高橋源一郎をして「ところが、中には本当のことを言ってしまうやつがいる。書くことがないとか、文学は本当のことを言っていないとか。しかし、そう正直に書いてしまうことが重要なのではなく、彼らが世界そのものをそういう正直な目で見ていることが大切だと思うんです。つまり、彼らが書くものの中に、そういう世界の構造そのものが見えてきてしまう。彼らは本質的ことしか見えない、だから話が飛ぶんですね。」「文学というものが、自己破産することなしに、原理的な「自由」を実現することができるとしたら、ああいうものになるのかもしれないという気がします」(*1)といわしめた、中原昌也が、またぞろなんか面白い憤怒をやらかしてくれないかなあと期待しつつ、『子猫が読む乱暴者日記』を読み、『あらゆる場所に花束が…』や「新潮」連載時の「点滅……」(*2)などを再読したりしてみた。
で、『子猫が読む乱暴者日記』の「闘う意志なし、しかし、殺したい」なんてのを、これ再読する意味あるんかなあ、と思いつつ、なかば義務的に3度ばかり読んでみると、なんというか、3回とも面白かったことに気づく。人間だから、解釈しようといった気分になるのは避けられず、たとえば、ふふん、これは全編『集団幻覚ガス』のせいだなんて、短絡的な謎解きになびいてしまいそうになるが、絶対にそんなことなく、中原は書いた先から『集団幻覚ガス』のことなんて忘れているんだろう。「お、『集団幻覚ガス!?』いけるねえ」と、「この『集団幻覚ガス』は、もはや単なる『幻覚ガス』とは違います」って書いてみたはいいが、きっと、すぐに『集団幻覚ガス』のことをくわしく書くのが面倒くさくなって、それでも、まあ1枚か2枚はがんばってみたものの力尽きた感じで、その後は、でたらめに場と主体を転換させていく。そこでは『ダ・ヴィンチ・コード』以上のアポリアが展開されているわけだが、もし「わたし小説というものを初めて読むのです」という人が、この文字の羅列に触れた場合、それはそれで、納得しそうな気もする。言葉にならないものを、印刷物として定着させようとしんどいことをしてみるのが小説なのか、と。
さて、忘れていた(というか書くのが面倒になった)『集団幻覚ガス』だが、じつはそれは中原が『集団幻覚ガス』になってしまったからだ、という考え方はどうだろう。つまり、この物語の神の目は『集団幻覚ガス』ということだ。もちろん、そんな主体は前代未聞だし、コンパスや三角定規に考えさせ、行動させるといったようなことは1回だけで勘弁願いたいわけだが、それでも「おれはガスだよ」「ガスが見てるよ、へへ。」という立場で読んでみると、かなりの場面で納得いくところがある。結末の「無意味な争いも、憎しみで精力を消耗するのもバカバカしい。もともと人間はそんなことに参加しなくとも、常に身体も心にもある種の痛みを感じている。苦痛を乗り越えて、新しい意識を作り出せ」といった口上も、なんか『集団幻覚ガス』に言われると説得力ある、わけないか。やっぱり、解釈なんてやめろバカってことだな。それを「小説」に言われるといちおう異議を申し立ててみたくなるけれど「詩」に言われると、グウの音もでない。
こういったものが「世界の構造」「原理的な自由」かと問われれば、そうであるような気もするが、盲目的に「まさにそのとおり」と断定するには、まだ考えが足りない。そんなこともあって、またぞろ薄いのにCDなんかついていて、文庫版の『子猫が読む乱暴者日記』のように、小説的なあとがきがいたって充実している『KKKベストセラー』の本文を読んでみたいのだが(*3)、5月はなにを狂ったのかやる気たっぷりの筑摩の猛攻(*4)のおかげで財布に札がなくなったため買えないでいる。CDいらんから、1000円割ってくれ。
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(*1)「文藝」2006年夏号、柴田元幸の高橋源一郎インタビュー「小説より面白いものは、この世に存在しない」。
(*2)『名もなき孤児たちの墓』所収。
(*3)あとがきだけ読んでみた。これに端を発した憤怒の手記。楽しい。いちど島雅彦課長と阿部主任と中原社員がそろって立ち飲み屋にいるところとかみたいもんだ。
(*4)言うまでもなく、ちくま新書、ちくま文庫、ちくま学芸文庫の5月新刊の浪費促進戦略のこと。(●:買った本 ○:きっといつか買う本)
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●『「分かりやすさ」の罠 ―アイロニカルな批評宣言』(仲正昌樹)
●『生と権力の哲学』(檜垣立哉)
○『高校生のための古文キーワード100』(鈴木日出男)
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○『増補 現代思想のキイ・ワード』(今村仁司)
○『流浪 金子光晴エッセイ・コレクション』
●『戦闘美少女の精神分析』(斎藤 環)
○『世界がわかる宗教社会学入門』(橋爪大三郎)
○『S&Gグレイテスト・ヒッツ+1』(橋本治)
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○『自己・あいだ・時間 ―現象学的精神病理学』(木村 敏)
●『フーコー・コレクション 1 狂気・理性』
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で、『子猫が読む乱暴者日記』の「闘う意志なし、しかし、殺したい」なんてのを、これ再読する意味あるんかなあ、と思いつつ、なかば義務的に3度ばかり読んでみると、なんというか、3回とも面白かったことに気づく。人間だから、解釈しようといった気分になるのは避けられず、たとえば、ふふん、これは全編『集団幻覚ガス』のせいだなんて、短絡的な謎解きになびいてしまいそうになるが、絶対にそんなことなく、中原は書いた先から『集団幻覚ガス』のことなんて忘れているんだろう。「お、『集団幻覚ガス!?』いけるねえ」と、「この『集団幻覚ガス』は、もはや単なる『幻覚ガス』とは違います」って書いてみたはいいが、きっと、すぐに『集団幻覚ガス』のことをくわしく書くのが面倒くさくなって、それでも、まあ1枚か2枚はがんばってみたものの力尽きた感じで、その後は、でたらめに場と主体を転換させていく。そこでは『ダ・ヴィンチ・コード』以上のアポリアが展開されているわけだが、もし「わたし小説というものを初めて読むのです」という人が、この文字の羅列に触れた場合、それはそれで、納得しそうな気もする。言葉にならないものを、印刷物として定着させようとしんどいことをしてみるのが小説なのか、と。
さて、忘れていた(というか書くのが面倒になった)『集団幻覚ガス』だが、じつはそれは中原が『集団幻覚ガス』になってしまったからだ、という考え方はどうだろう。つまり、この物語の神の目は『集団幻覚ガス』ということだ。もちろん、そんな主体は前代未聞だし、コンパスや三角定規に考えさせ、行動させるといったようなことは1回だけで勘弁願いたいわけだが、それでも「おれはガスだよ」「ガスが見てるよ、へへ。」という立場で読んでみると、かなりの場面で納得いくところがある。結末の「無意味な争いも、憎しみで精力を消耗するのもバカバカしい。もともと人間はそんなことに参加しなくとも、常に身体も心にもある種の痛みを感じている。苦痛を乗り越えて、新しい意識を作り出せ」といった口上も、なんか『集団幻覚ガス』に言われると説得力ある、わけないか。やっぱり、解釈なんてやめろバカってことだな。それを「小説」に言われるといちおう異議を申し立ててみたくなるけれど「詩」に言われると、グウの音もでない。
こういったものが「世界の構造」「原理的な自由」かと問われれば、そうであるような気もするが、盲目的に「まさにそのとおり」と断定するには、まだ考えが足りない。そんなこともあって、またぞろ薄いのにCDなんかついていて、文庫版の『子猫が読む乱暴者日記』のように、小説的なあとがきがいたって充実している『KKKベストセラー』の本文を読んでみたいのだが(*3)、5月はなにを狂ったのかやる気たっぷりの筑摩の猛攻(*4)のおかげで財布に札がなくなったため買えないでいる。CDいらんから、1000円割ってくれ。
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(*1)「文藝」2006年夏号、柴田元幸の高橋源一郎インタビュー「小説より面白いものは、この世に存在しない」。
(*2)『名もなき孤児たちの墓』所収。
(*3)あとがきだけ読んでみた。これに端を発した憤怒の手記。楽しい。いちど島雅彦課長と阿部主任と中原社員がそろって立ち飲み屋にいるところとかみたいもんだ。
(*4)言うまでもなく、ちくま新書、ちくま文庫、ちくま学芸文庫の5月新刊の浪費促進戦略のこと。(●:買った本 ○:きっといつか買う本)
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●『「分かりやすさ」の罠 ―アイロニカルな批評宣言』(仲正昌樹)
●『生と権力の哲学』(檜垣立哉)
○『高校生のための古文キーワード100』(鈴木日出男)
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○『増補 現代思想のキイ・ワード』(今村仁司)
○『流浪 金子光晴エッセイ・コレクション』
●『戦闘美少女の精神分析』(斎藤 環)
○『世界がわかる宗教社会学入門』(橋爪大三郎)
○『S&Gグレイテスト・ヒッツ+1』(橋本治)
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○『自己・あいだ・時間 ―現象学的精神病理学』(木村 敏)
●『フーコー・コレクション 1 狂気・理性』
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