すべての頂の上に安らぎあり

今日はぼくに残された人生の最初の一日。ぼくは、そしてぼくたちは、この困難と混乱の社会の中で、残りの人生をどう生きるか?

近況報告

2019-07-18 10:14:29 | 近況報告
 おととい、石井みどりさんからFacebookにメッセージをいただきました。

「サーシャとレッスン 楽しかったです
ドムラでコードを教えて頂いたし🎵💕」
(“サーシャ”とは、北オケ時代のぼくの愛称。さとるだからサーシャ。つけてくださったのもみどりさん。)

 「教えて頂いた」どころではなく、みどりさんはドムラの大大先輩であって、いろいろ教えて頂くのはこちらの方なのですが。それにしても、神奈川県ユーラシア協会の教室を借りてコードの話をしたのはもう何年前でしょうか? ぼくが腰を痛めてマンドリンに持ち替える前だから、すくなくとも4、5年?
 ぼくがこの頃すこしもブログを書かないので、体調でも悪いのかと心配してくださったのだと思います。
ありがたく、また、申し訳ないことです。

 ぼくの体は、ほとんど出歩いていないので歩く力は落ちていますが、他はどこも悪くはありません。ちょっと気分が鬱々としていて、引きこもり気味で、ブログにも向かう気力がなかった、というところです。
 鬱々しているのは、梅雨が長いせいでしょうか?
 厚い毛糸の靴下をはいて、お腹が冷えないように冬用の毛糸の帽子を腹巻替わりにして、狭い家の中をうろうろオリの中のように歩き回っています。雨が降っても高尾山ぐらい行けばいいのだけれど、そこが気力が出ないので仕方がありません。
 梅雨が明けたら、8月になったら、気分が変わるでしょう。
 ブログは書けないけれど、本は読んでいます。マンドリンの練習はしています(ただし、これは気分が鬱の原因の他のひとつです)。
 ここのところ、体力と根性が無くなって(前から無かったのがさらに進んで),何か一つをすると他のことができない、という状態が続いています。先月までは、本当に本が読めなかった。楽器もあまりできなかった。今は本が読めるのだけは嬉しい。
 だからこれからも、何か月かのサイクルで自分の目先の関心が変わる、ということになりそうです。
 とりあえず昨日、久しぶりに晴れ間が出たので、久しぶりに以前の散歩コースを多摩川まで歩きました。雨で元気に育った樹々や花が本当に美しいと改めて思いました。
 8月の初めになったら、南アルプスの北岳に行くつもりです。それまで、高山植物の図鑑を眺めています。膝の筋肉を落とさないために、踏み段昇降もしなければね。
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山笑う

2019-04-22 20:36:43 | 近況報告
 高尾駅から先、列車の車窓から見える沿線の山々が、枯れ山でなく、と言ってまだ緑でもなく、淡い緑と白の混ざった色にぼうっと烟るように見えた。 
 南(左)に高尾山、北(右)には景信から陣馬に続く尾根。やがて、並び立つ扇山と百蔵山。あの間の大きな登り下りは、結構きついのだ。南に倉岳山から九鬼山に至る尾根。北に岩殿山の大岩壁。再び南に高川山。北に大きな滝子山。その後方に、たぶん、笹子雁ヶ腹摺り山から大菩薩に至る高い峰々。
 ホリデー快速ビューやまなし号の2階席に座ったので、いつも車窓から眺めるよりずっと山並みが近く感じる。何度も登ったことのある、なつかしい山々―故郷の山々だ。
 今あの山々の中を歩くと、クヌギもコナラもイヌブナもカエデも、木々は柔らかな葉をちょうど開き始めたところなのだ。それを思うと、つい口元がほころんでうれしくなってしまう。こういう時期の山の様子を、「山笑う」というのだろうか。
 樹々は毎年生まれ変わるわけではなく、木という個体として何十年何百年と生きるのだが、毎年、新しい芽を吹き、花を咲かせ、実をつけ、それらはまた過ぎ去ってゆく。
 家族と、お墓参りに行く途中だ。塩山で降りて、観光寺として有名になってしまった恵林寺で、車で向かった弟一家と待ち合わせた。山梨の大イベントの「信玄公祭り」が終わった後だからだろうか、日曜日なのに境内はひっそりしている。
 墓地に向かう道の杉木立の真ん中に、今日は乾徳山がすっきりと立っている。見事な山だ。家の墓はその墓地の一番奥、他よりは石段を10段ほど登ったところ、歴代の住職の無縫塔が並ぶ傍らにある。由緒ある墓なのだが、ぼくたちのあと継ぐ者がいないので、いずれ墓仕舞いをしなければならないのは確実だ。
 境内にある「一休庵」という食事処の、昔は能舞台だった舞台の上にしつらえられたテーブルでみんなでミニ懐石御膳を食べる。と言っても、今回(昨日)は「何回忌」というような法事ではないので、家族だけ七人だ。一昨日が三年前に他界した母の誕生日だったのだ。舞台はガラス戸が立ててあるが、左右の戸が少し開いていて、涼やかな風が通って気持ちがいい。お互いの健康の問題や、亡くなった親族の思い出や、そんな話だ。
 帰りはぼくひとり、甲府によって北口駅前でカフェを開いている同じ年のいとこと、ぼくには大恩ある叔叔父母のお墓参りをした。ここのお墓は、「~家の墓」という文字の代わりに墓石に「~家合同船」と書いてあって、感慨深い。
 列車の中で上橋菜穂子の「鹿の王」を読んだ。ぼくは「精霊の守り人」シリーズは、特のその前半は、あまり好きになれなかったので、「鹿の王」も今頃になって読んだのだが、こちらは感動した。
 これについては、別途、じっくり考えてみたい。物語を紹介するのではなく、そこに盛られている、ぼくたちの生き方や死や人と人のつながり、あるいは生命というもの、についての考え方を(医療についてはぼくには荷が重いだろうが)。真木悠介の「自我の起原」にも密接に関連しているところだと思うので。
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やっと・・・

2018-09-14 10:14:21 | 近況報告
 やっといくらか涼しくなり、いくらかは本が読めるようになり、山歩きも(まだ山登りまで行かないが)できるようになった。
 一昨日は、足慣らしに陣馬山に行った。ちょうど一か月前に、猛暑の中、バテバテで、標準タイムの1.5倍もかかって歩いたのと同じ、陣馬高原下から相模湖に抜けるコースだ。
 今回は歩きやすかった。猛暑の中で運動するのが、特に高齢者にとって、いかに過酷なことであるかが良く分かった。
 以前は、足慣らしというと高尾山に行っていたが、このごろ陣馬が気に入っている。山頂のあの白い馬の像が嫌で前は行かなかったのだが、あれさえ無視すれば、高尾山より広々と開けていて風が気持ち良い。連行峰や権現山や扇山など比較的近くの山の展望も良い。林床には、ツリフネソウやキバナアキギリやシロヨメナやミズヒキグサなどの秋の花が咲いていた。
 信玄茶屋のコーヒーが美味しかった。
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残暑御見舞い

2018-08-16 14:17:55 | 近況報告
…灼けつく地表から逃れようと
数知れぬカタツムリが
枯れかけた草に這い上がる頃
                    
すでに人影の絶えた丘陵を
砂まじりの熱風が寄せて来る           
天と地の間のすべてのものを          
押し包み窒息させるために
                     
ふたたび雨が降りそそぐまでの       
いつ果てるとも知れぬ長い時の間                        
     私の詩華集30 樋口悟「待つ」
残暑お見舞い申し上げます
 この2月23日をもって20年とちょっと勤めたデュモンをやめて、それからほぼ半年がたちました。いまだに夜型から朝型にシフトしている途中でやや不規則な生活ですが、体はずっと楽になりました。
 今は、読書をしたり山登りに出かけたり、フラットマンドリンを爪弾いて聞く人のいない歌を口遊んだりして過ごしています。残りの人生を味わう、っていうところまではまだ行かないけれど。   
7月の初めに八ヶ岳の阿弥陀岳に登り、末には霧ヶ峰に2泊3日で高原を歩き回りに行きました。たいへん快い時間でした。
 ブログ「ぼくが地上を離れる前に」、さぼりながらですがupしています。Facebookでも見られます。
 まだまだ厳しい暑さの日々のようですが、健康に気を付けて何とか乗り切りましょう。
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残念ながら・・・

2018-06-23 22:54:49 | 近況報告
 このブログは今日でちょうど100回目なのだが、残念ながら、ちょっと集中してやらねばならないことがあって、いまから一か月ほど、いや、たぶんそれでは足りないだろうから、二か月ほど、お休みすることにする。
 その間、体力の維持のための、というより精神のバランスの維持のための山登りには行くつもりだが、それ以外のことはかなりできなくなる。集中して本を読むのもしばらくはできなくなるだろう。
 ぼくは思考能力は強くないので、ぼんやり頭の中に浮かぶことをある程度きちんと考えとして整理するためには、このブログの記事を書くことはとても重要なのだが、それも一時停止になるのは仕方がない。
 やりたくないことを仕方なくやる、というわけではなく、やろうやろうと前から心にかかっていて、仕事をやめたら、と思っていたのにここまでズルズル延ばしてきたことを、やっとやる決心がついたというわけ。
 だから良いことなのだけれど、夏中これにかかるかもしれないと思うと、気が重くもある。
 その間はブログは、まあ時たま、3行ぐらいの断片だけ書ければよいかな。あと、気分転換のためにね。
 それでは。
 秋風の吹く頃に。
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昔の仲間

2018-04-06 21:46:22 | 近況報告
 旧い友人たちと、二日連続して会った。一昨日は、カウンセリングの勉強をしていたころの仲間と、渋谷で唯一静かな環境の残る桜が丘のインドネシア料理店で、ぼくを入れて5人で会った。4人ともぼくより一回り以上若く、それぞれ、今でもカウンセリングや心理学にかかわり続けているし、それを職業にしていたり、職業に生かしたりしている。ぼくだけは、完全に降りてしまって、そういうことに関心すらもなくしてしまっている。
 それでぼくは、話は盛り上がって大いに楽しかったのではあるが、座の真ん中にいながら、話の盛り上がりからやや離れている感じだった。現役から降りてしまった感じ。心理学からも、恋愛からも、仕事からも、人生そのものからも。
 最終的には誰でもそうなるのだし、それはそれで良いのかもしれない。ぼくにとって最も美しい老いと死は、ヘルマン・ヘッセが「ガラス玉演技」の中で書いている、「音楽名人」と呼ばれる人の最晩年の姿なのだから。
 ただし、そこに至るまでの間に、いまでも、ぼくは迷いと混乱と懊悩と疲労感の中で生きている。
昔の仲間たちと話していると、いや、かれらの話を聞いていると、自分の懊悩が少し和らげられる気がしてうれしい。
 昨日は、昔フランス語の学校の職員をしていたころの同僚だ。彼女とは、静かな運河沿いの、大きな窓から葉桜の見えるイタリアン・レストランで、もっぱら思い出話、当時の仲間の近況の話、そして現在のお互いの健康の話をした。こちらは、年相応の話と言えるだろうか。
 ぼくはフランス語からもフランス文化からもやはり降りてしまったのだが、今でも映画や音楽の話をするのは楽しい。ヌーヴェル・ヴァーグとかは、かつて自分もその熱狂に染まっていたこともあったのだから。
彼女は、向こうに友人もいるし、今年はぜひまたフランスに行きたいと言っていた。ぼくは今年、スコットランドに行きたいと思っている。
 「夏になったらみいちゃんのお墓参りに行こうね」、と約束して別れた。
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退職

2018-03-01 11:29:12 | 近況報告
 先日、20数年間勤めたシャンソンのライヴの店をやめました。
 以下は、そのお知らせのはがきの写しです。住所の分からない方もいるので、ここに載せておきます。


ふんはりと雪の積もつた山かげから
冬空がきれいに晴れ渡ってゐる。

うつすら寒く
日が暖い。
日向ぼつこするまつ毛の先に         
ぽつと春の日の夢が咲く。

しみじみと日の暖かさは身にしむけれど
ま白い雪の山越えて
春の来るのはまだ遠い。
        私の詞華集○29伊藤整「春を待つ」
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
この2月23日をもって、20年ちょっと勤めたデュモンを辞しました。
人に接することの苦手な、明るくないぼくを辛抱強く使い続けてくれたオーナーの日野敦子さんに心から感謝。お客様や歌い手の皆様にも感謝です。
「これからどうするの?」とたくさんの人に訊かれました。まずは、ちかごろ急速に落ちている体力の回復、そのための規則的な生活、でしょうか。あとは、したいことはいろいろあるけれど、何もしないうちに語るのはやめておきます。
ここからは、余生です。余生というのは、人生で一番充実した、実りの時間でありうるものと思っています。そして、まだこれから始まる時間です。
「霜葉は二月の花よりも紅なり」…いつかまたお会いできると良いですね。
(「春を待つ」には、多田武彦という作曲家の、素晴らしい男声合唱曲があって、そちらが大好きでよく聴いています。)(合唱組曲「雪明りの路」)
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