「いつまでも続くわけがない」と万起子が言う。
同じことはずっと続くことはない、いいことも、悪いことも。
そんな言葉が、数時間前とはうってかわって、すっと心にしみこんでいく。
~ ごはんの炊ける匂いがして、やがて炊き上がりを知らせるピピーッという機械音がした。ぐううと美香のお腹がなった。
「お腹空いたね」
寧が言った。
「ごはんに味噌汁しかないけど、朝ごはんにしますか」
万起子が言うと、寧が慣れたようすでテーブルの上に箸やら取り皿やらを並べた。
「お腹を空かせて迎えた朝は、やっぱりごはんと味噌汁だよねえ。では、いただきます」
「いただきます」
と、美香も言う。食べ始めて、ふと箸が止まった。
「おかず足りないかな? 納豆ならあるよ」
と、万起子が美香に声をかけた。
「あ、全然、足ります」
「そうじゃないわよ、万起子。谷本さんはね、さっきから驚いているのよ。万起子がごはんを炊いて、味噌汁なんて作ったことに。そうでしょう?」
「いえ。あ、はい。すごく驚いています」
「やだ、美香ちゃん」
と、万起子は言った。
万起子は自分が谷本さんではなく美香ちゃんと呼んだことに気づきもしない。
呼ばれた美香はもちろん気づいた。そればかりか、その言葉を耳にした瞬間、からだじゅうの血管がひろがってぶわっとからだが膨れたような気さえした。 ~
目がまん丸になったくろうさぎの顔が重なる。
大切な存在がいて、その大切さがどれほどのものかを相手に伝えられないことが悲しくて、伝わったと思った瞬間に思わず目を見開いて … 。
でもその感触は永遠に続くものでもない。
どんな幸せな時間にも限りはある。むしろ限りあるものだからこそ、人はそれを幸せと意識することができる。
ならば、そんな瞬間がそうたびたびではなくても必ず訪れることを信じ、積み重ねることでしか人は生きていけないのではないか。
「やだ、美香ちゃん」のくだりは、書き写していてさえ泣いてしまう。
こんなふうに出会い、心を通わし始めた、年齢も境遇も異なるシングルマザーたちが、その後どんな人生を送ることになるのか、このブログをお読みの大人の方はぜひ読んでみてほしい。
あ、高校生はいいよ。この本の値打ちに気づかないだろうし、まだ気づく必要もないし。お母様方はぜひ。