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夢発電所

21世紀の新型燃料では、夢や想像力、開発・企画力、抱腹絶倒力、人間関係力などは新たなエネルギー資源として無尽蔵です。

梵珠山(ぼんじゅさん)登山

2010-10-03 09:43:20 | 趣味(渓流釣り・フォーク)

10月2日(土)
 先週トライしようと計画した梵珠山登山だったが、降雨のために断念した。今回は快晴に近い好天に恵まれて、朝11時から登山を開始した。この山の標高は468mで、行程予測時間は70分である。気温は21℃で、さわやかな空気を吸いながらマンガンの道からの2.4kmの道程の登頂を目指した。
 梵珠山は青森県の「県民の森・梵珠山」となっている。青森市浪岡は浪岡氏による地名であり浪岡大釈迦地区は釈迦が付く大釈迦駅や大釈迦川など飛鳥時代から信仰に関わる名が付けられたとされる。梵珠山の西方10kmには三内丸山遺跡がある(Wikipedia)
 
 マンガンの道という名前は、昔ここからマンガンが運び出されたという。豊かなブナの林を小鳥のさえずりを聞きながら、まだ紅葉には早い登山道を一歩一歩踏み進んだ。
 林道を登りながらその道には明らかに秋を感じさせる山の情報がたくさん並んでいる。沢グルミや栃の実の落下があり、キノコもそこここに生えていた。そしてまだ染まりかけの青葉が一部を赤く染め始めているのはまたなんとも可愛い。
 五合目を過ぎる頃右手の林の空間から、東側方向に青森市内のレインボーブリッジや三角形のアスパム(観光物産館)と陸奥湾がかすみの中で望むことができた。7合目を過ぎると、越口という胸突き八丁を抜けると、急に目の前に広い林間が開ける。「寺屋敷跡」という広場だ。最後の急坂を登りきるとようやく頂上だ。階段付きの展望所があって、家内と二人でそこに上がって記念写真を撮る。あいにく厚い雲で岩木山頂は拝めず、青森市内と陸奥湾方面は霞みながらも眺めることができた。頂上には7体の石仏観音(写真)が小屋に祭られていた。汗を拭きながら山頂の看板を撮影する。約60分での登頂時間である。福祉施設の人たちが30名ほどと、その他の登山客が10人ほどそこに既にいて、結構な賑やかさである。
 私たちは人ごみを避けて、松倉神社方向に足を向けた。野葡萄や山柿の蔓、ナナカマドが赤く実を染め始めていた。この方向の林道はあまり通る人がいないのか、草や笹竹に途中進むのをためらう場所もあった。結局家内が不安感を訴えて、この道の途中から引き返すことになった。
 5合目まで降りると空腹感に襲われ、二人でテーブルとベンチのある休憩所で少し遅めの昼食をとった。
 思えば家内と秋には、こうして山歩きを行うのが常となっている。昨年も世界遺産に指定されている「白神山地」の入り口「津軽峠」を紅葉時期に歩いた。本当は夫婦で1000メートルを越す山に挑戦したいのだが、なかなか家内が自信が出ないらしく実現できずにいる。もう少し回数を踏めばその自信もつくのかとは思うが、下りに入ると膝が痛むと訴えるのが現在の鬼門である
 それでも私の早いペースに合わせての今回の登頂が60分で達成できたのは、なかなかのものかもしれない。最近夫婦で百名山を登頂したという新聞記事を見たが、いずれはぜひそのことも視野に入れて動き出したいと思っている。
 

高橋真梨子コンサート~青森市

2010-09-12 06:50:49 | 趣味(渓流釣り・フォーク)
 9月11日(土)18:00~20:20

 青森市文化会館で6年ぶりという高橋真梨子コンサートを家内と二人で聴きに出かけた。ファンクラブ会員以外は、みな2階席以外に指定されるほどの会場は満員だった。
 高橋真梨子はデビュー38年ということであり、夫のヘンリーはもう66歳だという。ぼくたちも同じだが会場にはほぼ同年代から、その上の年齢の方が多かったように思う。
 6年前に見たときはやはり青森市のこの会場だったが、席は1階であった。しかし今回は席が取れずに、2階の最上部位に近い場所だった。顔は見えないし、声も聞きづらかった。でも生(ライブ)はいいといつも思う。CDなどでは聞かれない会場とのやりとりや、本人の息吹がそこにはあるからだろう。
 冗談ぽくヘンリーさんが「ポップス界の双葉百合子を目指せ」は、思わず笑ってしまった。
 前日の秋田市でのコンサート会場から青森市までの移動は、カモシカという特急3両編成で3時間かかったと聞くと、なんだか意外な感じがした。でも人数を数えたら本人も含めて20人程度だから、むしろその方が経済的なんだろうなと思った。
 「青森はいいところだけどやっぱり遠い」という彼女の発言を聞けば、また青森で聞くのは5,6年後のことだろうか・・・。このことだけがなんだか青森のよさから遠い。

五月初乗り~サイクリングスタート

2010-05-02 08:02:22 | 趣味(渓流釣り・フォーク)
 今朝は5時30分に自宅を出発して約1キロメートル先の茜大橋下の集合場所を目指しました。さすがにこの時間帯はまだ寒くて、サイクリンググローブの夏用をしてきたために指先が冷たくてたまりませんでした。それでも、きょうは風がなくてとても上天気です。早朝ラン参加者は、結局事務局のF さんと私だけでした。初乗りのふたりで時速18キロから20キロペースで弘前城公園外堀一周と、岩木川を渡っての往復20キロ50分を完走しました。岩木山もよく青空に生えて気分も最高でした。
 弘前城公園周辺は早朝6時、市役所前駐車場などお花見の家族連れが長蛇の列でした。そして美しい桜の撮影会も朝の雰囲気かもしれません。岩木山と桜の好アングルの場所を、Fさんに教えてもらって納得しました。外堀に岩木山が逆さ富士で写っています。桜はまだまだ健在で、連休終了後もまだ持ちそうな勢いです。
 やっぱり弘前城公園の桜は最高です!!

晩秋の津軽峠へ

2009-10-19 16:31:05 | 趣味(渓流釣り・フォーク)
 きょうは久しぶりのまったくフリーのお休みで、家内と二人で今年初めての山歩きをした。きのこを探しながら楢林を散策した。少しだけだがきのこを採取したのだが、お目当ての楢の林に生える「ナラノキシメジ」はついに見つけることはできなかった。
 昼食を津軽峠で食べようと、昨年も出かけたマザーツリーと再会するためにドライブした。山々は紅葉もかなり終わりの時期であり、色もくすみ始めていた。
 暗門の滝付近は観光バスなど県外客でいつもごったがえしていて、関西弁や九州弁など耳慣れぬ言葉が往来している。私は人ごみが嫌いなので、トイレを利用してすぐにマザーツリーを目指した。
 マザーツリーの姿を写真に写し、展望所から遠き岩木山や白神山地を眺めた。森林浴という言葉があるがまさに森の中にはマイナスイオンが満ち溢れ、心が何だか軽くなって行くような気分になった。展望所のベンチで家内と昼飯をぱくついていると、秋田タクシーの運転手と言葉を交わした。タクシーの運転手は女性客を乗せて、秋田から青森観光のたびをサポートしているのだという。昨日は八甲田山をドライブし、雨が降って寒かったということだった。今日は幸い腫れていたので何とか汗をかいていたが、少しお日様が隠れると空気は冷んやりして肌寒く感じた。
 津軽ダムが工事しているのを苦々しく見ながら、橋の上から川の中を覗き込むと岩魚の産卵なのか川があちこち波立っていた。
 汗をかいたためか少し体が冷えているのを感じ、そのまま西目屋村の大白温泉で湯船の人となった。さすがに山の中にある温泉で、二つの村落集団が出資しているこの温泉はこぎれいになっていた。湯船の中に足をつけるとうっとうなるような熱さで、体がなじむまでしばらく時間がかかった。サウナ風呂と露天風呂を備えたこの温泉は入湯料が350円で、この地方では当たり前の額である。今日は2時30分ごろ入ったのだが、農繁期で女湯は家内一人らしく壁の反対側から「お父さんこっちは一人だけだけど、そっち何人?」と声をかけてきた。村は岩木山麓の山中で、水田とりんご中心の農業家庭の集落である。一日の疲れを癒してくれる温泉は、宝の湯なのではないだろうか。ぬるりとした泉質は、明礬泉のような赤い色だった。すっかり体も温まって、家路を目指して車を走らせた。
 
 

秋風に乗って~サイクリング

2009-08-18 05:25:27 | 趣味(渓流釣り・フォーク)
 お盆で家内の妹夫婦が土、日と二日間泊まっている。妹夫婦には望んではいたが、子どもはできなかった。できなかったというのは、もうあきらめたのではないだろうか。たまたまのことではあるが、私の大学の2年後輩である。妹は30年生まれだから、55歳である。そんなこともあるのか、私から見れば逆にとてもうらやましい夫婦仲である。第一私には考えられないくらいに、彼はわがままであり、子ども同然の行動をとる。それをまた妹が「あいよあいよ」と受け入れるのである。我々夫婦では考えられないくらいに、甘えた関係が成立している。私は逆に、娘たち二人が重いハンディを持っていることから、家内に負担がかからないようにしてきたし、今もそうして自立した夫を演じている。
 さて、この夫婦が我が家に来るときはお盆とお正月(年越し)である。かつて義父が存命の頃は、本当に地獄であった。というのも、義父も義弟もお酒がめっぽう強くて、とても太刀打ちできず、私なぞいつも具合が悪くなってうんうんうなっているのである。それから15年が経ち、今や私もそこそこには飲めるようにはなったが、それでも適当に付き合わないと、後が大変なのである。そして妹夫婦はたいそうなグルメで、たった二日間でも結構体重増加しそうな勢いである。
 今回も牛肉のうまいのが手に入ったと、持参してきたし、その翌日には家内と妹は上寿司をたくさん買ってきて、夕食に食べた。食いきれないほどの寿司は、お酒のつまみとして夜中も食べた。
 あんまりにも暴飲暴食なので、私だけは毎朝多めの体操と、更に昨日は午後彼らが昼寝しているときにサイクリングに出かけたのである。片道10キロメートルで、白神山地の入り口に着く。日差しも風も、もはや夏のそれとは違って秋である。
 岩木川沿いにはススキの穂が若々しく風になびき、そして紫色に咲くのは葛の花だ。萩の花も咲き始めている。往復20kmを50分間ほどで往復して、そこそこに汗をかいた。間もなく秋のマラソン大会が開催予定で、道路にキロ数表示がされていた。ようやくまた走りやすい季節になった。早起きをして継続したいと爽快感の中で思っている。
 

休日のサイクリング

2009-06-22 05:40:46 | 趣味(渓流釣り・フォーク)
 昨日は久しぶりにお昼近くから晴れ上がって、気温も上昇した。そして暦の上では「夏至」。昨日の青森の日の出は4時5分。日の入りは9時12分だという。昼間が17時間もあったことになる。梅雨明けはいつだろうか。
 愛車のサイクリング用自転車に空気を入れて、久しぶりに午後4時の涼しい風の中銀輪をらせてみた。目的地は西目屋村の道の駅?だ。片道10キロの上りである。本当に久しぶりのサイクリングだ。水田の稲も順調に育っていて、農家では水の管理が忙しそう。岩木川沿いに走るのだが、久しぶりの岩木川河畔はなんだか水の汚れがあるのか水の嫌なにおいがしている。津軽ダムがあるおかげで水の確保や水害の予防ができると言うことだが、このダムができることによって一方でのデメリットも大きい。公共事業が不景気の中で発注が減る中、このダム建設に反対する意見も多い。私も頭の中でダム建設は無駄だと思っている。というのもダムの宿命として泥ダムになれば、ただのため池になるからだし、ダムができることによって自然破壊が進むからだ。現に津軽の奥座敷で世界遺産に指定された白神山地の西目屋村などは、村が二度も水没して村民が新たな生活の場を求めなければならなかったし、美山湖温泉と言う山菜取りや山歩きの人々の憩いの温泉も使えなくなった。
 この時期さくらんぼの収穫期なのだろう、サクランボ農家には休日もないほど忙しそうで赤く色づいた果実を脚立に上って作業している姿が見られた。サクランボの栽培は雨や鳥、虫の害から護るためにネットや屋根をかけるなどの管理が欠かせない。その分出費もかさむのだろうと思う。
 約30分でようやく道の駅に到着。観光客が日曜日の夕方、道の駅で憩う姿が見られた。一息を入れて、また今来た道を引き返す。このとき初めて感じるのは、ペダルの軽さである。緩やかな下り坂に自転車は軽くペダルを踏むだけで、スピードは出る。川が流れるということはそういうことなのだとあらためて思った。道の駅に休んでいた高校生らしきグループが、あっという間に追い抜いて行く。若いってすばらしいなあと思う。往復50分のサイクリングを終え、疲れとは別の満足感に浸った。

サイクリングツーリングに行きたし

2009-05-25 18:37:37 | 趣味(渓流釣り・フォーク)
 9月4日、5日はサイクリング協会の全国大会が、北海道の函館市で開催予定だという。函館は坂の町ではあるが、大沼公園は1週14kmのサイクリングコースがあり、楽しめそうです。
 それとは別に、新潟の母を訪ねる旅の途中の福島県奥会津も魅力的なコースがあるようです。
 会津高原~木賊温泉、~昭和村~西山温泉~柳津~只見(3days240km)
 奥会津の栃尾股温泉は、母が一度胃腸手術をしたときに病気療養に行った温泉です。一度行ってみたいと思っていました。そして会津藩に敗走の旅をして殉死した河井継ノ助のコースでもある。

飲んだくれコンサート「りんごの開花祭りinあうん」

2009-05-05 06:34:38 | 趣味(渓流釣り・フォーク)
 5月3日(日)17:00
 あうんウッドデッキで見る隣のりんご畑の、りんごの蕾が紅く膨らんで一部は開花し始めている。この時期のりんごの花は美しいというよりも、可愛いという表現が似合っているだろう。
 このウッドデッキはあうんの建物の中でも、一番の傑作かもしれない。それは建物を雨に当たらないで外気を感じ、そして歩いて一周できる。東側には水田地帯と遠景は八甲田の白き峰々。北側には梵儒山、西は岩木山、そして南側はりんご畑と大鰐町阿闍羅山スキー場だ。学校の子供たちも、あうん通所者もそれぞれの季節それぞれの方角で楽しんでいる。
 さて、このウッドデッキテラスで、久しぶりに音楽と酒の好きな仲間が集まって、久しぶりに盛り上がった。今回は人数的には少なかったが、ギターのセミプロがそろっていて、私などは裏方の食事係に専念した。
 なんと言っても最初はバーベキューコンロと火起こしからスタート。そして準備をしていた焼肉、焼きそばは定番で、チャンチャン焼きは鮭ではなく、新鮮な鱒である。ホタテ焼き、そして参加者の差し入れ。酒はビール、ワイン、焼酎、日本酒とすべてそろっている。これだけあれば、何の心配もなく飲み、食い、話し、歌うが始まって行く。久しぶりに聞く皆さんの歌声は、陽気で楽しそうだった。
 というよりも、こんな少ないメンバーで楽しむにはもったいないようなコンサートでもあった。だからこそまたこの飲んだくれ…の意味もあるのかもしれない。
 参加メンバーはといえば、大学の教員が2人、会社員、鍼灸マッサージ師、臨床心理士、音楽教室の先生、シンガーソングライター2人、福祉施設職員7人、高校生1人、わが娘2人で、18人だった。
 今回残念ながら参加演奏できなかった野辺地町のMさんは、参加メンバーを聞いて翌日の予定さえなければと悔やんでいた。彼のギターテクニックもすばらしいものであっただけに、競演できたらという残念さがにじんだ。
 岩木町のM/Yさん、しらとり農場の皆さんも残念でした。そのほか英会話教室のSさん、H大学Aさんなど差し入れをいただき、ありがとうございました。
 歌はこんなにも心を癒してくれる材料だと、今回あらためて思いました。
 

酒を美味しく、人生楽しく

2008-11-07 07:21:03 | 趣味(渓流釣り・フォーク)
 駅前のスナック「月うさぎ」のママから「開店7周年記念」の案内状が届いた。最近はとってもご無沙汰していて、隔月でハンサムウーマンの会合に行っても寄ることができなかった。というのもお話し好きの方が多くて、二次会もお酒とお話しで終始している。月うさぎはカラオケがあるので、少しうるさいと感じる時があるのだ。といいつつも、カラオケを無性に歌いたいときには、立ち寄って精一杯歌うのだから勝手なものだ。だから、そういう歌の好きな人が集まれば、その店に行くことになる。
 もう一つの「月うさぎ」に惹かれる理由は、私もママもお子さんがハンディを負っているという共通点を持つからかも知れない。なんと言ってもリラックスできる畳の空間があることも、気を張らずに過ごせることも、そこそこの値段であることもひいきにしている理由である。
 とはいえ、酒好きの友が八戸に帰って、それ以来こちらに来ないと行かないことが多くなった。
 健康診断を終えて、ほっと一息の我が職場である。見ていると若い人たちもほとんど酒を愛好する人はおらず、いくらかたしなむのが私を入れて3名ほどである。私については、いくらかたしなむという表現は当てはまらないという気がする。もう日々ソムリエのごとく酒のエリアに精通しようという日々を送ってきたのである。
 かくいう私もそういう自分を気にはしていて、休肝日は?という意識はある。しかし、未だにそれは実行されない。
 要は適量であることだ。楽しく一日を完結するための材料でもある。気持ちよく美味しく、食事も進めば心身の快適条件が揃うのではないだろうか。
 と言うわけで、昨日は自転車を車につけて職場に出かけ、可能な限り車の使用を自粛して自転車に乗った。間もなく完成するパン工房「ゆいまある」の立て看板を設置するので、そこまで20分をかけて自転車を走らせるなど、心なしか健康志向の時間を過ごしている。大腿筋の復活が感じられる。雪がちらつくまでは何とか、この生活を楽しもう!

マザーツリー再び

2008-10-27 22:22:50 | 趣味(渓流釣り・フォーク)
 きょう27日(月)は代休でカミさんと世界遺産に登録されている、晩秋の白神山地西目屋村「津軽峠」を目指した。久しぶりの西目屋村は津軽ダムの着工前の道路工事があちこち始まり、美山湖ダムを大きく迂回した道路やトンネルが完成していた。これはどうしたって自然破壊の何ものでもないと言う印象ばかりが、私の心を暗くさせ何度このエリアの住民たちの生活破壊をすればよいのだろうかと思うばかりであった。この地の住民はダム湖の底に二度も生活拠点を沈めることになるのだ。アメリカインディアンの心安らかな生活が、侵略者アメリカ移住者の都合で騎兵隊に追い立てられる姿とダブルばかりだった。
 私たちは観光客であふれかえる「暗門の滝」のあるアクアグリーンビレッジを避け、日本海深浦町に通ずる「津軽峠」のマザーツリーを目指して砂利道を車を走らせた。先週からの悪天候は朝方も降り続けた。しかし昼前に雨は一時止み、私たちは晩秋の津軽峠に差し掛かった。トラノキ沢というかつて親戚の老人に案内してもらって、大量に生えるナメコを感動の中に収穫した場所の入り口に車を停めマザーツリーを目指した。津軽峠バス停から整備された遊歩道を75メートル歩くだけでマザーツリーに到着するのだが、あえて1㌔下方から林道を運動のつもりで入り込んだ。晩秋の森の中は広葉樹も色は翳りはじめ、枯葉となって道路に敷き積まれている。しかしブナの巨木の中にはまだ葉を緑に留めて、俺はまだ若いと言わんばかりに胸を張って立つ樹木もある。イタヤカエデ、漆などはまだ鮮やかな色合いを残している。約2㌔近くの緩やかなアップダウンの山道を、二人で楽しみながら歩いた。森の中には森特有の表現のできそうもない深い臭いが立ちこめていたし、お昼近い白神の空は今にも降り出しそうな黒い雲を湧き上げていた。幾層にも木の葉の堆積された森の道は、ふかふかの絨毯を歩いているかのようである。ようやく峰の頂上付近に出ると、津軽峠バス停からの遊歩道に出会った。マザーツリーまで75メートルの標識を確認して、急ぎ足で向かった。先ほどから雨が当たり始めていたからだ。このエリアにはブナの巨木があちこちにあって、それぞれに個性的な姿をしているのだ。その中でも最も幹周りの太いマザーツリーに会うことができた。看板によれば樹齢400年(推定)、胸高幹周り465㎝、樹高30mのこの巨木(マザーツリー)はカメラの中に収まりきれないほどである。雨足が強くなり、急ぎ車を停めた場所へ引き返すことにした。下り坂ではあるが砂利道の急カーブが続き、約1㎞近くの砂利道を下り降りた。登山靴を持参したことはまさに正解であった。時計は12:50だから、ほぼ1時間超歩いたことになる。ほどよい運動であったことは、汗のかきかたで納得できた。下山の坂道をゆっくり車を走らせれば、まだまだ下方の山には紅葉の美しさが残って、眼を慰めてくれる。来年は10月中旬頃来れば、もっと鮮やかな白神の山々を堪能できるに違いない。