自宅マンションが古くなり、バリアフリー的要素も含めて、水まわりのリニューアルを行いました。
同じやるのならと、ちょっと頑張ってタイルを使ってみようと、太田さん&酒井さんの設計事務所にお願いして、お手伝いして戴きました。お二人には感謝しています。そして工務店さんにも、いろいろと無理を聞いてもらい、ありがたかったです。
まあるさんからのリクエストに寄り、洗面所とトイレの画像をアップします。10ミリのモザイクタイルを貼ってみました。タイル職人さんも、こういう仕事が減っているようで、やってみたいという希望者がいたようです。

この前、横須賀の「亀の湯」で見た鯉の滝登りの図。
どこかで見た覚えがあるなと思ったら、多治見笠原の「タイル資料館」で見たものでした。
構図は逆使いですが。
説明文には佐藤化粧煉瓦工場(岐阜市豊岡町)と書かれてました。
深川市の音江町にあるのは旧鷲田農場事務所。
さすがに北海道。農場事務所が市指定文化財
として残っています。
屋根の上を見ると、ローソクみたいに見えるも
のが。なんじゃいこれは。
明治45年頃の建築

ニッタクスの工場。遠巻きに見ていると気にな
る建物がたくさんあったけど、工場敷地内な
ので、これしか寄れなかった。
これは大正2年築の旧事務所。
高い塀に囲まれている「新田の森」には、
新田家の住居もあったという。
「新田の森」は一般放されています。
(北海道中川郡幕別町)
久しぶりに小樽へ行ってみると、まるで鉄道フ
ァンの絵柄になってしまいましたが、建物好き
と大いにかぶるのであります。
小樽交通記念館は「北海道鉄道記念館」を
前身として1996年にオープンしました。
幌内炭田(三笠市)の石炭を積み出す鉄道
でした。この鉄道により、小樽港から本州に
運ばれていたそうです。

扇形機関庫
「しずか号」は室蘭の日本製鋼所で使われていた米国蒸気機関車
これは油庫ってやつですよね。
現存する国内最古の機関庫
明治18年建築
またまた、床の話題です。
同じく、熊本の日奈久温泉を探索していたら、
金波楼という老舗の旅館の前を通りました。
ふと、玄関先を覗くと、そこにはきれいな本業タイルが・・・
床にはめ込まれていました。
何度も行ったり来たりして、中を覗いてみました。
こんなところにタイルが隠れています。
気がついてよかった。
古い駅舎を見に来て、あまり情報もなかったの
すが、他にも良い温泉宿や共同温泉がありました。
一度、宿泊してみたいもんです。
今年の夏に、やっちろ駅(八代駅)で下車して、
町を探索しました。
以前に駆け足で巡った時の、心残りがあった
から。
本町という名の中心部あたりの商店街に、
タイルの床だけが残っていて、わくわくし
ました。
一体何の建物跡なんでしょうか。銭湯が頭に
浮かびますが、お隣が実は銭湯でしたので、
そうではないでしょう。それではもしかして、
銭湯のお隣はお決まりの散髪屋でしょうか。
それにしても、見事に残っています。

このタイルですが、藤沢市善行にあるレーモン
ドのグリーンハウスの床タイルを思い出しました。
似てると思いませんか?
東京都中央区の日本橋交差点の
「COREDO日本橋」の正面は、八重洲・京橋・
日本橋エリア再開発プロジェクトに寄って、
一部を除いて現在は広大な更地になっていま
す。
その更地と高島屋の間にあ小さな建物そして
路地は、この再開発のために、無くなってしま
うでしょう。
路地という路地が無くなってしまったら、この
町はどんな町になってしまうでしょうか。
こちらは昭和20年築という「酪農学園大学旧精
農寮」。
不思議な形の建物で、当初はわら葺きであった
と言います。
ままおさんからの情報では、耐震性に問題が
あるとのことです。夢のある建物ですので、
活用できるといいなぁと思いますが。
見る方向によって、表情の違う建物です。
「道南・道央の建築探訪」(北海道新聞社)を
開いて確認すると、同じアングルの写真を選ん
でました。
北海道江別市へ行ってきました。
「大麻駅」で下車して酪農学園大学の旧精農寮を
見に行って、こんな煉瓦の建物に出会いました。
一体なんの建物なのか。どきどき。
うっそうとした茂みの中にありました。

入口の両側に「ねじねじの煉瓦の柱」がすばらしい。
それから2階の「窓枠」もおしゃれだぁ。
お鼻もあるし、笑ったかわいい顔に見える。
横から見た感じはこんな風。
敷地の入り口には煉瓦の門柱があり、何か公(おおやけ)建物なの
ような雰囲気。
東京メトロの日本橋駅をあがったところにあるビル
のガラスブロックが美しい。
多分、八重洲・京橋・日本橋エリアの再開発プロジェクト
のひとつとして、このビルの開発も時間の問題だろう。

建築のお知らせに書かれていた内容を、ご紹介しておきます。(一部)
「江戸橋倉庫ビル」は関東大震災(大正12(1923)年)により
飛び火で焼け落ちた煉瓦倉庫の跡地に建設しました。
時代の強い要請に応える耐震耐火に優れた鉄筋コンクリート
造の日本を代表とする近代的都市倉庫です。
昭和5(1930)年の建設以来、80有余年が経過、環境も変化
したため建替えることとしました。
なお、現在の「江戸橋倉庫ビル」は、東京都により都市の
歴史的景観保存の建物に選定されておりますので、外壁や
塔屋の大部分を利用することとします。
下は三菱倉庫ビルの昨日の姿。
外観とのお別れはまだできます。
動員を必要としています。
11月9日午後2時に福島市の旧ノートルダム修道院(福島市花園町桜の聖母
学院)の正面前に集合してください。
保存への要望を修道院長にお伝えする手はずです。
皆様応援、よろしくお願いします。
チェコ系建築家ヤン・ヨセフ・スワガーの設計で、昭和10年に建てられました。
第二次世界大戦中には外国人民間人の抑留所となり、戦後は戦災孤児の養育を
はじめ、それが「桜の聖母学院」の母体になる。
日本建築学会では、震災後の雨漏りによる傷みこそ認められるものの、総じて
損傷はわずかであるとしています。震災を乗り越えた被災遺産として、
復興のシンボルとして残したいと、保存を訴えています。
写真は東日本大震災後の旧ノートルダム修道院。
松本の写真展のときに、信濃大町を探訪しました。
事前リサーチによると、あんまりなさそう雰囲気だったのに、こんなこんな「末廣軒」と
いう建物に出会ってしまいました。
これ、多分、床屋さんでしょ。でしょ。
入り口の飾りがいい感じでしょ。
予想通り、近所には銭湯もありました。
こういう出会いは、るんるんるん。











