★ ヒトラー時代がもたらした教訓の一つに、賢明な識者の愚かさについての教訓がある。ヒトラーの台頭が火を見るよりも明らかになった時でさえ、まだユダヤ人たちは、いかにも多くのもっともらしい理由をあげて、そのおそれはないと言い張っていたか。
★ 私は、ある経済学者がバイエルンのビール醸造業者たちの利害関係を基に、ドイツの画一化の不可能性を証明して見せた談話を忘れることができない。もしそうなら、賢明な識者たちによれば、西側ではファシズムは不可能だということになろう。
★ 賢明な識者たちは至る所で無知な輩を手軽に片づけてきたものだが、それは彼ら自身が愚かだったからなのだ。事情に通じ、目配りの利いた判断、統計、経験を踏まえた予測、「要するに、これは当然私には判りきったことなのですが」という科白で始まる確認、きっぱりと間然するところなく述べられた所論、こういったものが正しいとは限らない。
★ ヒトラーは知性に反し、反人間的であった。しかし反人間的な知性というものもある。我こそは卓越した事情通、というのが、その目印なのだ。
<ホルクハイマー+アドルノ『啓蒙の弁証法』(岩波文庫2007)>