8月6日(月)
弘前市には様々な自然遺産があり、時にそれを「パワースポット」と称して表現することがある。
私が比較的足を運んでいる場所にきょうのテーマ「燈明杉」と「桂清水」がある。
場所は弘前市大字大沢字堂ヶ平で、堂ヶ平毘沙門堂一帯は、縄文土器や土師器片も出土し、古来修験道の館があったといわれている。
この杉は、毘沙門堂の南にあり、根周13.5メートル、幹周6.6メートル、樹高およそ33メートル。
名称の由来は、かつて毎年4回、ほぼ同じ時期に天よりこの杉に燈明がおり、光を放ったからだという。またその燈明の具合により、作物の豊凶や家内の吉凶を占ったとも伝えられる。更に昭和30年代までは好きな人と結婚できるよう祈願する「かんかけ(鍵掛)」の風習もみられた。
夏ともなれば堂ケ平入り口からの林道は、木々が道の中央に向かってせり出してくるので、車では注意して走行して登攀しなければならない。すれ違いも出来ないこの道は、狭い上に夏場は結構桂清水の水をくみに来る人が絶えないからでもある。
乾いたのどを桂の大木の根元からこんこんと湧き出る冷たい水を飲んで潤した後、山の神の表示ある石碑を通って行くと、右手には辨天堂がありやがて道は徐々に急坂を左に曲がって斜面を登らなければならない。
何回か途中で足を止めながらも、ようやく杉の巨木が視界に現れる。
本当になんという自然界の強大な意思表示であろうか、想像を絶するこの杉の古樹は太い幹はもちろんではあるが、自由に伸ばしきった枝々がなにか呪術的な象徴にすら見えてくるから不思議である。
こうした時空を超えた存在を目の前にした時、私たちはその傍らで何ができるのだろう。何を理解するのだろう。瞑目して合掌しながら、声無き声を聞き出そうとする以外に手立てはないのだ。
同行したシャーマン的な人々のみが、その存在の言霊に触れることができるのだろうか。
弘前市には様々な自然遺産があり、時にそれを「パワースポット」と称して表現することがある。
私が比較的足を運んでいる場所にきょうのテーマ「燈明杉」と「桂清水」がある。
場所は弘前市大字大沢字堂ヶ平で、堂ヶ平毘沙門堂一帯は、縄文土器や土師器片も出土し、古来修験道の館があったといわれている。
この杉は、毘沙門堂の南にあり、根周13.5メートル、幹周6.6メートル、樹高およそ33メートル。
名称の由来は、かつて毎年4回、ほぼ同じ時期に天よりこの杉に燈明がおり、光を放ったからだという。またその燈明の具合により、作物の豊凶や家内の吉凶を占ったとも伝えられる。更に昭和30年代までは好きな人と結婚できるよう祈願する「かんかけ(鍵掛)」の風習もみられた。
夏ともなれば堂ケ平入り口からの林道は、木々が道の中央に向かってせり出してくるので、車では注意して走行して登攀しなければならない。すれ違いも出来ないこの道は、狭い上に夏場は結構桂清水の水をくみに来る人が絶えないからでもある。
乾いたのどを桂の大木の根元からこんこんと湧き出る冷たい水を飲んで潤した後、山の神の表示ある石碑を通って行くと、右手には辨天堂がありやがて道は徐々に急坂を左に曲がって斜面を登らなければならない。
何回か途中で足を止めながらも、ようやく杉の巨木が視界に現れる。
本当になんという自然界の強大な意思表示であろうか、想像を絶するこの杉の古樹は太い幹はもちろんではあるが、自由に伸ばしきった枝々がなにか呪術的な象徴にすら見えてくるから不思議である。
こうした時空を超えた存在を目の前にした時、私たちはその傍らで何ができるのだろう。何を理解するのだろう。瞑目して合掌しながら、声無き声を聞き出そうとする以外に手立てはないのだ。
同行したシャーマン的な人々のみが、その存在の言霊に触れることができるのだろうか。
「今日は何の日」で弘前での水害
があったことが放送されてました。
こんなに立派な木があっても吸収
出来ないほどの水害だったのですね。
コンクリートで固めていく方式の川の構造では、流れが早くなるだけと聞いています。