下手の横好き日記

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館シリーズ「中村青司」考

2006-12-07 23:59:59 | 
先日『暗黒館の殺人』を読み終え、考えたことがあります。
今日はネタも無いので、そのことを少し。
ただし、作品の内容に触れますので、
未読の方、これから「館シリーズ」を楽しもうと考えていらっしゃる方は、
ここから先の文は見ないで下さいね。

「暗黒館」は彼にとっての始まりの館だと、江南は言いました。
この作品の中でやっと「中村青司」は生身の人間だったことを読者は認識します。
この中村青司、私には非常に魅力的なキャラクターに映りました。
それはもちろん、綾辻氏の彼に対する愛着がそうさせたのだと私は思います。
「館シリーズ」の世界を作ってくれる「中村青司」は重要なキャラですし・・・

と、ここまで考えて、ふと思い至ったことがあるのです。
それは、この『暗黒館の殺人』の中で中村青司が得た属性が、
実は『十角館の殺人』のある部分を補う要素になっているではないかということ。
デビュー作のこの偉大な名作『十角館の殺人』をリアルで読んでないので、
当時この作品に寄せられた「批評」が厳しいものだったということしかわかりません。
「人間が書けてない」という言葉はよく耳にしますから、
殺人に至る動機等が書ききれてないなどの指摘だったのかも。

考えてみれば『十角館の殺人』も、生身の中村青司が書かれた作品です。
もっとも作中では既に死んでいる人物になっていますけどね。
で、この中村青司が何故死んだのか・・・ここが急所です。
愛せなかった娘が死んだことが、なぜ最愛の妻との無理心中に結びつくのか。
中村青司の持つ属性「ダリアの祝福」を考慮すれば、それが明白になりますね。
それはアルコールのせいとは言え「娘が心臓病で死んでしまった」からなのでしょう。
娘が本当に自分の子かどうか、不安に思っていた青司にとって、
娘が心臓病で死んだ事実は、自分の血を引いてないという証拠になってしまった。
そう、彼の血を引いていたなら「病気では死なない」はずなのです。
そこから中村青司の狂気は始まってしまったわけです。

ここで彼の属性の負の一面「自殺では完全な死を迎えられない」が重要になります。
そう、中村青司は無理心中=「自殺」してしまったのですよ!
ダリアの言葉では、自殺者は未来永劫、生と死の狭間を彷徨い続けるのだとか。
つまり、青司は肉体こそ滅んだけれど今も「惑って」いるわけです。
これこそが、青司の死後、堰を切ったように
彼の作った館で次々と陰惨な事件が起きた理由なのでは??
中村青司の「惑い」が、彼の分身である館に発露してしまったのでしょう。

と考えたら、「これはすごい!」と思ってしまいました。
当時未熟と言われた『十角館の殺人』は、今やっとその全貌を現し、完成したと言えるのでは?
さらに「館」が不可思議空間である理由付けも出来てるわけで。

などなど、こんなことを考えていたのです。
もちろんこれは私の勝手な解釈で、作者の意図とは関係ないかもしれませんが、
あるいは私が力説しなくても、皆が気づいていたことかもしれませんが、
またあるいは、私のとんでもない勘違い妄想なのかもしれませんが、
何だかね・・・何度も美味しい思いが出来たみたいで、嬉しかったのです♪


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6 コメント

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なるほど☆ (あかね)
2006-12-09 10:18:05
私も『暗黒館』を読み終えた時、
中村青司という人物がとても魅力的に感じました。
それまで館シリーズを読んでいて、
中村青司という人物に対して、呪われた「恐ろしい」存在のようなイメージを持ってしまっていたことが、『暗黒館』を読み終えた時に、青司の存在を知って、衝撃を受ける結果になったのだと思います。
でも。
そっかー。そうですよね!
viviandpianoさんのブログを読んで納得。
ダリアの儀式があったからこそ、『十角館』につながっていくんですよね
『暗黒館』が出版された当初の綾辻先生のインタヴューを読み返してみたりしたけど、綾辻先生も『暗黒館』を完成させたことによって呪縛から解き放たれた・・・とのこと。。。
館シリーズ、読み返したくなりました・・・ううう
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あかねさんへ♪ (viviandpiano)
2006-12-09 18:56:41
綾辻氏がインタビューでそのようなことをおっしゃってたのですか。
始めて知りましたけど、深いですね・・・

綾辻作品を読むときは、本当に作者の綾辻氏のことを
いつも考えてしまいます。
そういう思考をさせてしまう作品だし、作者なのでしょう。
推理小説を研究してる人(いるのかな?)も、
きっと綾辻作品を避けては通れないでしょうね。

実は『十角館』を読み直したんですよね。
犯人が「十角館」に関わりを持ったとたん殺意を実行に移したあたり、
中村青司の呪縛が感じられました。
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深い~★ (あかね)
2006-12-10 19:49:14
よく日本のミステリーの歴史について書かれた記事などを読むと「綾辻(デビュー)以前」「綾辻以降」というような言葉が出てくるので。。。日本のミステリーを語る上で、綾辻行人先生の存在はすっごく大きいんですねすごいなぁ。。。。(しみじみ)

2年前の『ダ・ヴィンチ』の記事を読み返したのですが、『暗黒館』を書いて解き放たれた綾辻先生の呪縛というのは…『霧越邸殺人事件』を超える作品を書きたかったという事と、中井英夫先生(虚無への供物)から言われた「世界の悪意の全てを一身に引き受けたような探偵小説を書くんだよ」という言葉だそうです。『暗黒館』で達成できたかはわからないけど、少しは自由になれたと思う…と書かれていました。
深い!
でもこの館シリーズ…中村青司の呪縛から解き放たれるラストって、一体どうなるのか。。。どきどき。。。
わたしも読み返そうかなぁ
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宿命 (viviandpiano)
2006-12-11 00:12:03
自分の傑作を超える傑作をつくる・・・ものをつくる人の宿命ですよね。
「世界の悪意を一身に引き受けたような」小説ですか・・・。

それが完璧な悪意なら、ただの殺戮になると思うんですけど、
悪意を持たざるを得ない人間の悲哀が探偵小説に影のロマンを与えるのかも。
推理小説は知的好奇心を満たすとともに、
自分の心の闇の部分を見詰めることができるもの。
負の感情から目をそむけて生きていくことは、
本当は危険なことだと思うのですよ、私。
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………吃驚 (hiro)
2006-12-12 01:49:03
な、………なるほど。

一読、思わず絶句してしまいました。

十角館の青司の動機がそんな視点から解釈可能だったとは。
そして闇黒館がそれ以降の(作品発表時系列で言えばそれ以前の)館を全て包みこんでしまう……。

うーん、なんだかほんとに同じモノを読んでいるのかどうか不安になるぐらいの洞察です。素直にすごい。


蛇足ですが、「人間が書けていない」という批判はどちらかと言えばエラリィ達の行動(孤島で連続殺人が起こっているのに探偵『ごっこ』をしている)事などを言っているのでは、と自分は理解しています。
しかしまあ綾辻以降にどっぷりつかっている世代にはわかりにくいですよね。
「人間が書けていない」というのは、ある種「最近の若い者は」に似ていて、当人達には知覚し難いことかも知れません。

と言うか綾辻氏本人も、ミステリ文壇からの「人間が書けていない」という評価は甘んじて受けるつもりだったのでしょう。
『だから、一時期日本でもてはやされた“社会派”的リアリズム云々は、もうまっぴらなわけさ』/十角館の殺人
ということです。

あと二作は館を書くと言っておられたので、今から楽しみです。「このミス」の「隠し球コーナー」には載ってなかったので、また大分先のことになりそうですが、気長に待ちましょう。
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hiroさんへ (viviandpiano)
2006-12-12 23:44:33
コメントありがとうございました。

私はいつも深読みをしてしまう人間なので、
ちょっとおおげさに考えてしまうんです(^^;
でも、そうやって色々考えることで、
何度も作品を楽しめるのがいいかな、と。

「人間が書けていない」という批評の真相、
教えていただいてありがとうございます♪
なんせ今年になって綾辻作品を読み始めたので、
当時の様子とか全く分からないのですよ。
謎が解けて良かったです(^^)

あと2作は館シリーズがあると考えるのは、
とても嬉しいですね。
たとえ待たされたとしても、
美味しいものは、お腹がすくとさらに美味しいですし。

hiroさん、またご意見や情報をよろしくお願いします♪
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