おせっかいではあるが、この“ゴールデン・ウィーク”にどこへも行けないひとのために、手軽な代替プランを提示しよう。
なにしろ、費用は¥552ですむ。
まあ、自宅で読むなら、ビールとか、丹念に淹れたコーヒーとか、濃いミルクティーとかを飲みながらなら、なおいい。
近所に、昔風の“喫茶店”あるいは、カフェがあれば、そこへ行って読むのもいい。
昨日もちょっと引用した青山真治『ホテル・クロニクルズ』(講談社文庫)である。
なにしろ、ぼくは“ホテル”が好きである。
ラブ・ホテルではない(行ったことがないのだ;笑、一度入ってみたい)
ぼくはそれほど日本各地や海外を旅行したわけではなく、ホテル滞在の経験が豊富なわけでもない。
それでも、ホテルに関する思い出を書けないわけでもないが、今日はやめておく、青山氏の本を紹介したい。
この本は短篇連作となっている、各短編は以下の通り;
★ “ブラックサテン”=紀州、南紀線
★ “交響”=那覇、ビーチサイドホテル
★ “砂浜に雨が降る”=ランカウイ、タンジュン・ルー・リゾート
★ “Radio Hawaii”=ホノルル、カハラ・マンダリン・オリエンタル
★ “蜘蛛の家”=金沢、ニューグランドアネックス
★ “地上にひとつの場所を!”=ソウル、ソフィテルアンバサダー
★ “白猫”=横浜、グランドインターコンチネンタル
以上のリストをみただけで、ぼくのようなミーハー男は、胸がときめく。
実は書店で、この本を買う気になったのは、“それ”だけの理由による(もちろん青山氏が“優秀な”若手監督であることは知っている)
しかし、例によってぼくは、まだ“砂浜に雨が降る”を読み終わったところである。
残りの4篇が良いかどうかは、わからない。
しかし、読み終わった3篇だけでぼくはすでに“¥552”はムダではなかったと感じる。
昨日引用した“ブラックサテン”だけが、ホテルでの話ではない(ようだ)
しかしこの“導入部”は、ホテルへたどりつくまでの“旅の導入”としての車内の光景、および目的地へ着いたときの幻想をあざやかに喚起している(つまりぼくらの“旅”もこのようであったのではないか)
いま読んだ、“砂浜に雨が降る”の展開も鮮やかである;
最初この短篇は“R”という主人公による“3人称小説”かと思わせる。
Rは、“できるだけ美しい風景を見ながら孤独に死んで行きたい”という願望を持っている。
そのきっかけとなった幼児期の体験が回想される。
そしてRは、マレーシア、ランカウイのリゾートへやってきた;
★ 砂浜を洗う波の音がすぐさま鼓膜を愛撫し、暗がりの中に手を伸ばせば綿菓子のように掴めそうな気がした。
★ Rは、奇妙な官能のくすぶりとそれを駆動させる金銭の力学を感じ、自分が1920年代の、白いスーツとパナマ帽の帝国主義者になった気がした。
★ 旅の疲労を急に感じて、Rは窓辺を離れ、シャワーを浴びようと裸になった。
(以上引用)
さて、Rのリゾートの日々はどうなるのであろうか。
Rは海辺で不思議な体験をするのである。
しかしこの短篇が、すぐれているのは、とつぜん“私”(書き手=青山氏らしきひと)とその妻が現れるからなのだ。
そしてこの小説の最終部は、私と妻がそのリゾート・ホテルの“お魚さんたちに餌をあげる”シーンへと展開される。
“妻”が言う;“生きものばんざい”。
★ 私も小声で同意を示した。
★ Rなど最初からいなかった。死にたいのは私自身だった。
このあとに展開される終結部の10行は、白眉である。
ここに引用してもいいが、ちょっとつかれた。
ぼくは講談社文庫の販売促進員ではないが、“¥552”で買って読んでください(笑)