ビバさんのさんぽ道

みやこの建物、お庭、お花、あれもこれも見てみたいと欲張りビバさんがでかけます

「ひょうげた器」展

2012-09-25 19:15:21 | ぶらり都めぐり
西陣を散歩したついでに、京都市考古資料館で12月2日(日)まで開催されている「ひょうげた器」展を見て来ました。








三条せともの屋町から出土した陶器類で、出土した辺りの様子はこんなん。
展示品の撮影もOKなので。



すごくたくさんの出土品です。











織部焼の緑のひょうげた形が好きです。




西陣街歩き

2012-09-24 22:36:09 | ぶらり都めぐり
古武邸でのお話と食事の後、午後には古武さんに案内していただいて、近所の西陣界隈を巡りました。


古武さんのお宅を出ると、辺りには情緒あふれる町家がたくさん残っています。



五辻通りを少し東に行ったところ、堀川通りから少し西に入ったところにある山名宗全邸宅跡の碑。ここは山名町という町名です。
応仁文明の乱(1467~1477)で西の陣の総大将、山名宗全の屋敷があったので、ここから西陣という地名がつきました。



少し西に戻って一筋あがった通りは紋屋町。
応仁の乱の後、織物職人達が住み着いて絹織物の生産に従事、西陣織が広く発展しました。



西陣織の中心を担った大きな構えの町家が残っています。



その向かいには三上家の長屋が。
ここも昔は織物職人の住込み長屋でしたが、今は若い職人さんや蜂蜜屋さんが間借りして営業しています。









智恵光院通りを超えて西に、雨宝院(西陣聖天)を過ぎて一筋西の通りは石畳が敷かれ、風情あふれる街並みに整備されています。




その通りにある近代建築の目医者さんは今でも現役で診察されています。


この他にも、近くに能楽の観世家があった西陣中央小学校、本隆寺の中の墓地、近くに金売り吉次の家があり、源義経が奥州に旅立つ時にお参りしたという首途(かどで)八幡宮、千両ケ辻の水野克比古さんの写真館、聚楽第北ノ丸北堀跡の段差、葵の上と六条御息所が賀茂祭で車争いをしたという一条大宮の辻と見てまわって、実に詳しくこの辺りの歴史にまつわるお話を聞かせていただきました。
歩いた時間、3時間でした。


西陣の町家・古武邸

2012-09-23 23:28:38 | 建物(京大以外の京都府の)
こちらは「京の夏の旅」公開ではありませんが、この秋に拝見させていただいた町家です。


「西陣の町家・古武(ふるたけ)邸」



大宮通り今出川から一筋上がったところ、大宮通りに面して建っています。


門から玄関までの石畳が何とも趣深くて。



こちらはミセの間への玄関です。



くぐり戸を入った奥の玄関から上がらせてもらいました。



玄関には垂涎の赤穂緞通が敷かれていました!



最初に通していただいたお座敷から見た中庭の眺め。
白砂と緑の苔が水に濡れてしっとり、燈籠にはロウソクの火も灯されています。
こんなお庭が欲しいーっですw。






中庭の奥に建て増しされた3間続きのお座敷。
いろいろな講演や催しに使われています。一番奥の部屋は板敷きなので、舞台にもなります。

この日はこちらで古武さんに西陣の歴史や町家についてお話をしていただきました。



お座敷の鳳凰の欄間。






二階のお座敷には四君子の欄間が。



この時はまだ9月で夏のしつらえでした。



お話の後、仕出しでお食事もいただきました。


主宰者の古武さんは京都の町から町家が無くなっていくのを何とかしなくてはと、壊されてマンションになりそうだったこの家を買い取られて、現況のままに活用し、様々な文化的催し会場として提供されています。
その志に脱帽っです。



百万遍のレブン書房が閉店

2012-09-16 22:13:00 | ぶらり都めぐり
最近初めて知ったのですが、京都左京区百万遍交差点西北角にある「レブン書房」が閉店してしまいました。
なんと、今年7月初めからもう閉店していたのでした。



9月14日建物の中は1階から3階まですでに何もなく、1階の中には解体作業をしているらしいトラックが止まっていたのです。


40年以上前からここにはレブン書房がありました。
いつまでも頑張ってるなあと思っていたのですが、ついに閉店とは、残念です。

閉店になってから、表のシャッターに「やめないで!」という落書きがあったり、惜別の言葉が書かれたメモ紙が貼られていたそうです。


この後、ここにはどんなお店が出されるのでしょうか。