今帰仁村の物産フェアに合わせた
「北山の風」公演、お疲れ様でした!
ホール公演はグスク公演とはまた違った良さがありますよね♪
(照明とか音響とか)
思い切って演じることができたかな??
またの機会に成長を見れることを楽しみにしています♪
さて、そんな「北山の風」つながりで
今日はこんな記事。
志慶真乙樽(しげまうとぅだる)の
お墓に行ってきました!
今帰仁のヒロインと言えば乙樽。
乙樽と言えば今帰仁。
というくらい有名な女性。
今帰仁グスクの主郭にも乙樽の碑がありますね↓
(5年前の撮影)
「北山の風」でも「北山攻防譚(★ ★)」でも
今帰仁を舞台にしたヒロインに「乙樽」の名前が使われているのは
この志慶真乙樽がベースにある事にほかなりません。
(北山攻防譚の乙樽かっこよかったな…また復活しないかな)
彼女はどんな人だったのか、
今帰仁城のHPやパンフレットにもありますが
簡単にここでもご紹介します。
志慶真村の乙樽は絶世の美女で
北山王(今帰仁世の主)の側室として迎えられた。
北山王は高齢でまだ世継ぎがなかったが
ある日ついに王妃が世継ぎ・千代松を生んだ。
乙樽は自分の子のように千代松の世話をした。
そんな時、重臣の本部大主がクーデターを起こす。
北山王は殺され、
王妃と乙樽は幼い千代松を連れて逃げるが
体の弱っていた王妃は足手まといになることを恐れ
乙樽に千代松を託し自死してしまう。
今帰仁から遠く逃れた乙樽は
献身的に千代松を育てる。
時がたち、立派に成長した千代松は岡春と名を変え、
ついに両親の敵討ちと北山奪還を遂げる。
乙樽は千代松を支えた母として、
そして祭祀をつかさどる神女としてあがめられた。
参「新 琉球王統史2察度王 南山と北山」(与並岳生著/新星出版)
北山騒動と呼ばれている伝承で
伝えによって細かい違いはありますが
だいたいこんな感じです。
その乙樽のお墓。
今帰仁グスクにある周辺アリア地図で
お墓のだいたいの位置は把握していましたが
はっきりとはわからず
昔、勘だけであたりをうろうろしてみましたが
ヒットせず…(^^;
今帰仁の史跡案内板分かりにくすぎ。
空撮にざっくりとしたポイントだけなので
実際に行こうと思っても厳しいぞ~
今回は実際に訪れた人のレポを見ることができて
無事発見することができました。
地図にはめ込むとこんな感じです。
志慶真川沿いにあります。
今回は川の向かいから失礼しましたが、
草が茂って道をふさいでいなければ
手前側を行く事もできますよ。
ちなみに北山騒動は14世紀前期頃と考えられています。
崖下の洞穴を使った古いお墓ですね。
国道505号線からは今帰仁グスクも見ることができます。