まちかど逍遥

私ぷにょがまちなかで遭遇したモノや考えたコトなどを綴ります。

2016.08.27~28 モザミューと大垣の建築めぐり もくじ

2016-09-27 23:24:12 | Weblog
7年前に見に行った笠原の「モザイク浪漫館」に仮置きされていたモザイクタイルたちがついに日の目を見る!!
6月にオープンしたモザイクタイルミュージアムにmayumamaさんと一緒に行ってきた。
18きっぷで多治見まで往復するついでに岐阜で1泊して周辺の建築も見に行くことに。

モザイクタイルミュージアム
スワンタイルカフェ
瑞浪の中島醸造
純喫茶 甍(いらか)
大垣のまちを再び歩く
大垣の郊外をめぐる
大垣の郊外をめぐる その2

タイルに始まりタイルに終わった、旅だった!
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大垣の郊外をめぐる その2

2016-09-26 23:12:48 | 建物・まちなみ
大垣の続き。

墨俣からずーっとまっすぐ西へ走って養老鉄道の西大垣駅へ向かう。そのほんの直前、、、
あっ、あれは何だ??ストーップ!


うわぁ、この弾丸を束ねたような、アスパラガスのような形の親柱は・・・斬新だなぁ!
橋のたもとには黒い板壁の蔵がありなかなかいい感じ。この親柱の外側にもう一組の普通っぽい親柱がある。


「大垣市景観遺産」に登録されているらしくプレートがついていた。親柱の通常橋名が書かれている箇所は
欠き取ったようになっていて読めないが、プレートには「本町橋」とある。
大垣市のサイトによるとこの川は牛屋川と言い、本町橋は1935(昭和10)年頃に架けられたとか。

この親柱は本当に砲弾を組み合わせた形をデザインしたものという。いかにも戦前戦中のデザイン。。。

さてこちら、西大垣駅舎は、以前と変わらず木造のしっとり落ち着いた佇まいを見せていた。
あぁよかった。木製ラッチも健在である。


この古き良き日本の木造駅舎が、大垣駅のほんの隣にしっかり残っている。うれしいね!


養老鉄道のあずき色の丸っこい車両も変わっていない。ラッピングやら萌えキャラによる集客花盛りだが
世間に媚びない姿勢を貫いてほしいなぁ~


ここからまた北へ。レンガ造のイビデン西大垣変電所が遠巻きに見えてきた。


ぐるっと回り込んだら、おお、こんな近くから見えるのか。1921(大正10)年の建物だが
イビデンのエネルギー関係をコントロールする集中センターとして使われているという。


JR線を越えてさらに北へ。三甲テキスタイルの工場内にある建物二つ。立入には守衛室に声を
かけるよう書いてあるが誰もいない。仕方ないので門の付近からささっと見学。


事務所と見える白い洋館は入口ひさしの持ち送りがゴージャス!曲線的なひさしは唐破風をイメージ!?


こちらは倉庫だな。レンガ造だが、隅の部分の柱は末広がりでいかにもどっしりしている。
事務所も倉庫も1914(大正3)年頃の建物とか。


小腹が空いたのでもう少し北へ走り、「CAFEこやぎのおうち」へ。田んぼの中に唐突に現れた
このカフェは、奈良の布穀薗(ふこくえん)と同じくお屋敷の長屋門を利用してあり、建物は元庄屋だそうだ。


窓辺の席でおしゃれなケーキを。おいしい~~


お庭越しに見えた母屋は布穀薗ほど立派なものではないが、入口の戸はちょっとかわいいデザイン。
お店の方に声をかけたら、その方が今も住まわれているとか。犬がこちらを覗いていた。カワイイ!


さあこれで大垣駅を中心にぐるりと四方をめぐったことになる。
大垣へ戻って車を返し、最後の〆は都湯へ!!お土産を探すというmayumamaさんとしばし別行動。


中は期待通りの空間。木の扉のロッカー、丸い籐かご・・・うれしくなるね!!


戸が開いたら外から丸見えになりそうな、このゆるーい仕切り感。開放的でいいね~(笑)
トイレを借りたら、外だった(2つ上の写真の右端)。う~む、レトロ~


笠原で見てきた玉石タイルも足もとにみっしりと。脱衣所の中に池(?)があるのには驚いた。
浴室の壁には見事なタイルモザイクが。

いや~、この旅の終わりにふさわしいお風呂屋だったな!

終わり。
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大垣の郊外をめぐる

2016-09-19 23:42:41 | 建物・まちなみ
大垣の続き。

お昼を食べてから車を借りてちょっと郊外へ。30分ほど北へ走った黒野ということころに、近代建築が2軒。
こちらが青木医院旧診療所。木造下見板張りの四角い建物。道路側には入口が見当たらないな。。


門の間から覗いてみると庭側に入口があった。むくり屋根の車寄せ風玄関は古めかしくて明治建築かと
思わせるが、1917(大正6)年の築。


すでに診療所としては使われていないようだが、サッシも更新されきれいに保たれているところを見ると
居室として第二の人生を送っているようだ。
来年で100年とは思えない元気な姿で、大事にされているんだなぁ~とほっこり。

そしてこちらは、小森医院旧診療所。青木医院の2年後、1919(大正8)年である。
青木医院が診療所を建てたのに触発されたのだろうか。


爽やかなペパーミントグリーン色に塗られた下見板張りで、こちらは道路に面して入口がある。
立派な門もあるのだが、このデザインが面白いなぁ!ぐるぐる渦巻き。


こちらももうすでに診療所機能は移転してしまったようで、玄関は閉ざされていた。
洋館の裏には大きな和館が続いているのが見える。外からは見えないが、和館との間にアーチ型の
装飾のある小部屋がついているようだ。→こちら


歩いて数分の範囲に洋館の診療所が2つも残っていることから分かるように、この黒野という集落は
結構まとまった規模のまちである。街道筋の宿場町なのか?寺内町なのか?近隣に鉄道の駅もなく
何だか不思議な場所だなぁ、、、と思っていたら、何と、かつて美濃電気軌道北方線と谷汲鉄道が
通っていたということを、帰ってから知った。うわぁ~!しまった!!
 
のちに名鉄揖斐線となった同路線は2005(平成17)年に廃線となってしまったが、
1926(大正15)年開業当時からの黒野駅駅舎は残され、「黒野駅レールパーク」という
まちの観光拠点施設となっているらしい。それは2つの診療所のすぐ近くだったのだ。
駅舎好き、廃線跡好きの私としたことが・・・ショック~(涙)

・・・とにかく次へ向かって走り出したところで、すごくきれいな石垣が。スト~ップ!!
東海地方や富山あたりでよく見かける亀甲石垣だ。美しい~~


長い塀が曲面を描いて続いている。ぐるっとたどって行くと、うぉっ!蔵??
なが~~~~い!


なんだこれは、タダモノではなさそうな雰囲気だが・・・庄屋だろうか?
扉はぴっちりと閉ざされ内部は全くうかがい知れない。む~


さ、そのままずっと南下し、JR線を超えて東へ。ずっと前にも一度行ったことのある、墨俣へ。


ここは昔遊郭のあった街だそうで、前回は雨の中少し歩き回ったのだが、今回はここだけ。さくら湯。
2009年の時点ですでに廃業後しばらく経っているような雰囲気だったが、そのまま全く手を
つけられていないようだ。


この扇模様も色あせることなく残っていた。よかった~~


前回気づいていなかったかもしれないけど、外壁タイルもかなりきれい~
この微妙なニュアンスカラーがいいね!


さて、今度は西に向かって走ろう。


続く。
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大垣のまちを再び歩く

2016-09-14 23:33:04 | 建物・まちなみ
岐阜からの続き。

大垣へやって来てまずはまちなかを歩こう。・・・あっ、その前に水まんじゅうの入ったかき氷を(笑)。
私は何回も来ているので、前回見た建物を案内するが、歩いたことのない道を歩けばやっぱり新しい発見がある。

昭和の公共建築、大垣城ホール。


市役所をぐるっと回って旧大垣城のお堀沿いに歩いていくと、おや、ぷかぷかと浮いているのはタライ舟。
グループツアーのお客を対象にしたイベントのようだ。なんでも、大垣城のお姫様がお城から逃げるときに
タライ舟に乗ったことにちなんだ企画だとか。


船町に目を引く擬洋風の町家が1軒。板でふさがれている部分はショーウィンドーに見えるが、元は
何の建物だったのだろうか。


三角のペディメントの下にはファンライトが。明治建築のようだ。


その近くにあった「はるにれ」という喫茶店がとても素敵!!
元ドレスメーカー学院のデリ店と同じような、裏庭まで土間が通じる構造だ。


歩き始めたところなので休憩には早すぎるな。。。あとで時間が余れば、ということでとりあえず先へ。


路地の奥にチラリと見えた建物が気になって覗き込むと、、、


立派な銅板貼りの唐破風の和館と、グレーのスタッコ壁の洋館が!うわぁ~~


大垣は水のまち。水路の風景も魅力的だ。


橋の欄干のデザインを見ると、こんな細い水路にもかつては細身の平田舟などが入り込んで
食料や商品を運び込んでいたと見える。


かわいい車止め!ほんとの俵が道端においてあるみたい!


スピーカーみたいな建物の柳屋洋服店。


うわっ、ほそっ!!奥行き1間もないなぁ!?


旅館菊水の前を通り、水門川沿いの洋館を見に行くが、見当たらない。・・・あれ、おかしいなぁ。
この辺だったはずだったのに、、、と思ったら、工事中の敷地が。うわ~やられた!

さてそろそろお昼、以前も目をつけていた庶民的な喫茶店、ニュー大橋に入ってみようということで
味噌カツ定食を。。。


照明やカウンターの後ろの棚など、60~70年代風でいい感じ!!


さっきのはるにれに行くという手もあったのだが、船町までだいぶ遠いのでちょっと敬遠してしまった。。


さてこのあとはカーシェアを借りて大垣の郊外の建築を回ろう。


続く。
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純喫茶 甍(いらか)

2016-09-11 21:20:33 | 
岐阜の続き。

岐阜で泊まった宿は1人1900円という激安!カプセルでもドミトリーでもなくツインルーム
なのだから驚く。

但し朝食はついていないので喫茶店でモーニングを食べようと探していたが、目をつけていた
「甍」は定休日。


しかし前を通ってみるとシャッターが開いていて、mayumamaさんが声をかけてみると、
本当は定休日だけどアイスコーヒーとトーストならできるとのことで、入れていただけた。
えっ!?すごい!!いつもながらmayumamaさんの攻めの姿勢には恐れ入る(笑)。


恐縮しながら入ると、うわぁ・・・素敵。金箔貼り風の正面の壁に「甍」の文字がインパクト大!
貸切状態だ。ママさんはどうぞどうぞと快くトーストとゆで卵のモーニングを準備して下さった。


このお店の生い立ちなどいろいろとお話を聞く。店名の「甍」は屋根瓦を意味するが、由来は
本業が瓦屋さんをやっていることからだそうで、お父様が名づけられたとか。なるほど!!


達筆な文字は焼き物かと思ったのだが鋳物だそうで、なべやという岐阜の有名な鋳造屋さんで
作ってもらったのだとか。ちなみに、おもての壁には「いらか」とひらがなバージョンもあったが、
「甍(いらか)」という文字を「夢(ゆめ)」と読んでしまう人がいるのでやむなく作ったのだとか。


こちらの壁紙は名物裂風。店内にはアイアンのスクリーン、味わいのあるタイル、石材、木材、、、等
多様な材質が使われている。お父様は和風なイメージを取り入れたかったのだそうだ。
建築関係のつてをめいっぱい使って思い描いたお店を作られたのだろうな。


ママさんに岐阜の繊維業が盛んだった頃のお話もいろいろ聞いた。
職住一体でやっている小さな店が最盛期には3千軒ほどもあり、どこでも数人の従業員を雇っていたとか。
集団就職でやってきた若者たちが住み込みで昼は働き夜は学校に行って、わずかな自由時間を
喫茶店で過ごしていたという話。


甍でも当時は4名ほどの人を雇いフロアも拡張して、朝から晩まで大忙しだったとか。
買い付けのお客を迎える店舗からひっきりなしにコーヒーの出前注文が入り、商品や人でごった返した
迷路のような道を走り回ったそうだ。
お話を聞いているとその時代の光景が鮮やかに見えてくるようでとても楽しい。


開業当時に名入りで大量に作っておいたというカップやお皿。


今日は休日でお客は私たちだけ。静かでのんびり。常連でもなく旅先の一見の私たちに
特別営業していただいた上にいろいろと親しくお話をして頂いて、おみやげまでもらって
おかげさまで楽しい岐阜の思い出ができた。


ほんとにありがとうございました!!




甍のはす向かいのここも喫茶店だが今日はお休み。カフェテリア雲雀という名前からして
レトロな感じで、こちらも入ってみたかった。


水玉のようなまりものような、さいころの目のような模様のタイルがかわいいね!!


緑色のにじみ具合が素敵だなぁ~。他で見たことがないのでオリジナルなのだろうか??


腹ごしらえも完了したので大垣へ移動しよう。

続く。





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