東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

今枝由郎,『ブータンに魅せられて』,岩波新書,2008

2008-11-15 23:47:24 | フィールド・ワーカーたちの物語
前項とはうってかわって、〈国民総幸福〉なるものを提唱する著者のブータン案内。

この著者の本はすでにわたしのブログで
『ブータン仏教から見た日本仏教 』,NHKブックス,2005
を紹介済。

ブータンの仏教、著者とブータンの出会いについてはあちらのほうが詳しいが、本書はあるゆる話題をもりこんだ総合ブータン案内。
著者に関しては、もうブータンの第一人者であり、信頼する以外ない。
というか、よっぽどしっかりした研究者がじっくり滞在して研究する以外に、著者を凌駕する視点は生まれないだろう。

だからといって、著者の見方を全面的に認めるわけではない。
〈人口60万、人口60万、ジンコウロクジュウマン〉と呪文を唱えながら読みすすむ。
なんと、正確な人口が把握されたのは2005年になってから。それまで、2倍以上の数字が国際的統計で使われていたというんだから。

60万ですよ。日本でこの程度の都市、あるいは自治体に住んでいる人は多いでしょう。その自治体の長、偉い人、大金持ち、そんな者がどんな人間か、と考えれば、ブータンに人材がなくともふしぎはない。(第四代国王は例外的に聡明な方であったようだが)
人口過密、資源不足で悩んでいる国家とはまったく異なるのである。
この総人口の少なさ、人口密度の薄さ、大国の干渉を遮っていた自然環境、どれもこれも他の地域の参考になるものではない。

そうした環境基盤の上での〈幸福大国〉である、ということだ。

と、ケチをつけるようだが、すごい話、おもしろい話がいっぱい。
とにかく読んでみよう。
詳しい内容はこれから読む方のために触れない。

ただ……
こうした桃源郷タイプのくにに憧れる方、あなたはコーヒーもアイスクリームもビールもない世界に生きられますか。
こういう問いかけがあまりに物質的すぎて嫌味ならば、あなたは、書物のない世界、小説も随筆も旅行記も学術論文もマンガもない世界で生きられますか。

著者が10年も滞在したのは、仏教研究のほか、国立図書館新設に関わったためである。
もちろん、国立図書館といっても東京やパリのものとはまったく違う。
なにしろ、(本書中のすごいエピソードの一つだが、)アップル社がゾンカ語(ブータンの国語)システムを開発したのは著者の依頼によるものなのだ!!
つまり、活版印刷も謄写版もない、手動タイプライターと文字通りのカット&ペースト(本物の糊と鋏で)の世界からいっきにコンピューターシステムへ!もちろんフォントも開発した。

こういう社会であるから、当然、書物とか読書という習慣はない。いや、習慣がない、というより概念がない。(このへん、経典についての詳しい逸話を読むように)

こんな社会は、わたしは耐えられないな。
まあ、生まれたときからそうなら、それで満足でしょうが。
ただしこれから先どうなるんでしょうか。
外の世界を知った若者たちが耐えられるだろうか。

いうまでもないが、ジャーナリズムや教育や書物出版はあったほうがいいが、市場経済や外来の娯楽文化は拒むというのは、無理なのだよ。


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