいは別荘地として売り出されていたことが分かります。そういえば大岡昇平の『武蔵野夫人』にも多摩湖畔のホテルに立ち寄る場面があったと思います。現在はなくなってしまったようですが、昔(西武山口線にコッペルが走っていたころ)にはたしかに周辺にホテルがありました。また、この一帯を歩いていると、1930年代に特徴的な、各部に曲線を持った建造物をたくさん見ることが出来ました。その時代にこの場所が大いに開発・宣伝されていたことが想像されます。

 さらに注目されるのが、1940年に予定された東京オリンピックの競技場、選手村の候補地として東村山が名乗りをあげていた、ということです。これはまったく知りませんでした。もし予定どおりオリンピックが開催されていたら貯水池一帯は今とはずい分違った様相を呈していたことでしょう。

 西武鉄道で忘れてはならない大きな特色としては戦中から戦後にかけての「屎尿運搬」が挙げられます。今回の冊子でも屎尿積み込み所や貯留施設の竣工式には東京都の重陳が出席して賑々しく執り行われたことが報告されております。
 余談ですが、1970年代の西武鉄道貨物末期に沿線の駅のあちこちに使われなくなった無蓋車が留置されていましたが、そのうちのいくつかは元「屎尿運搬車」だったと鉄道実物誌の解説で読んだ記憶があります。

 という次第で、非常に興味深い内容となっております。なお、「Ⅱ」がある以上は「Ⅰ」も当然あるわけで、こちらは2008年の第17回大会で主に国鉄関係の歴史について発表が行なわれております。ご興味のある方は上記研究会あて直接ご連絡ください。

blogram投票ボタン ←花粉症がひどいです。。。
 
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ありました!けど

2011年09月28日 | Weblog
 先日の台風15号を境に蝉の鳴き声がピタリと止んで近所の草むらでは鈴虫の大合唱が耳を圧するばかりとなりました。気候もめっきり涼しくなって、いつの間にか長袖を着込んでいます。工作にはちょうど良い季節の到来ですね。

 さて、その工作ですが、いろいろな懸案事項が重なってとても週末の短時間工作ではこなしきれない状況です。といっても平日に工作するのもなかなか難しいといった状態ですから、月曜日から金曜日は週末に向けての準備作業をすることが主になってきます。それも周到な計画があるわけでもなく、そのとき頭に浮かんだことを手当たり次第にやっているのが正直なところです。

 そういうわけで、とりあえず本日は昨日から気になっているロケット号三等客車改めフォルテの炭水車用の材料を探索しました。その結果、片隅に立てかけてあった材木群の中からアオリと妻板用の帯材を発見しました。なんとアオリはすでに組み立てられていたではありませんか。そんなことも含めて忘れていたのですね~。なんとオメデタイことでありましょうか。
 さて、側板と妻板があったのですから床板もどこかにあるに違いない、、、と探したところ、何やらそれらしい厚さのコンパネを発見!さっそくロケットの客車に合わせてみたところ、幅はピッタリなのですが長さが全然合いません。やたら短いのです。しかしどうやら一味のモノであることは間違いなさそうですので、さらに探索を強化してあちこちとひっくり返したのですが見つかりません。

 この短いコンパネは恐らく所定の寸法に切り落としたあとの端材に違いありませんから、本体は必ずどこかにあるはずだとさらにしばらく探しましたがどうにも発見できませんでした。
 「まぁ、半分出てきたんだし今日のところはこれで良しとしよう」ということでさっそく記念撮影(?)に及びました。フォルテの鎮座するB20用保管箱に側板を立てかけ、妻板はフォルテの横に置いて…とそのとき突然「床板」を発見したのです。実に思わぬところで!写真を良くご覧ください。ここに写っているのです。そうです。もうお分かりですね。フォルテの載っている運搬用のベース板がなんとその床板だったのでありました!

 そういえばこの運搬用の板を作るとき、幅といい、長さといい、実にフォルテにピッタリの板を発見して思わず「ラッキー!」とほくそ笑んだのでした。「何でもとっておくものだな」などと思いつつ。。。
 そりゃピッタリのはずですよね。フォルテにマッチするように寸法を決めて切り出したのですから。
 というわけで、すっかり変わり果てた床板と突然の再会となったのでした。オメデタイの二乗ですね。マッタク。
 結局、すでに就役している元床板氏には引き続き運搬用のベース板として働いてもらうことにして、床板は改めてホームセンターで購入することにいたしました。
 まぁ、とりあえず懸案事項のひとつは解決の運びとなりましたので、近いうちに無蓋車風の上回りを作ろうと思います。忘れないうちに。。。

blogram投票ボタン ←いちおう「スピード解決」ということになりますかねぇ。。。
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ロケット号の三等客車

2011年09月27日 | Weblog
 いまやすっかりフォルテの運転台車と化してしまった感のあるロケット号の三等客車ですが、すでにフォルテにとっては必要欠くべからざる「炭水車」であります。本来任務であるロケット号の運転台車としての登場は当分予定がありません。いっそのことすっかり改装して新規開店した方が良いかもしれません。というか、そもそもナローの無蓋車風の上回りをこしらえてロケットとフォルテと相手によって姿を変えようというのが当初の計画だったのでした。そして、そのナローの無蓋車風な上回り製作用の木材も手配してあったのでした。

 先日来この運転台車の整備をしていて、ふとそのことを思い出し、「そういえばあの材料はどうしたんだっけ」と工作室をきょろきょろと眺め回したのですが、どうも眼に入りません。この間すでに2年近くが経過して、工作室も何回か大掃除しており、そのつど同じカテゴリーのモノ同士でまとめてはあちらこちらと移動しております。そしてまとめる際に移動しやすいように括りなおしてありますので、無蓋車風上回りの材木一座はすでに解散されている可能性が大なのでした。

 自分で計画しておきながら分からなくなっていれば世話はないのですが、どうも仕方がありません。構成パーツはアオリ戸、妻板、床板の三部分ですが、帯材を組み上げるようにしていたため、10数点に分かれております。そんなに広大な工作室ではありませんから探せばどこかにある「はず」なのですが、本日のところは行方不明のまま迷宮入りの態です。

 そもそもなぜ改装しようとしたかといいますと、ロケット仕様では少々全体が小さすぎて石炭を置いたりオイル缶を置いたり(フォルテはオイルの減りが非常に早いのです)するのに不便だったからです。
 ところが人間とは情けないもので、不便にも慣れてしまうとさして不便とも思わなくなってしまいます。さらにあろうことか別の解決策を見出したりしてしまい、今ではレイアウトの給水所にオイル差しやら石炭やらの一式を配置して、手待ち時間にちょこちょこと作業してしまうようになったのでした。行徳や第二レイアウトではそれで良いのですが、今回の静岡のように出張運転をするときはそれではちょっと困ります。

 というわけで突如原計画が復活してきたのですが、とりあえずは行方不明事件を解決しなければなりません。しばらく工作室をガサゴソと探索する日が続きそうです。

blogram投票ボタン ←薪にしちゃったってことは、、ないと思うんですけどねぇ。。。

 
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う~む時間切れ

2011年09月26日 | Weblog
 本日は所用で帰宅が若干遅くなり、さらにおかるちゃんとうだうだ遊んでおりましたらすっかり時間が遅くなってしまいました。実はちょっと宿題がありますのでこれからそちらに取りかかることにいたします。したがいまして本日は何もご報告する内容がありません。

 明日からシトロちゃんが12ヵ月点検に入ります。いつぞや申し上げた右のリアドアのロック不具合(要するに開かない)を直すことになっております。ちょっと費用がかかるので財務大臣様は渋い表情です。なにしろ今月から月額3万円の賃下げですので、無理もありません(別に懲戒処分を受けたとかではありません。念のため)。そしてわたくしはますます存在価値が低下してしまいます。まぁ、豚児の学費負担がなくなりましたので相殺といったところなのですが。。。

 おっとツマラナイお話をしてすみません。そういう次第ですので、本日のところはこれにて失礼させていただきます。

blogram投票ボタン ←明日は何かご報告出来ると良いのですが。。。

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線路工事などを

2011年09月25日 | Weblog
 本日は第4日曜の定例作業日でした。ここのところ行徳レイアウトの整備が手つかずだったので、さまざまな作業を行ないました。
 メインは外回り本線の第1コーナーに発生した線路の屈曲の修正です。上の写真がその屈曲の模様です。これは今月11日の運転会のときに発見されたもので、レール頭部外側に何か力を加えられた痕がありましたので、機械的な打撃があったものと思われます。以前にも公園整備の際に機材が当たって線路が曲がったことがありましたので、今回もそういったことが起こったのかもしれません。
 発生場所は運転時以外は自由に立ち入れる個所ではありますが、左右を垣根で挟まれていますので、わざわざここまで機械を持ち込んでレールを一撃したとも思われません。市側からは何の連絡もありません。原因は謎です。修正自体はハツリハンマーで叩いて簡単に終わってしまいました。

                                    

 続いてはクラブハウスへの引込線入口のポイントのガードレールが外れていたのでこれを溶接し直しました。これも外れた現物を保存しておきましたのでそのまま溶接して手早く終了しました。発動発電機が久しぶりに活躍しました。この発電機は大変重いのですが低騒音で振動も少ない優れモノです。移動は貨車や運客台車に載せて現場まで行きますのでそれほど重量は苦になりません。

                                    

 傍らではY田さんが踏切警報機の修理を行なっていました。この警報機は運転中に実際に作動させますから安全上も必需品なのです。

                   

 さて、台風15号の被害もありました。いずれも公園の設備で鉄道とは直接関係ありませんが、時計塔と青桐の木が倒れていました。青桐の方は乗車待合所を横切ってしまっていますので、次回の運転日までに市役所に撤去していただかねばなりません。ちょっとクラブ手持ちの工具では切断が難しい太さです。
 この行徳駅前公園は3月11日の震災では何も被害がなかったのですが、思わぬところで思わぬ「被災」をしてしまいました。
 
 また、懸案事項である内回り線踏切部分のレール更新、第2コーナーでの車輪の異音対策なども実施に向けた検討が行なわれました。そのほか線路周囲の草むしりや排水溝の貫通、落ち葉掃きなど、次回の運転のための準備作業も行ないました。

 といったところで、いろいろと行なったのですが、いずれも短時間で効率よく行ないましたので午前中にすべての作業を終え、ミーティングを行なってお昼には解散となりました。

blogram投票ボタン ←帰り道の首都高でどなたかお偉い方のお通りのため停められてしまいました。
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友人の逝去

2011年09月24日 | Weblog
 今回亡くなった友人は脳血栓だったということでした。  
 同級生の病死というのは残念なことはもちろんですが、やはりいろいろな面でショックでもあります。事故であればその人が不運であったことを嘆くばかりですが、病気ということになると、つい自分のことに引き寄せて考えてしまいます。

 通夜・葬儀には同期生20数人が参列しました。まだ現役であったので、仕事関係者の参列もかなりの数に上っておりました。
 すでに亡くなる2ヵ月くらい前から夜になると発熱するなど体調がおかしく、単身赴任先の札幌からたびたび帰郷しては病院に行っていたようです。しかし、朝になると熱が下がっているので結局仕事は休まずにいて、ついに最期のときを迎えてしまったのでした。

 「まじめな奴だったからなぁ」とは同級生から異口同音に出た声でした。まじめ人間がそのまま仕事人間になり、とうとう仕事と心中してしまったような結果となりました。
 その彼が心血を注いだ仕事は、彼が欠けた翌日から外のだれかが代わって滞りなく行なわれていくのでしょう。また、そうでなくては組織は成り立ちません。しかしながら働く当事者、現役のサラリーマンの一人としては自分と仕事との距離の取り方、スタンスといったものを考えさせられました。

 同期生約200人の中でこれで6人を失うこととなりました。還暦になったらまた盛大に同期会をやろう、と予定しているのですが、「それまではもう1人も欠かしたくないよな」と語り合ったことでした。

blogram投票ボタン ←42年ぶりに川越線に乗りました。
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多忙なお彼岸

2011年09月23日 | Weblog
 暑さ寒さも彼岸までといいますが、本当にそのとおりですね。本日は昨日とは打って変わって涼しくなりました。

 さきほど無事墓参りを済ませました。墓地はわが家から歩いて10分ほどのところ(旧村時代の共同墓地なのです)ので、途中でお花を買ってのんびり往復しても1時間とかかりません。以前は横に用水路が流れ、付近は神社と雑木林に囲まれた武蔵野然としたところだったのですが、宅地化と都市計画道路の建設ですっかり様変わりしてしまいました。

 お彼岸ということで、たくさんの人がお参りに来ておりました。普段はほとんど人の来ない場所ですが、こういうときだけは大変賑やかです。

 さて、本日はこれから友人のお通夜に出かけなくてはなりません。高校時代の同級生なのですが、同期会のMLで急に逝去の報せが来てびっくりしているところです。詳細が分からないですが、級友たちが集まってお焼香をすることになっています。明日が葬儀です。

 という次第で、本日と明日は何も手に付かない状態となりますので、回送続きで恐縮ですが、よろしくお願いいたします。

blogram投票ボタン ←震災で倒壊した墓地の石灯籠も直さねばなりません。。。。
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単機回送(また、、、)

2011年09月22日 | Weblog
 今朝起きてみたら庭のビワの木の枝がボキボキ折れていました。どうもわが家の辺りは30mぐらいの風が吹いていたようです。恐ろし。。。花壇の植木鉢もひっくり返っておりました。

 さて、本日は職場の送別会がありまして、深夜帰宅となってしまいました。したがって単機回送とさせていただきますのでご了承ください。

 なお、明日もお彼岸の墓参り&急用での外出となりますので、短縮版でお送りすることとなります。併せてご了解をお願いいたします。

blogram投票ボタン ←結局工作には難しい三連休となりそうです。。。
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嵐の中で

2011年09月21日 | Weblog
 また台風ですね。先日の12号で被害に遭われた地方の皆さんにはまったく踏んだり蹴ったりで、お見舞い申し上げます。関東地方も久しぶりに本格上陸になるようで、朝から断続的に強い雨が降っていました。こんな日は家にいるのが一番ですが、勤労者はそうもいきません。足回りをビッショリにして出勤しました。神田川の川面にはすでに木の枝や葉っぱが一杯に浮いておりました。

 さて、普段は「弁当男子」のわたくしですが、本日は職場の関係先のM大OB氏から「M大タワーの最上階にあるレストランへ行きませんか」と誘われて、職場の仲間と一緒に歩いて5分のM大へ行きました。さすがに23階からの眺めは良く、わが職場のビルがはるか下界に見えました。
 とかなんとかしているうちに、見る見る視界が悪くなり、つい今まで見えていた千代田城の屋根が見えなくなりました。やはり台風の影響でしょう。「これで職場に戻ったらみんな帰ってだれもいなかったりしてな」などと冗談を言いつつ帰ってみたら本当にだれもいなくなっていてビックリしました。
 「まだいたんですか、早く帰ってください」と催促されて急いで帰路についたような次第でありました。

 家に着いたとたん、うなりを上げて雨風が激しくなり、テレビのニュースで「浜松に上陸」と告げていました。もう10分遅れていたらエライ目に遭っていたでしょう。危ないところでした。
 わが家は崖っぷちから数百メートル離れた台地上にあり、付近には川も池もありませんので、風情には大いに欠けますがこういうときには安心です。最近は瓦屋根の家が減って来ましたので、以前のように飛んできた瓦で車が傷つく、、、といった心配も少なくなりました。

 というわけで、早く帰宅しましたので嵐を突いて(?)工作室へ入りました。この工作室は「室」とはいうものの、基本的にガレージの周りに壁をしつらえただけの場所ですから、風で雨水が床に吹き込んでおりました。まぁ、たぶん大勢に影響はないだろうということで、特に対策もせずにフォルテの弁室蓋のシーリングを行ないました。
 写真はバスコークを塗布して蓋を取り付けた状態です。真っ黒で分かりにくいことと思いますが、バスコークがはみ出しておりますのでなんとなく「シーリングしたぞ」という雰囲気が出ているでしょう。
 塗装がだいぶ剥げておりますね。輸送途中で擦れたものと思われます。さっそく補修塗装をしなければなりません。

 再発ムチウチの状態がまだ良くありませんので、シリンダー前蓋の再シーリングは明後日に行なうことといたしました。その明後日からの三連休ですが、行徳での線路工事があったり、お彼岸の墓参りがあったりで、結局あまり工作時間がとれそうもありません。いつもこうやって予定が進まないんですよね。

blogram投票ボタン ←それにしてもすごい風です。早く去ってほしいものです。

 
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安静第一(短縮版)

2011年09月20日 | Weblog
 安全第一の間違いではありません。昨日の本ブログで申しましたとおり、復活したムチウチの沈静化のため、本日も仕事以外ではじっと大人しくしておりました。おかげで振り返ることはできるようになりましたが、まだ若干の痛みが伴いますので、工作関係は自粛することにいたしました。

 さて、こうなってくると実に手持無沙汰で困ります。読むべき本類も大方は読んでしまいましたので、久しぶりに時代小説でも引っ張り出して読んでみようかと考えているところです。
 そのような次第ですので、本日のところも無内容で恐縮ですがご容赦のほどを。。。
  

blogram投票ボタン ←明日は少し手を動かして見ようかと思います。。。
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古傷が復活

2011年09月19日 | Weblog
 本日起床の際にちょっと肘をついて上体を起こしたところ、クキっと肩の筋がつってしまいました。
 これは、以前にもお話し申したと思いますが、昔むかしの青春時代、ラリー車に乗って近県の林道で練習中コースアウトして痛めた個所なのです。当時はまだ20代だったので数週間の通院で治ったのですが、その後二度ほど追突事故に遭い、傷の追い打ちをしてしまったのでした。

 それ以来というもの、季節の変わり目などに思い出したように復活してわたくしの健康で文化的な最低限度の生活を脅かしてきたのでありました。ここのところ1年近く何事もないなぁと思っていたら突然やって来たのでした。
 こうなると重いモノの持ち運びはもちろんのこと、呼ばれて後ろを振り返ることも出来なくなってしまいます。ひどくなると痛みで呼吸も出来ない状態になります。そうなる前に何とかしなくてはならないのです。具体的にはハリ治療をするのですが、うっかり日を過ごしてしまうとたちどころに悪化してしまいますので、やったな、と思ったら即治療することが肝心です。

 というわけで、本日所用で外出した帰りにいつもの治療院に立ち寄ってハリを打ってもらいました。だいたい治療後2日ほどで痛みが去ります。実はこの2日間の過ごし方が重要でして、ここで無理をしてしまうとかえってこじらせてしまうのです。したがって今日と明日はひたすらおとなしく良い子で過ごさねばならないのです。本当は自宅でじっとしているのが最良の方法なのですが、現役サラリーマンとしてはそうもしていられませんので仕事はしなければなりません。重たい資料などは極力持たないようにして、パソコンの前で地味に過ごすことを心がけるようにしたいと思います。体が資本ですからね。

 そんな次第ですから本日はじっと資料の読み込みをすることでお終いにすることといたしました。明日も恐らくは同様に過ごすこととなると思います。窮状ご賢察のうえご了承ください。

blogram投票ボタン ←汽車いじりもあさって以降です。
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回復運転

2011年09月18日 | Weblog
 花粉症の発作で昨日一日をほとんど棒に振ってしまいましたので、遅れを取り返すべく本日は起床とともに薬を服用して活動を開始しました。
 まずはクラブ通信の発送に郵便局へ、無事手続きしてその足でホームセンターへ赴いて剪定鋏とノコギリを購入、先日の台風で倒れた枯れ木や伸び放題だった雑草を撤去&刈り取りしました。あっという間にひと山の雑草が引き抜かれました。それらを枯れ木とともに剪定鋏で細かく切断して午前中の作業は終了しました。

 実はそれだけでほとんど体力を使い果たした状況であったのですが、それで終わっては何にもなりませんから昼食後残った力を振り絞って工作室へ向かいました。本日はフォルテの補助水槽の蓋作り(まだ作ってなかったのです…)や投炭スコップの修理、運転会の際に発見されたシリンダーの蒸気漏れ対策など、細ごまとした地味な作業を行ないました。
 水槽の蓋は手持ちの30mm径真鍮丸棒から旋盤で削り出し、およそ30分で出来上がりました。あまりピッタリに作っては開け閉めに不便ですから所定の径より0.5mmほど小さく作りました。投炭スコップはB20との共用ですが、グリップが取れてしまっていたので取り付け直しました。熱を持つのでどうしても緩くなってしまうのですが、取れたらまたくっつけるだけです。

 さて、フォルテのシリンダーは両側の弁室の上蓋と左の前蓋から蒸気が漏れて、凝結水となって溜まるほどでしたのでバスコークが飛んでしまったのか、と思い開けてみたところ、わずかに塗りつけたバスコークの薄いところがあって、どうやらそこから漏れていたようです。写真の右下の部分がそうです。
 本当は古ハガキでガスケットを作った方が確実なのだと思いますが、とりあえず今回は再びバスコークで対処することにしました。それでも漏れたらガスケットを作ることにいたしましょう。
 これは前蓋も同様です。取り付けネジは特に緩んでいたところはなく、やはりシーリングが不完全だったのだと思います。B20の場合は製造時に古ハガキのガスケットを作って、以来20年そのままですがまったく漏れはありません。

 フォルテではもう一カ所、水面計下部の漏れも直す必要があるのですが、本日は時間切れとなりました。残業しても良かったのですが、花粉症の発作がおきそうだったのでやむなく撤退しました。

 明日はちょっと所用で外出しますので工作室には入れないかもしれません。残りは今週末の三連休に持ち越しとなる見込みです。結局のところ大した回復にはなりませんでした。

blogram投票ボタン ←やっぱりくしゃみが止まりません……。。。
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早くも秋の花粉症が…

2011年09月17日 | Weblog
 涼しくなるのかと思ったら、また台風が来て蒸し暑い一日となってしまいましたね。
 わたしにとっては蒸し暑いうえに秋の花粉症という不愉快な季節が急に到来して憂鬱の種が重なってしまいました。
 おかげで本日は朝から頭が重く、鼻水は出るくしゃみはするでほとんど何も出来ませんでした。せっかくの三連休の一日目がすっかりつぶれてしまいました。この症状が明日以降改善されるという保証はまったくありませんので、悪くすると三日間ともぐずぐずと過ごすはめに陥る可能性もあります。いや、三日間だけならともかく、年末まで続く危険性もあるのです。寒くなったらマスクができるというのが、せめてものささやかな反抗の手段です。

 秋の花粉症はネコジャラシなどのイネ科の植物やブタクサが元凶なのですが、これらは生命力が強く(なにしろ雑草ですからね)、いつまでも身近に存在していますので春に比べて鬱陶しい期間が圧倒的に長いのです。だいたい正月ぐらいまでは続きますので、まったくイヤになります。薬を飲んでも根本的な改善にはなりませんから、ひたすら時の過ぎゆくのを待つしか手がないのです。
 そういえば岐阜の方で本物の稲の花粉が飛散して周囲の人びとを花粉症にしたそうですね。こうなると農村部も油断できません。
 
 というわけで、本日は終日ベッドの上でおかるちゃんとウダウダ遊んでいたのですが、それでも夕方飲酒をしましたら適度に酔っ払って症状が軽くなりましたので、これ幸いとクラブ通信の仕上げをしてしまいました。やはり酒は百薬の長なのです!!

 しかしながら、朝から百薬の長を服用しているわけにもいきませんから、やはり何らかの医学的かつ物理的な対抗策を講じないと生活に大いに支障を来たしますので、いざとなったらやはり病院に行って先生に相談してみるようにしたいと思います。

 とりあえず明日はクラブ通信の発送を行なって、様子を見て大丈夫そうだったらフォルテとB20の修理にかかろうと思います。今月はもう一回三連休がありますので、この辺の懸案事項について、少し前に進めておきたいと思っております。

 そういったわけで、本日は威勢がつきませんが、これにて失礼させていただきます。

blogram投票ボタン ←明日がある~~~。HOO!
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同業他社の仲間と

2011年09月16日 | Weblog
 予定どおり深夜の帰宅となりましたので、ご報告すべき内容はありません。
 本日は業務終了後、同業他社の同担当の仲間との交流会がありました。仕事だけでなく年も同じなのです。というわけで、同世代ですから話も通りやすく、ついつい盛り上がってしまいます。そして「飲んでるだけじゃツマラナイよな」と、セクト、じゃなくてグループで活動しようということになっています。本日はその打ち合わせも兼ねていたのでした。

 何をするのか……。お知らせするほどのことはしておりませんので、今日のところは控えさせていただきまして、まぁそのうち目鼻がついたら本ブログでもご紹介させていただくかもしれません。その節はよろしく(何を???)。

blogram投票ボタン ←明日から涼しくなりそうですね。
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