ビバさんのさんぽ道

みやこの建物、お庭、お花、あれもこれも見てみたいと欲張りビバさんがでかけます

鞍馬湯

2019-12-01 21:19:12 | お風呂屋さん巡り

鴨川を超えて西へ、鞍馬口通りにある鞍馬湯に行きました。鞍馬口通りにあるけれど、「鞍馬湯」です。
小さ目のジェット風呂二つとサウナ・水風呂があります。


京都市北区鞍馬口通寺町西入新御霊口町285-21
15:00~1:00
定休日:水曜日
(ただし、掲載データは変更される可能性があります)

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2019年青春18冬の旅(1)西脇市

2019-11-29 02:27:00 | 遠出(国内)
2019年1月7日、青春18切符で兵庫県西脇市へ行ってきました。

9時30分京都駅発の新快速で尼崎10時5分着、10時28分尼崎発の丹波路快速で篠山口11時28分着、11時31分篠山口発福知山線で11時47分谷川駅に着きました。


谷川駅は福知山線から加古川線への乗り換え駅です。




12時10分谷川駅を出て、加古川線に進みました。



次の駅、「久下村(くげむら)」あたりに、車窓に大きな恐竜の姿が見えました。2006年にこの辺りの篠山川河床から恐竜の化石がたくさん出土し、「丹波竜」と呼ばれたのです。正式名は「タンバティタニス・アミキティアエ」。



ほんくろだ駅、黒田庄駅を通過。この辺りが黒田官兵衛のゆかりの土地らしい。
その次に日本へそ公園駅というのもありました。日本標準時の東経135度と北緯35度が交差する地点で、日本列島の中心「日本のへそ」に位置する地に公園が作られているのです。




日本へそ公園駅の前にある「岡之山美術館」は、駅に停車する列車風の建物で、現代美術の企画展示を開催しており、設計は建築家・磯崎新です。




日本のへその田園地帯が続きます。



12時38分に西脇市駅に到着しました。



ようこそ「へそのまち」へ、「日本のへそ」西脇市、と書かれています。



西脇市駅前の通り。市の中心部は少し離れているようで、この辺りは鄙びた感じのたたずまいです。
西脇市は木綿の播州織、旧来住家住宅(きゅうきしけじゅうたく)等の見所があるのですが、(そして、西脇工業高校でも有名)時間がないので、西脇大橋近くのお店でラーメンを食べてから駅に戻り、帰途につきました。

13時45分西脇市発、14時31分加古川着、15時7分加古川発の新快速で京都に帰ってきました。

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白花大文字草が咲きました

2019-10-31 17:12:03 | その他の植物

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米原の町散策と青岸寺の苔庭

2019-10-29 02:00:58 | お庭
10月27日、SL北びわこ号を見に行ったついでに、米原の町をちょっとだけ散策しました。


舞鶴駅は交通の要衝のわりには小ぶりです。



駅前に「舞鶴湊」の碑と、江戸時代に琵琶湖を航行した船の模型が置かれていました。伊井家が彦根藩主となってから、それまで寒村だった米原に湊を置き、琵琶湖と陸路との通行の便を図ったので、米原は急速に栄えていったそうです。



駅前の大きな通りから一筋奥に昔の街道らしい町並みが続いています。






米原の町のマンホール。



前にも訪れたことのある青岸寺に行こうとして坂を登って行くと、前にあった木造の懐かしい姿の小学校が消えていて、今は保育園になっていました。


素敵な建物だったのに、老朽化で壊されてしまったのでしょうか。ショック!です。



青岸寺の玄関前に広がるイワヒバ、この日は葉が緑にあふれていました。



庭園の苔は青々として、窪地になっているところには苔の上に水が溜まって池になっていました。水が溜まるのは梅雨時だと聞いていたのですが、最近雨の日が多く、池になっているのだそうです。2・3日晴れの日が続くと、池の水はなくなって、苔だけの池になるのだそうです。



池の水には絶えず小さな水紋が沸き上がっています。裏山からしみ出した水が池を満たし、庭の外に流れ出ていくのです。



ツワブキがきれいに咲いていました。



お寺では現在カフェを営業していて、庭園前の座敷や廊下でお茶をいただくことができるようになっていたので、お抹茶をいただきました。静かなお庭を眺めながらお茶をいただく至福の時間でした。

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SL北びわこ号を見に行く

2019-10-29 01:06:27 | 近江の国
10月27日、長浜駅と米原駅にSL北びわこ号を見に行きました。

SL北びわこ号は特定の時期だけ臨時列車として米原駅から木ノ本駅の間を走っています。この秋の走行は10月13日20日27日・11月3日10日、それぞれ一日に一回のみです。
しかし、その指定席切符はネット販売も予約販売もなく、1ケ月前に駅の緑の窓口に買いに行かねば手に入らないことになっています。一度買いに行ったのですが、あっという間に売り切れになっていました。それで、乗車することはすっかり諦め、せめて走っているのを見に行くことにしたのです。

北びわこ号が米原駅を発車するのが、10時9分、長浜駅に着くのが10時12分頃なので、その前に長浜駅に着く普通列車で京都から向かいました。米原駅を通り過ぎる時に駅の手前で煙を吐いて待機している蒸気機関車を見つけました。

長浜駅のホームでしばらく待っていると、約1分遅れでやってきました、SL北びわこ号!!










蒸気の煙と轟音、長い汽笛も鳴らしてくれて、迫力満点でした。



長浜駅で3分程停車していたので、ゆっくり見ることができました。
駅のホームにも、途中の沿道にもカメラを構えたファンが大勢待ち構えていました。


汽車が通り過ぎてから、木ノ本駅から折り返して来るのを見るために、長浜駅から米原駅に電車に乗って帰ってきました。


米原駅で待つ間に駅弁を買って食べました。
SL運転記念の「伊吹釜めし」です。



松茸、鶏肉、栗などが入った炊き込みご飯でした。




ご飯を食べた後、待ちきれなくて米原の町散策に出かけたので、SLがどのようにして米原駅に帰ってきたのか見ることができませんでした。しかし、1時間程のちに米原駅から京都に向かって帰る電車の窓から、SLが別の気動車に繋がれて、米原駅のはずれに停まっているのを見ました。まだ蒸気の煙をはいて、静かにクールダウンしているようでした。

SL自体に乗ることはできませんでしたが、走っているのや、停まっているところをいっぱい見ることができて、大満足でした。



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笠置寺の磨崖仏

2019-10-16 01:27:00 | ぶらり都めぐり
2019年10月15日、京都府立京都学・歴彩館で映画「笠置ロック」を見ました。
京都府笠置町の魅力を掘り下げる企画の一環で、映画と講演が行われました。
笠置町一帯は巨岩がごろごろ転がっていて、岩に登るボルダリングが盛んで、映画もボルダリングがテーマになっているものでした。



館内に「笠置寺磨崖線刻菩薩像」の拓本が展示されていました。
この磨崖仏は笠置寺の花崗岩の絶壁に彫られた高さ12mの虚空蔵菩薩と言われ、制作年代は定かではなく、奈良時代末期、平安時代、13世紀などの諸説があります。1934年頃に拓本が採られたと伝えられています。(694X455cm)

寺には更に大きな高さ15mの弥勒磨崖仏もあり、本尊とされています。

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瑞雲庵でモザイク展を観る

2019-10-12 02:13:04 | ぶらり都めぐり
2019年9月1日から10月31日まで京都北山通り一帯で開かれている「北山モザイク」展、その中の一つ、「京都モザイク展 ひびく」が上賀茂南大路町にある「瑞雲庵」で10月1日から15日まで開催されています。11時~17時(最終日は15時まで)無料。


上賀茂菖蒲園町で市バスを降りて少し北に歩くと、
大きな農家が並ぶ風情のある上賀茂の通りが続いています。



その中に大きなお屋敷があり、そこが「瑞雲庵」です。


玄関前にモザイクの犬「まる」がいました。

「瑞雲庵」は、築 100年になる元両替商の邸宅だった立派なお家で、財団法人が家屋と庭園をきれいに修復して、芸術の創造支援、展示などを行っているところです。
その室内や庭園、蔵の中に国内外の作家30人のモザイク作品が置かれています。
モザイクとは大理石やガラス、タイルなどを並べて描く装飾美術です。



茶室の床の間にもモザイクが飾られています。



二階の吹き抜け板の間にモザイクが。



庭園の中にもモザイク作品がおかれています。







作品の一つ。



桜の花びらは石のかけら。




蔵の入口の上には漆喰の鏝絵が。






そして、蔵の中には、最近壊された京都商工会議所の床から一つずつ剥がして取り出された大理石の十二支モザイクが展示されていました。
これは矢橋六郎が作ったもので、商工会議所から取り出された後、府立陶板名画の庭で展示され、その後ここに来ているものです。
京都商工会議所にあった頃の様子はこちら。この独特の作品が壊されずにかろうじて残されたことは本当によかったです。
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石弥勒がお引越し

2019-10-03 01:34:41 | 松ヶ崎村風土記
松ヶ崎北山通りの民家の庭先にあった石弥勒(2004年)。 平安時代、延暦寺の末寺の一つ歓喜寺の頃に作られたという古い石仏です。

最近気づいてみると、いつのまにか松ヶ崎大国天の本堂の前にお引越ししていました。






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松ヶ崎村の彼岸花

2019-10-03 01:04:45 | 松ヶ崎村風土記
松ヶ崎の水路脇に咲く彼岸花、10月2日にはもう終わりかけていました。









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旧湯本家住宅(京の夏の旅2019)

2019-09-23 23:05:44 | 建物(京大以外の京都府の)
もう一つの「京の夏の旅」、「旧湯本家住宅」も訪ねました。
京都市上京区相国寺門前町にある明治時代に建てられた住居です。

今出川通りの京都御苑今出川御門、同志社前バス亭辺りから北に上がると、右側にヴォーリス設計の同志社大学アーモスト寮があります。



道の突き当りには臨済宗大本山相国寺の総門があります。
門の手前を右に曲がったところに旧湯本家住宅があります。



家の中は撮影不可だったので、外観だけのアップです。

歴史家、湯本文彦(1843~1921年)が60才の時に終の住み家として1903(明治36)年に建てた家です。湯本文彦は鳥取県出身ですが、第3代京都府知事の北垣国道に見出され、京都府に勤務しました。平安京の位置を考察したり、「平安通志」を編纂、大極殿碑など多くの碑を建立、平安神宮建立の根拠となる朝堂院平面図を作成しました。
家は約80坪の木造平屋造り、市の「京都を彩る建物や庭園」に認定されています。茶室「玄古庵」は大徳寺塔頭真珠庵の庭玉軒を模したと言われる二畳代目のこじんまりとしたもの。その隣には「墨囚窟」と名付けた四畳半の書斎があり、その床柱は浄瑠璃寺の古材といわれる大きな丸柱が使われています。自ら作った茶碗や使用した書道用具などが展示されていました。

公開は9月30日まで。料金600円です。



帰り道に今出川通りを東に行くと、同志社女子高校・中学校がありました。
この建物は武田五一さんの設計になります。

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藤野家住宅(京の夏の旅2019)

2019-09-17 23:04:12 | 建物(京大以外の京都府の)
京都市と市観光協会が毎年夏に行っている「京の夏の旅」で今年、文化財特別公開されている「藤野家住宅」を見学に行きました。

京都市中京区高倉通り竹屋町上ルにある数寄屋風町家で、1926(大正15)年に白生地問屋の番頭さんが施主、大工は三上吉兵衛が造りました。



御所南の閑静な住宅街にある住居として造られた町家で、敷地の周りが高い塀で囲まれた「大塀造(だいべいづくり)」です。大塀と主屋、蔵が国の登録文化財に指定されています。蔵は昭和13年の造です。
間口は7.8m、奥行は32mです。


門を入ると、露地に敷石が敷かれ、途中と奥の二箇所の右側に玄関が二つ、突き当りに勝手口があります。



手前の玄関は4.5畳の茶室への入口になっています。
玄関がいきなり茶室になっておもてなしの間になっているのです。
茶室の部分は平屋の造りになっています。



茶室と大塀の間が露地庭になっていて、こちらからお茶室に入ることもできます。



二つ目の玄関から入ったところ、茶室と座敷の間に坪庭があります。




坪庭。



二間続きの座敷。



主座敷の床の間。この右側に仏間があり、その前襖は右に引くと、隣の部屋との間の柱を通過するようになっています。襖の地獄組の桟、兎の模様の唐紙等の凝った意匠もありました。




座敷の奥にある主庭と蔵。大きなつくばいが掘り下げられてあり、坪庭と同じく棕櫚竹が風にそよいでいます。



二階の座敷。

富岡鉄斎等の絵も飾られ、茶の湯や謡をたしなんだ趣味人の数寄屋風町家、今もきれいに住み続けられています。

9月30日までの公開。見学料大人600円です。
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祇園祭2019 後祭巡行

2019-07-25 02:38:19 | ぶらり都めぐり
2019年7月24日(水)祇園祭の後祭巡行を見に行きました。
今年はいつもの年程暑くなかったので、久しぶりにテレビ鑑賞でなく、現地に行ってみようかという気分になり、四条烏丸の交差点角の日陰側に立って見物しました。



後祭の一番最初を進むのは籤取らずで橋弁慶山と決まっています。



  
二番目も籤取らずの北観音山。



    
鯉山。


八幡山の写真は撮れず。

  

黒主山。



南観音山。



役行者山。



浄妙山。



鈴鹿山。



休み山の鷹山は、宝物を入れた唐櫃とお囃子の列だけが巡行していました。



最後を進むのは大船鉾。



新町通り四条の角で大船鉾が辻回しをするのを見ました。



南に向かって舳先を向け、



新町通りを下がって町内に帰って行きました。



新町通りを上がって行くと、南観音山は早くも解体される際中でした。
鉾に降り立った悪霊を残さないために、町内に帰ったらすぐに鉾は解体されるのが習わしです。

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祇園祭2019後祭 宵々山

2019-07-23 01:46:49 | ぶらり都めぐり
2019年の祇園祭、今年は梅雨の明けるのが遅くて、雨の日がいつまでも続き、気温の上昇が去年ほどではありませんでした。
後祭の巡行は7月24日。その宵々山の22日に山鉾町を散策しました。途中激しい夕立がありましたが、しばらくすると小降りになりました。

北観音山。



蛸薬師通り烏丸西入るの橋弁慶山。
会所の一階には五条の橋の舞台が飾られ、二階では牛若丸と弁慶の人形の前で五条の橋の場面が太棹と浄瑠璃節で演じられていました。



鯉山の会所では、左甚五郎作の鯉と、1600年頃ブリュッセルで製作されたタペストリー(重要文化財)の復元されたものが飾られていました。



新町通りの吉田邸。



通りに面した座敷にそれぞれの家に伝わる屏風やお宝が飾られている「屏風祭」を見てまわりました。










新町通り六角の旧川崎家住宅(詩織庵)はすでに売却されて、閉ざされたままでした。解体されてどこかに移築されるという話もありますが、何とかここに残してほしいものです。



三条通り室町西入るの鷹山は宝永の大火、天明の大火に会い、1826(文政9)年の大雨で被災してから休み山となっています。禁門の変で山自体が焼失しましたが、焼け残った鷹遣い、犬遣い、樽負いの三体のご神体が会所に飾られています。



鷹山の巡行を2022年に復興することを目指して、ちまきを売る子供たちも声を張り上げていました。



犬のおみくじを買ったら、「小吉」でした。
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香港・マカオへの旅 目次

2019-06-19 00:36:20 | 遠出(海外)
2019年6月に初めて香港・マカオに行ってきました。2泊3日で香港とマカオの観光地のほんのさわり部分を駆け足で見てまわった旅でした。

交通・宿泊・食事スケジュールがすべてセットされたツアーだったので、決められたコースを言われるままに行動した旅でしたが、香港とマカオ別々のガイドさんが、それぞれの地域の歴史・経済・暮らしぶりなどについて詳しく話してくれて、香港・マカオそれぞれの一端を知ることができました。

香港では、狭い土地に大勢の人々がひしめいて暮らしている、一握りの超富裕層だけが一戸建ての豪邸に住んでいて、ほとんどの人が高層マンションを手に入れるにも働きづめである、年金制度がないので老後の蓄えも自分で稼ぎ、親の面倒は子供がみることが当たり前になっている、親は子供の教育に力をいれ、学校の数も多い、夏でも必ず熱いお茶を飲んで、身体の毒気を抜く等など・・・。

マカオでは、最も収入がいいのは、公務員、次がホテルの従業員、次がカジノの従業員、それというのも、カジノの収入によって潤っているので、これらの人々の収入がよくなり、その他の住民も税金を取られることがなく、分け前が分配されている、インドや東南アジアから出稼ぎにきている人も多い等など、いい話は聞けましたが、カジノ依存症がどれくらい害を及ぼしているか等の話は聞くことができませんでした。














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香港・マカオへの旅(13)香港空港より帰国

2019-06-19 00:35:27 | 遠出(海外)
香港空港に着き出国手続きをした後、12時から自由に過ごすことになったので、空港内で昼食をとったり、お土産を買って時間をつぶしました。


食事をしながら、次々と飛行機が飛び立っていくのを眺めていました。
雨の多い季節なのに、3日間の旅行中一度も雨に会うことがなく幸運でしたが、この時になって雨が降り始めました。



帰りのキャセイパシフィック機。香港時間16時35分に発ち、途中時差のため1時間時計を進め、日本時間で21時25分に関西空港に帰りつきました。(実質4時間の飛行)

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