夢発電所

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童話/春夫の秘密

2009-06-07 15:53:17 | 創作(etude)
 春夫君はこの春小学校一年生で、村の小学校に通っています。
 春夫君のお父さんとお母さんは学校の先生で、転勤があって町の学校に勤めています。春夫君のお兄さんは小学校5年生で、妹はまだ3歳です。二人の兄妹は町の学校や保育園に通うために、お父さんお母さんと町の教員住宅に住んでいます。春夫君だけはおじいちゃんとおばあちゃんのそばで暮らすことになっていました。でも春夫君はちっとも寂しくありませんでした。それは春夫君がおじいちゃんが寝物語に毎晩聞かせてくれる昔語りが楽しみだったこともあります。そして何よりも遊び場にしている山と離れたくなかったからですし、勉強があまり好きではなかったこともあります。おじいちゃんもおばあちゃんも春夫君のことをとても可愛がってくれましたし、勉強しろなどということもありませんでした。学校から帰ると畑にいるおじいちゃんやおばあちゃんのところへ寄って、少しだけお手伝いをしたり焼き芋などを食べさせてもらうことを楽しみにしていました。
 春夫君はおじいちゃんのお手伝いとしてよく杉林に枯れて落ちている杉の枝ひろいをしました。杉の葉は薪に火をつけるときに、とてもよく燃えるのです。
 春夫君のお家には囲炉裏があって、焼き物や鍋の煮炊きをしていました。そしてご飯は台所にかまどがあって、おばあさんが朝早く起きだしてつば釜で炊くのでした。春夫君はこのつば釜で炊くとできるおこげがたまらなく大好きで、電気釜しかない町の住宅に住みたくない理由でもありました。
 ある日の夜のことです。春夫君はおじいさんとお風呂に一緒に入った後で、またお布団のなかで昔話をせがみました。
 「むかあし、あったそうだ。あるところに、貝守山という狐の村があったそうだ。」
 「ふうん、いまもあるんだろうか?」「ああ、きっとあるじゃろう」「その貝守山の狐の村には、ごんという狐がおってな。この若い狐は隣村のツネという若い娘を好いておったそうじゃ。」「しかしこの村同士がとても昔から仲が悪くて、道でお互いに出会っても絶対に口をきいてはいかんというおきてがあったんじゃと。」「おきてってなんなの?」「そうじゃなあ。きまりということだな。」「じゃあふたりは仲良くなっても、会ったりおはなしなんかできないじゃない?」「うん、だからふたりはみんなに隠れて会っておったんだそうじゃ」「そうしてそれがついに村中のうわさになって知られてしまったんじゃと」「ふうん、きっときつくしかられたんだろうねえ」「ああ、そのとおり。ごん狐は村から追放されて二度と戻ってはこれなくなったんじゃ。」「ふうん。ツネさんは悲しんだろうねえ。」「ああ、ツネさんはその日からほかの狐と結婚をさせられることになってな、結局あまりにも悲しんで、食欲もなくなってついに1ヶ月で死んでしまったんじゃと。」そのことを風のうわさで知ったごんも、ツネの後を追って舌を噛み切って死んでしまったんじゃと」「ふうん。かわいそうだねえ」「それから貝守山の杉林の中には、ごんとツネの火の玉が夜な夜な会いに来てな、毎晩赤い火の玉がふたあついつまでもゆれて見えるんじゃと。」「両方の村の狐たちはそれから後悔して、ずっと二人の狐を慰めるために、夜中にちょうちんに灯りをつけて両方の村同士で結婚する行列をするようになったんじゃと。」「ふうんじゃあ結婚式は夜でないと見られないんだねえ」「ああ、春夫だけではなく、大人でも見たものは二度と家に帰れなくなってしまうということじゃ」「どうして?」「おじいちゃんが小さい頃、同じ村の作蔵がその結婚式を見に行って、帰ってこなかったこともあってな、村人総出で探したんじゃがついに見つからずじまいじゃった」「へえ、こわいんだねえ」「ああ、だから夜決して火の玉が見えても近づいてはならんぞ。」お爺さんはそういうと、グーグーいびきをかいて寝てしまいました。春夫はその夜おかしな夢を見てしまいました。狐の嫁入りを夢のなかで見たのです。あのいつも出かけるきつね沢の杉林に杉の葉を集めにでかけて、そのまま疲れて杉林の中で眠り込んでしまいました。そしてとっぷりと夜がふけた頃に目がさめたのです。春夫はしまったと思いましたが、もう後の祭りです。なんと杉林の向こうから一列のちょうちん行列がこちらを向いてやってくるではありませんか。春夫はあわてて大きな杉の木に隠れて、静かに見守っていました。50匹あまりのきつねたちがみなそれぞれの結婚衣装を着て、しずしずと歩きながら歌をこだまのように歌います。「ごんとツネよ。よく聞いてくれろ。サンコとでんぱち祝言の晩だ。今夜こそ参る。見守ってくれろ。おめえさまもござれ。おめえさまもついてござれ。ちそうをいたす。」そういって進んでいくのだった。行列の中央には白塗りの花嫁がきれいなおべべを着て歩いていた。そしてその後には両家の親族たち、そして最後のほうには嫁入り道具を担ぐ人たちが続いた。
 しばらくすると行列がぴたりと足を止めた。春夫の心臓がドキッと音を立てた。「見つかったんだろうか・・・」心の中でそう思って目をつぶった。するとそのとき。「ようござった。ようござった。迎えに参った。花嫁様を。ごんとツネも参れ、ゴンとツネもござれ。ちそうをいたす。」そういう歌が反対側から聞こえた。春夫が目をこわごわ開くと、林の反対側にもちょうちん行列が居並び、壮大な明かりが林のなかを包んだ。こうして両家の人々がまた行列を一つにして去っていったのだ。そのとき春夫が踏んだ枝がおれる音がピシリと林の中にひびいた。行列がそのときにぴたっと止まって、みんながその方向を見たのだ。春夫はついに怖くなって、反対側の林に向かって走り出した。追っ手の狐たちが「にんげんだあ」と叫んで追いかけてくる声を春夫は背中に聞いた。心臓が破裂しそうになったが、足もちぎれんばかりに走って走って走り続けた。こうして杉林を抜けたところの峠の斜面で足を滑らせて、沢を転げ落ちていった。春夫は頭を両手で包みながら転がり落ちて気を失っていた。すると「春夫、起きろ!春夫」身体を揺らす声はおじいさんだった。「おじいちゃん」そう云っておじいちゃんにしがみついた。「どうしたんじゃ。悪い夢でも見たんか?ずいぶんうなされておったぞ」「なあんだ夢だったんか・・・。きつねに追いかけられる夢を見たんだ。ああこわかった。」「おじいがきつねの嫁入りの話をしたから、ゆめをみたんだろうな。おおよしよし・・・。」おじいさんは春夫の頭の寝汗をタオルで拭いて背中もさすってくれた。春夫はそのきつねの嫁入りの話については、ついにおじいさんには話せなかった。あまりにもこわくて、またきつねに追いかけられるような気がしたからだった。こうして春夫の夜が明けたのだった。あの杉林にはもう行く気にはなれなかった。春夫の心の中で、杉の枝集めにはもういけないと、ふっと思っていたのだった。
おしまい

 

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