がじゅまるの樹の下で。

*琉球歴女による、琉球の歴史文化を楽しむブログ*

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めんそ~れ♪

3000年01月01日 | ・徒然日記

   

    

    


キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ(28)『大隅(うーしみ)』

2020年08月02日 | ・琉球史散策/グスク時代

繁忙期につき、
ゆんたくマンガのみの更新が続いております。

少なからずコロナの影響もあり、
もう少し続きそうです

 

 

ゆんたくマンガ(25)を併せてお楽しみください。

 

大隅の抜け穴については
こちらの過去記事をどうぞ。

 

+

 

さて、北山落城について。

歴史としては、本部の裏切りにより
志慶真門廓から陥落。
本部の裏切りに怒った攀安知は本部を殺すも、
あたりは火の海で自刃して果てる…
という流れが一般的です。

しかし、ゆんたくマンガでは
みんながおバカにわちゃわちゃしている
姿ややり取りを描いているので、
登場人物であるキャラとキャラが
裏切ったり殺したり殺されたりetc…
ということは敢えて直接は描いておりません。

 

もーね。
みんな仲良くやったらいいよ。

 

と思っています。

 

 


「キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ」
シリーズ初見の方はこちらもご覧下さい。


キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ(27)『3000VS300』

2020年07月26日 | ・キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ

 

前回のつづき)

 

正史『中山世鑑』によると、
中山VS北山は
300VS3000とあります。

 

うん、だいぶ盛ってると思うけどね。

 

でも、まぁ
それだけ中山側が数において勝っていた、
ということで。

しかし、これだけの人数差にもかかわらず
中山軍はだいぶ苦戦し、
多くの死者を出したようです。

中山世鑑によると、

 

「北山側が200余人討たれると、
寄せ手(尚巴志軍側)は500余人が討ち取られる有様だった
ましてや、矢傷を受けた者は幾千万か数も知れなかった。

血は草を染め、屍は累々と横たわっていた」

 

幾千万て。

 

数が矛盾している。

 

数はあくまでイメージということで(^^;)

 

 


「キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ」
シリーズ初見の方はこちらもご覧下さい。


キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ(26)『旗印』

2020年07月25日 | ・キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ

 

(つづく!)

 

+

 

正史『中山世鑑』によると、
中山軍は3月11日に首里を立ち、
12日に名護着、軍を二手に分け、
13日に鬨の声をあげた

とあります。

 

この描写の通りに考えるとしたら、
道路未整備の時代、
徒歩で1日で名護まで行くのは厳しいだろうから
海路だったのでは?
という説に基づいて
1コマ目の図はそのようにしています。

(名護からの海路は運天港からの上陸にしたけど
今帰仁をぐるっと迂回することになるから
もしかしたら本部港あたりかもしれないな、とも思う)

 

『中山世鑑』の北山戦は
描写が歴史小説みたいで面白いから
一読をおすすめします★

 

 


「キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ」
シリーズ初見の方はこちらもご覧下さい。


キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ(25)『運天パトロール』

2020年07月23日 | ・キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ


北山の要である運天の港には
源為朝が流れ着いたという伝説に伴って
為朝にまつわるスポットがあります。

ティラガマはその一つ。

結構深いみたいですが、中には入ったことありません。

 

先日、今帰仁に行ったついでに久々に寄ってみましたが、
手前の小道の草が茂ってたのでやめておきました。

もう一つの「源為朝上陸之碑」と合わせて
こちらの過去記事からどうぞ。

 

為朝関係以外にも
運天エリアは歴史を感じるスポットが色々あって
一度は訪れてほしい場所です。

参考までに、
運天界隈の史跡過去記事を。

 

大北墓→ 

古墓群

百按司墓

 

あれ、全部お墓だ(^^;)

 

運天港

 

そして、運天の海はいつ行っても美しい

 

 


「キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ」
シリーズ初見の方はこちらもご覧下さい。


沖国大入試「琉球・沖縄史」プレテスト

2020年07月14日 | ・琉球/沖縄、徒然日記

 

2021年度の沖縄国際大学の経済学部の一般入試に
「琉球・沖縄史」を選択科目の一つとして
導入するというニュースが出たのが去年のこと

なんで考古・歴史・民族ゼミにつながる総合文化学科じゃなくて
経済学部だけに!?というツッコミ&疑問はありますが、
(そのうち広がっていくのかもしれないけど)
ひとつの科目としては
新しい試みということもあって、

現在、沖国大のHPに
「琉球・沖縄史」のプレテストが掲載されています。

もちろん回答付き。

 

ざっと見てみましたが、
先史時代から現代までまんべんなく、
でも選択式も多いので
回答の手掛かりは結構ある…
という感じ。

沖縄歴史検定を思い出すわ

 

沖国大受験者じゃなくても
ひとつ、腕試しにいかがですか?

 

沖縄国際大学
2021年度経済学部一般選抜試験新選択科目
「琉球・沖縄史」プレテスト問題の掲載について(お知らせ)

 

 

なお、
私の沖縄歴史検定対策や、
琉球・沖縄史の勉強については
こちらの過去記事もどうぞ。

入門書に最適☆『マンガ 沖縄・琉球の歴史』

琉球/沖縄、一問一答シリーズについて

勉強の話 ex.沖縄歴史検定

沖歴検のお勉強。

琉球/沖縄、一問一答シリーズ


35年前のグスク展

2020年07月06日 | ・琉球/沖縄、徒然日記

なかなかブログの更新ができずスミマセン(´;ω;`)

現在、3足の草鞋、絶賛追い込み中でして、
あと1か月くらいはそこに集中せざるを得なくなりそうです。

寄ってブログの更新も亀ペースになりそうです。

Twitterは稼働中。

せめてツイートしたものを
そのままブログでも転用して更新できれば…
と思い、今回は先ほどツイートしたものをば。

 

 

ショクバで古書搬入&埃払いのお手伝いをした時に
発掘されたパンフレット。

1985年、35年前(!)に行われた
「特別展 グスク」のパンフレットです。

今年の1月まで行われていた
「グスク展」の記憶も新しいところですが…
マット紙に黒地デザインが渋い!

B5版4ページ(B4両面刷り二つ折り)

 

 

裏面。

会場は龍潭前の中城御殿跡にあった
沖縄県立博物館。

大人300円。

安っ!!

 


↑クリックで拡大

 

内側見開き。

手描き製図の会場図が胸熱。

展示内容も、細かくみると面白い。
今年1月までやってたグスク展と比較すると
グスク研究も、博物館展示も、
この35年で大きく発展してるのがわかるな、と。

ところで、
おもろまちへの移転前の県博、
何度か行ったことあるはずなんだけど(親に連れられて)
なぜか展示室の記憶は全くないんだよね…。

外観とロビー、2階に行く道のりは覚えてるんだけども。

 

 

表紙のグスクについて。

パッと見、知念グスクと思ったけど、
でも門の向こう側の風景の見え方が違うような?
という感じで、ショクバの数名と検討。

その結果、やはり知念グスクだろう、
でも正門じゃなくてもう一つの門のところでは。
という結論に達しました。

それがこちら。

あいにく、正面から撮った写真がなかったのですが、


と見比べると、
やっぱりこっちのほうが近いような気がします。

 

<正門のアーチ門>

 

知念グスクの門や内部も含めた写真が載ってる
過去記事はこちらから→  


キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ(24)『正味3時間』

2020年06月18日 | ・キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ

 

キラキラ版の他魯毎は、
「琉球史の人物をなぜキラキラ化して描く必要があったのか」
という問いへの、柱になっている人物でもあります。

 

 

なぜならば、彼が1番分かりやすいから。

こちらの記事に詳しく書いていますので
良かったらご一読下さい↓

★キラキラ化に、なんの意味があるのか

 

ゆんたくマンガ版の他魯毎は
かわいいぐゎ~のキャラクターになっています。

なぜならば!

もっとみんなが他魯毎に愛着をもってほしいから!
特に南山の、糸満の人たちに

キラキラ版やゆんたくマンガを通してでも、
他魯毎を気に入ってくれたら嬉しいです♪

 

 

 

 

他魯毎の弟、守忠については
こちらの過去記事をご参照下さい。

 

★南山のドラマ人、南風原守忠

★イラストで見る、守忠周辺関係図

★守忠と守知の伊舎堂墓

★【またまた】推定年齢考証してみた

 

 


「キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ」
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キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ(23)『琉球国南山王之印』

2020年06月13日 | ・キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ


三山時代はそれぞれ明から

「琉球国中山王之印」
「琉球国北山王之印」
「琉球国南山王之印」

をもらっていたようです。

 

残念ながら現存はしていません。

北山、南山のものは
尚巴志の三山統一の過程で
没収されたりもしたのかも?

 

中山王之印は
1453年の志魯・布里の欄で溶解してしまい、
新しく王となった尚泰久は
新しい王印の再支給を明に願い出ています。

北山、南山のものはその時一緒に焼けたのか、
それとも子孫がひそかにどこか秘密の場所(お墓など)に
隠し埋めていたりして……
という妄想もまた楽し。

なお、「琉球国南山王之印」の陰影(想定)は
@mangaryukyuさんから許可を得てお借りしました!

 

ちなみに、
清朝になって贈られた「琉球国王之印」は、
レプリカを首里城で見ることが

でき…ました。

以前は。

 

火災で燃えてしまいましたので
過去記事からどうぞ。

持ち手はラクダ。
ゆるキャラ風です。

 

 


「キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ」
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キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ(22)『本部のうちなーぐち講座』

2020年06月07日 | ・キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ

 

2コマ目の宇宙観の図について。

太陽が通る地中の穴は「テダガアナ(太陽の穴)」といい、
太陽が落ちる(沈む)場所は「テダバンタ(太陽の崖))と言われています。

図で、太陽が昇る(東)側の穴を、
テダバンタと水平に位置する場所にしましたが、
(つまり、昇る側にも崖がある)
太陽の穴が地上に直にあるバージョンも載せておきます。
(ブラタモリではそっちの図解でしたね)

 

 

こんな感じ。

 

西のテダバンタとは違って、
東側にも「崖」のイメージがあったのかどうかは
不明なので、
境界線はぼかしておきました。

世界の果てはハッキリした境界線のない、
もやもやとした異世界(ニライカナイ)
という認識だったのかもしれません。

 

 

*おまけ*

西原町はなんで東側にあるのに
「西」なの?

というのは、
琉球の中心であった、首里の「北(ニシ)」側にある
という意味でついていた「ニシ」読みに、
後から「西」の字があてられた。

という豆知識。

 

 


 

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