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ビバさんのさんぽ道

みやこの建物、お庭、お花、あれもこれも見てみたいと欲張りビバさんがでかけます

庭園都市・松代

2006-07-18 00:44:23 | 遠出(国内)
松代は、1622(元和8)年真田信之が上田から松代藩10万石の領主として移封されてきてから、10代250年間北信濃の文化の先進地として続いてきた城下町です。
真田信之は真田十勇士で有名な真田信繁(幸村)の兄で、関が原の戦いでは父昌幸と弟信繁が豊臣方についたのに対して、徳川方について徳川の時代に生き残りました。

真田家から松代町に寄贈された大名家の伝承宝物を収蔵している真田宝物館を見た後、町を散策しました。
松代の町のあちこちに武家屋敷やそれらしい門構えの家が残っています。

文武学校。松代藩は文武を奨励し、佐久間象山等の意見を入れて蘭学・西洋砲術も教えました。
1853(嘉永6)年建物が完成、1855(安政2)年に開校し、文学所、御役所、教室2棟、剣術所、柔術所、弓術所、槍術所、番所等たくさんの棟が並んでいます。

真田氏の紋所、六文銭。「ろくもんせん」ではなく、「むつもんせん」と読むのだと初めて知りました。



真田邸は9代藩主幸教が母お貞の方のために建てた御殿で、建物改修中のため、お庭だけしか見ることができませんでした。ハンゲショウの葉が白く変わっていてきれいでした。



山寺常山邸。佐久間象山、鎌原桐山と共に松代の三山と言われた一人で、寺社奉行や郡奉行を務め、晩年は長野で塾を開き、門人の教育に努めた人です。
江戸時代末期に建てられた表門と大正末から昭和初期に建てられたと推定される書院が残っています。
広い池のある庭園と門の前の水路にも鯉が泳いでいました。



旧横田家住宅。150石の中級武家の住宅の特徴をよく表していて、重要文化財になっています。


ここのお庭にもハンゲショウがたくさん生えていました。
松代は泉水網が発達していて、庭に池を持つことが格のある武家のステータスだったそうです。

表門、主屋、隠居屋、土蔵が二つと庭園があるのに続いて、広い菜園があって、自給自足していたのでしょう。

まだアジサイがきれいに咲いていました。

松代にはこの他に、佐久間象山の象山記念館、象山神社、松代城跡、池田満寿夫美術館、松井須磨子生家等があって、ゆっくり廻ってみたい城下町です。

難点は、「エコール・ド・まつしろ」「遊学城下町」などと言って宣伝しているというのに、長野電鉄松代駅にコインロッカーがなかったことです。重い旅行かばんを提げて観てまわらねばならないのかと、目の前真っ暗になりましたが、真田宝物館に入ったら、コインロッカーに預けて他の所も廻れることがわかりほっとしました。

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