まちかど逍遥

私ぷにょがまちなかで遭遇したモノや考えたコトなどを綴ります。

南九州△ 飫肥をダッシュでうろつく

2017-02-18 22:23:23 | 建物・まちなみ
飫肥の続き。

ようやく飫肥の城下町に戻り、日が暮れかけのまちをダッシュでうろつく。
蛇行した酒谷川によって区切られたΩ形の土地に、格子状の町割が整えられた城下町は、800m四方
くらいの大きさ。江戸時代初期の絵図と全く変わらない町割が残っているという。
おっ、これは素敵な建物だな!医院建築かな?


「財団法人 服部植物研究所」と書かれた表札が下がっている。サイトを見ると、世界で唯一のコケ専門研究所とあり
去年で創立70周年だとか。おもしろそうだなぁ~


武家屋敷らしい古い住宅も建ち並ぶ。




こちらの住宅も洋館だな。だいぶ色あせてるがピンクと白の下見板貼りがかわいい。


立派な石垣と門の住宅。これは飫肥石と呼ばれる石らしい。


切石の乱積みはインパクトがあるな!整っているようでバラバラ。


基本切石なのだが、成層積みから急に乱れたり水平の布積みかと思いきやいきなり斜めになったり、、、
まるで石垣が地殻変動を起こしたようだ(笑)


城下町の背後には飫肥城があった。自然の丘陵地の地形を生かして作られた平山城。


前栽の木が育ちすぎてこんなことに・・・


水路にはニシキゴイが泳ぎ、石垣がめぐらされた美しい飫肥のまち。


小村記念館。早い時間なら入れたのかも。。。


飫肥城の門のところまで行ってみたが、もう日も暮れてきて入ってみる時間なし(汗)


飫肥城の堀には水はなかったが、当時から手つかずと思わせるこの自然な趣き。いいなぁ~

まだ通っていない道がいっぱいある。駆け足で歩いただけなのでじっくり見れていないし、
以前友達がLINEで送って来ていた洋館も見つけられなかった。時間が遅かったので一般公開している
ところもすでに閉まっていたり。もう少し早く来てゆっくり見るべきだったなぁ~

車を返して駅まで送ってもらったときにはもう真っ暗。
1日で坂元の棚田油津、日南駅まで欲張ったせいで飫肥に心残りを作ってしまった。。。


続く。
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紫のタイル

2017-02-15 23:26:56 | ディテール
紫色のタイルって見たことある?私はあんまり覚えがないなぁ。

見本帳みたいにいろんな柄のタイルを貼った壁はちょくちょく見かけるが、茶色や褐色、グリーン系など
渋めのナチュラルカラーのバリエーションであることが多い。
そこに明るい紫色のタイルが混じるだけでこんなに華やかになるとは!


二丁掛けよりも細いボーダータイルで、上品な織物みたいな風合い。さすが京都!


実はこれを見つけたのは去年の春。今もまだあるかなぁ。
写真を撮ろうと思ったらスマホの空き容量がなくて(涙)会社の携帯で撮ったので画質が悪い・・・
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南九州△ 油津の建築めぐり

2017-02-14 23:28:10 | 建物・まちなみ
油津の続き。

駅付近は昭和の香りの残る商店街。古い町並みは海ぎわの方にあるようだ。
油津は中世から明や琉球との貿易で栄えた港町で、明治後期からは飫肥杉の積出港としても発展、
昭和初期には東洋一のマグロの水揚量を誇った、宮崎県随一の港町だ。


港の駐車場に車を停めて歩こう。
こちらは満尾書店。2階部分をモルタル塗りにしてパラペット風に立ち上げた看板建築だが、
垂直ラインを強調したモダニズム版だな。説明板によると、1929(昭和4)年頃の築とのこと。
時代の流れに乗ってるね!


こちらの木造三階建ての商店建築は杉村本店。明治25年創業の老舗の金物屋だ。
漁具や船具などを扱って港の発展とともに商売繁盛したようだ。


とても間口が広く立派な店だ。2階・3階の壁はすべて銅板で覆われ、縦長の上げ下げ窓がずらりと並ぶ。
角部分は銅板で石積み風の意匠が表現され、明治時代のレンガ造の洋館を思わせる。


但しこちらも1932(昭和7)年築と、比較的時代は浅い。
外壁の銅板は戦時中に供出したが戦後復旧したのだとか。あっぱれ!


裏にはレンガの蔵もついている。こちらは1920(大正9)年と、店よりも古い。
3階の一部に石材を使っているのが面白い。


その向かいにはこれまたレンガの蔵が。こちらは改修済みで「油津赤レンガ館」となっている。
あまり時間がないので散策を優先。。。




おや、これも古そうだな。1929(昭和4)年に建てられた、外山医院。
外壁がトタンで覆われてはいるが、擬洋風や看板建築でなく本格的な洋館のつくりだ。トタンを剥がしたら
どんな感じだろうか。。。


路地を入って行くと石積みの塀や蔵や町家が並んでいる。
軒裏を塗り込めた造りは、やはり火事対策だろう。思えば古い建物も昭和初期の築が多いのは
その頃大火があって復興したからだろうか。




「河宗」の屋号で知られた山海産物商人の河野家。これはその分家の建物、旧河野宗泰家。



他にも豪商「京屋」の渡邊家住宅もある。

江戸時代に開削された堀川運河は港町としての発展と共にあったが、昭和50年代に埋め立てが
いったん決定したという。しかし保存運動によって、歴史的な意義や魅力を再認識され、今では
赤レンガ館とともに油津の街づくりの核になっている。


熊手を扉の格子として再利用した例。面白いな!


油津からの帰り道、まさかの渋滞。。。ヤバいなぁ。飫肥を見る時間がなくなってしまうよ~
飫肥からは17:54発の列車に絶対に乗らないといけない。
信号の度に引っかかりなかなか進まない車の列にちょっと焦りながら、飫肥での滞在時間を計算していたら、、、

あっ、帰りに見ようと思っていた日南駅だ。ん~~、こんなところまで来て素通りするのもまた悔いが残る。
ちょっとだけ見て行くか。。。
木造駅舎ではないけど有人駅としての業務スペースがとられた「ちゃんとした」駅舎。


モルタル研ぎ出しの改札ラッチが昭和。この雰囲気好きだなぁ~。やっぱり、昭和の人間(笑)


今は向かい側のホームは使われていないようだ。レールも剥がされている。


土の中へともぐりこんだ石積みのホーム。かつてはこの先に構内踏切があったのだな。


続く
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南九州△ 坂元の棚田を見に行く

2017-02-13 23:51:59 | 風景
宮崎の続き。

飫肥でニコニコレンタカーを借りて山の方へ向かう。九州遺産の本に載っていた坂元の棚田を
見に行くのだ。日本の棚田百選に選ばれているだけあってちゃんと案内も出ていて迷わずに到着。
棚田の一番下にちゃんと駐車場も整備されている。


アスファルトの道を上って行くと右手に石垣で組まれた棚田が広がっている。下の方、端の方は割と
荒れた感じだが、中央部に近づくと見事に手入れされた美しい棚田の風景が現れた!


一段が高い!自然石を乱積みした棚田は一段が2m以上ありそうだ。


山間の扇形の土地に整然と並んだ長方形の棚田は、茅場と呼ばれるなだらかな斜面だったところを、
昭和初期に耕地整理して作られたもの。灌漑水路もあわせて整備され、作業を効率化するため1枚の
水田の大きさも統一されるなど、近代化の思想が取り入れられている。


石積みには現地の石が使われ、最初こそ専門の職人を雇って工事を行ったが、徐々に技術を身につけた
地元の人たちが中心になって行ったという。


坂元の棚田では牛馬による耕作を前提としており、全ての田へアクセスできる幅の広いあぜ道が作られている。
現在はそのあぜ道が観光客の散策路を兼ねているのでとても歩きやすい。






ほんとに美しいなぁ~。こんなあぜ道をのんびり歩いているととても穏やかな気分になれるし、
みごとな石積みを左右に見ながら歩くのはワクワクするね!




展望台があるというので車で行ってみると、向かいの山の中腹から坂元の棚田が一望できた。
うぉ~~っ!きれい~~!


青い水田の季節にも見てみたいなぁ~




さて再び山を降りて、飫肥のまちを散策・・・の前に、せっかく車なので油津まで足を伸ばしてみよう。
油津は風情ある港町のまちなみがあるらしい。
列車だと飫肥から10分ほどなのだが、本数が少なく動きが極端に縛られてしまうのだ。。。

まずは油津駅。南国らしい雰囲気の真っ白なコンクリート駅舎、素敵だね!

駅前のメイン通りからまっすぐ見通すと駅舎は少し斜めを向いている。

ちょっと偵察。。。駅構内は割と広いな。
窓口には人がいて対応されていた。業務委託された人だろうが、やはり駅に人がいるのはほっとするなぁ。


ちょうど構内踏切の警報機が鳴り出し、飫肥からの列車がやって来た。国鉄顔の気動車が並ぶ。


あぁ、古き良きコンクリート駅舎よ、永遠に。。。


続く。
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南九州△ 宮崎神宮旧徴古館

2017-02-12 23:34:02 | 建物・まちなみ
宮崎の続き。

バスで宮崎神宮にやって来た。神社の本殿に一応お参りしてから・・・ここにも1軒見たい建築があるのだ。


それはこちら、静かな森の木漏れ日の中に佇む宮崎神宮旧徴古館。


そのフォルムや縦長窓と入口ドアのひさしなどから洋風のイメージが感じられるが、近づいてみると
おおっ~!正面も、側面も、裏面も、すべてなまこ壁!土蔵造の擬洋風建築なのだ。
1907(明治40)年築。


すごいインパクト!


しかも、彫が深い。壁に張った平瓦の目地に漆喰をかまぼこ状に盛り上げたのが「なまこ」だが、
この盛り方を見て!盛りすぎじゃないの!?まるでワッフル(笑)。


瓦の面積よりも目地の面積の方が大きい。こうなるともはや、貼り瓦の部分に意味があるのかどうか!?
全身漆喰で塗り固めてしまった方が施工も早いし、防火防水面でも強いんじゃないの!?と思って
しまうのは無粋(笑)。


見よ、このクールな美しさ・・・・

すっかり豊かな気分になって宮崎神宮をあとにし、宮崎神宮駅まで歩く。

古い駅舎を見てからひと駅電車に乗ろうと思ったのだが、行ってみると駅舎が全く見当たらないじゃないの!?
スマホで検索してみると、もうとっくの昔に解体されたようだ。ガックリ。。。
駐輪場の横に建っている赤い鳥居が、駅舎の代わりのオブジェということらしい。


そのうえ、電車が来ないと思ったら時間帯を調べ間違えていたらしく・・・(涙)。ここから宮崎駅まで
ひと駅なのに日豊本線がめちゃくちゃ本数が少ないのである。急遽バスで宮崎駅まで移動。焦ったぁ~


宮崎駅から志布志行きの快速に乗って1時間あまり、「九州の小京都」飫肥(おび)へ向かおう。




飫肥では江戸時代初期の地割りをそのまま残した武家屋敷のまちなみが伝建地区になっている。しかし城下町は
川の向こう側にあり、駅前は結構寂しい。。。

ここではニコニコレンタカーを予約してあって、連絡したら駅まで迎えに来てくれた。アットホームな
雰囲気で、道を聞いたらガイドブックを持って行っていいですよと貸してくれた。うゎ~助かる!

続く
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