夢発電所

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モンゴルのこと

2011-07-11 05:32:57 | 私と福祉とであいの旅
 モンゴルといえば
ユーラシア大陸の内陸部にあり、南側を中国、北側をロシアに囲まれた内陸国。高原の大草原とゴビ砂漠の国として知られる。かつてはチンギスハーンの下、史上世界最大の国家を形成した。交通網は空路と鉄道。鉄道は南の中国と北のロシアをつなぐ。航空路は都市とウランバートルを結ぶが、鋪装された滑走路がない空港もある。道路は未発達で、幹線といっても草原や砂漠の轍。四駆を利用しなければ、陸路の走行は難しい。大草原を騎馬で行き交うのが伝統的遊牧民の交通で、地方ではこうした交通手段に頼らざるを得ないところもある。

国名 モンゴル

正式国名 モンゴル国 Mongolia

国旗 赤は繁栄を表す火を、青は平和と永遠を表す青空を意味する。左側の黄色い模様はソヨンボと呼ばれ国家を象徴し、上から炎、太陽、月、上下の逆三角形が槍、長方形が正直さを表す。その間に繁栄と警戒を示す魚、左右は城塞である。

国歌 モンゴル国歌

面積 約156万4100km2(日本の約4倍) 

人口 約273万5800人(2009年)

首都 ウランバートル Ulaanbaatar

元首 ツァヒア・エルベグドルジ大統領(2011年1月現在)

政体 大統領制、議会制民主主義(一院、複数政党制)

民族構成 ハルハ族(約75%)、カザフ族、ブリヤート族などモンゴル系少数民族

宗教 チベット仏教が浸透している。バヤンウルギーなど西部のカザフ系住民はイスラム教信者。シャーマニズムを信仰する人も多い。

祝日・祭日 公的に祝われる祝祭日は、モンゴル暦で祝われるツァガーン・サル(旧正月)を除き、すべて新暦で祝う。

12月31日~1月1日 新年
2月3日~5日(2011年の場合)※ツァガーン・サル(旧正月)
3月8日 女性の日
6月1日 子供と母の日
7月11日 革命記念日
7月11~13日 ナーダム(ナショナルデイ)
11月26日 独立記念日
12月12日 憲法記念日

※モンゴル暦に基づき毎年日付が変わる。
※ツァガーン・サル(旧正月)の日付は中国などの旧正月とは異なり、モンゴル暦に基づいて毎年チベット仏教の高僧が決定するため、2012年以降の日付は未

 こうして見ればモンゴルのことは何にも知らないんだなと思いました。知っていたことは、首都が「ウランバートル」有名な人はチンギス・ハーン(ジンギスカン)、朝青龍、旭鷲山、白鵬くらい。遊牧民族の使う「ゲル」という簡易式のテント、開高健がモンゴルで2メートルのイトウ釣りをした時のことを、テレビで何度か見たこと。

 島野さんの活動は、首都ウランバートルでダウン症児教育をすること。モンゴルの教員の給料は3,4万円だとか・・・。校長が教員の給料を決める。朝青龍はモンゴルでは資産家で、いずれ遠くない日に大統領になるらしい。彼は日本にもホテルを幾つか持っているなんて知らなかったなあ。それに治安がかなり悪いらしい。一人での夜間外出はとっても危険だとか。スリ、置き引き、日本人だとわかると特に狙われやすい。ハンドバックなんかもビニール製だと、刃物で切られて中身を抜かれる。特に携帯電話が今モンゴルでは一番国民の欲しい物らしくて、旅行者の持っている携帯電話は支払い不要の携帯(プリペイド)なので、いつでも身近に持っていないと危険。トイレや入浴(シャワー)も、ビニールに入れて肌身離さず注意という。
 養護施設に入っている子供たちが大量に今頃になれば脱走して、ストリートチルドレンになっている。土管での生活をしている大人もいる。モンゴルじゃ野菜が怖くて食べられないらしい。野菜を始め食料は、ほとんどが中国製のようで、農薬に何を使っているのかわからないのが不安。いつまでも腐らない野菜とか・・・。とにかく肉食。
 冬はマイナス30℃にもなる寒さ。でもホテルは温かい様子。学校だけは真冬でも28℃もあって、子供たちは汗だくとか。一体どうなってんの?この国は・・・。
 彼女のモンゴル人での習慣上のカルチャーショックは、とにかく約束は信用できないってことらしい。ドタキャンは当たり前で、ホテルなんかもそれは日本のようにキャンセル料も心配ないらしい。
 モンゴルは共産主義から今は資本主義に変わってきているが、景気は悪いらしい。270万人の人口に対し、国土は日本の4倍。かつて遊牧民も、今は首都ウランバートルに集まっていて、その数はかなり減っているらしい。
 とにかくモンゴルは生活が日々不安定で、インターネット環境もとっても悪いとのこと。その日の最初に確認することは、まずはPCが使えるかということから・・・。結構途中で切れたり、入らなかったりは当たり前とか。
 そういう危険な思いをしても、もう一度行きたくなるモンゴルってまた不思議。子供たち特にダウン症児はとっても人懐っこく可愛いらしい。必要とされているということがまず、島野さんの心には強い情熱に変わるのだろうと思いました。
 モンゴル語はわからないけれど、通訳さんがいつも付いて支援してくれるので心配はないという。
 あと3ヶ月(9月から11月)自費でのモンゴル行きが終われば、今度は弘前に移住して過ごすという計画のようでした。
 楽しい3時間があっという間に終了し、お二人とお別れしました。バイラルラー(ありがとう)!
 

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