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富山マネジメント・アカデミー

富山新聞文化センターで開講、教科書、参考書、講師陣の紹介、講座内容の紹介をいたします。

「礼記(らいき)」は、クソ面白くないのか?

2022年01月26日 | Weblog

世のなかでは、孔子とその弟子たちの「論語」は、愛読されたことで有名な古典である。しかし、この「礼記」にも、「孔子曰く」として、孔子の思想が豊富に語られている。むしろ、「礼記」というホルダーに、孔子の言説が集約されている。「礼記」に採用されなかった孔子の言説は、「ゴミ箱」に回された。この「ゴミ箱」ホルダーで集められたのが、「論語」である。だから、孔子の思想を知るには、系統的な整理がなされているのは、「礼記」なんだ。ところが、これが真面目一点張りで面白くない。だから無視されていた。それを改めて重視したのが、あの朱子学の名前で知られる朱熹さんだ。「礼記」のなかの「大学篇」と「中庸篇」だけは、孔子の学問の入り口だから絶対にここから読め!という学派を拓いた。朱熹の功績は、そこにある。罪は、「孟子」をもちあげしすぎたことだ。ともかく、「礼記」は孔子思想がかなり体系化されており、「論語」は、「礼記」ホルダーからもれた私

 


香港の猪の災難:動物愛護協会に看取られる

2021年11月26日 | Weblog

香港の「明報」によると、香港で猪が、重症をおって発見されたという〔写真参照〕。そこで、動物愛護協会が緊急連絡をうけ、獣医が麻酔をして、怪我の状態を調べたら、回復不能と判定され、やむなく安楽死をさせたという。この記事をよみ、香港って、やはり西側の世界の文化圏にあるのだ、と痛感した。日本では、害獣として狩猟の対象とされる。


IMFの統計にまで中国共産党は不正な行為をしていた

2021年10月15日 | Weblog

IMF理事会は11日、ゲオルギエワ氏が世界銀行在籍時に報告書に記す中国の評価を高くするよう職員に圧力をかけたとされる問題を調査した結果、ゲオルギエワ氏への全面的な指示を再確認した。その上で、IMFスタッフの公平性と、苦情・異議・説明責任に関する組織のルートを保護する制度上の安全措置を確実にするため、追加策を講じる可能性を検討すると表明した。


孔子の大同思想

2021年10月06日 | Weblog

孔子には、理想社会の夢があった。それは、彼の死後、孔子学派がまとめた思想論文を集めた「礼記」(らいき)という本にある言葉である。

「大道が行われたら天下が公のものとなる」「賢人と能力ある人を選び、天下の政治を任せたら、信義を講じ和睦を修養する。そうすると、人々は、自分の親だけを親としないで、自分の子を子としないで、老人には終生を全うさせ、壮年には能力を発揮させ、幼いものには長所を伸ばさせ、一人暮らしの婦人や老父、さらに障がい者は、誰でも扶養される世の中になる。」という。そういう世の中を「大同」というと論じている。この思想は、長らく忘れられてきたが、日本の明治時代、中国の政治改革に敗れ、日本の亡命してきた思想家である康有為が、日本には、そういう理想社会をめざす孔子を信奉する人々がいること知り、中国大陸にむけ「大同思想」を呼びかけた。実は、日本人には、孔子の思想としてではなく、日本式の仏教である浄土真宗や日蓮宗には、大同の世を極楽に置き換え、この世からあの世に繋げて、明治期には、様々な社会福祉の施設を経営する仏教運動が存在した。それで、康有為は、儒教から仏教に関心を移していった。他方、中国仏教は堕落し、正しい仏教を中国大陸に再興するため、中国で布教を行い、中国大陸で近代的な仏教学会が誕生した。そのために、中国共産党は、現在でも、仏教は国家が承認した宗教として各地の寺院は、それなりに存続している。どんな、政治環境であろうと、仏教は中国と日本を結ぶ懸け橋である。


最低賃金を財政支援で底上げ

2021年06月20日 | Weblog

月に二回、土曜日に「管子」講座をしている。古典を現代に活かすと、コロナの後、経済対策には、何が正解なのか?皆さんに話題にしてもらった。

中国は、人民解放軍の軍人の個人所得税を8月から全免するという。つまり、減税により、個人消費市場を更に活性化する目論見だ。

自由主義経済では、制度学派の経済学を駆使し、公務員の給与を改善する方法もあるが、日本の場合、最低賃金の引き上げに国からの給付金を紐付けたら、連鎖的に賃金の上昇が起こる。つまり、個人消費の拡大には、一過性の給付金ではなく、最低賃金を財政支援で底上げしたら、賃金インフォメーションが起こる。これが、ローコストでパフォーマンスのよい良性のインフレーションになると、中村哲夫は、考えた。1000円から1200円の20%の最低賃金を財政支援で実現し下層からの賃金インフレーションを上に波及させていく。これは、必ず税収増として、国家にも好循環する。時間給のバイトさんから底上げする。中小企業は、その分の財政支援を受け、雇用を安定させる。大企業は内部留保を賃金インフレーションを理由に取り崩し、消費市場の活性化の恩恵で回収する。「管子」は、為になる。愛民、愛利は、下からやるもんだ。


金沢大学と富山大学の法人経営統合の可能性

2021年05月07日 | Weblog

富山大学の事務職員の間で、富山大学は金沢大学に統合されるという噂が根強く広がっている。というのは、名古屋大学と岐阜大学の関係において、後者が前者と上位で経営統合したからである。それに対応し、金沢大学に本省からキャリアー官僚が、理事・事務局長として赴任してきたと、理解されている。そこで、富山、金沢大学を「国立大学法人北陸大学HD」の統括経営の傘下にまとめる構想が具体化されるだろうという観測である。金沢には、やっかいな国立大学がある。それは、金沢大学である。素人筋は、金沢大学では、産学共同型の研究が進み、学生が産業界で即戦力に対応できるように教育されていると想像する。そして、その水準は、富山大学よりはるかに上にあると想定する。しかし、金沢大学は学部・学科の専攻追及の細分化された教育とは逆に、主専攻・副専攻をバランスよく教育したために、第四高等学校時代からの「教養主義」に大樹が活性化している。結果、産業界の最先端とはずれている。他方、石川県には、金沢大学の空気をきらい、北陸先端科学大学院大学が存在する。実は、この大学院大学は、日本人の学生が進学先として選ばないので、中国人留学生を拒まないで受け入れている。校舎が能美市の山中にあるので、寄宿には便利だが、アルバイトには極めて不便、さらに、市内からの交通の便がわるい。開学の当時は、教授陣も「先端」であったが、学問の世界では、5年もすると最後尾においておかれる。特に、情報系を調査したが、バグを見つけるバックヤードの作業には強いが、最近のAIの対応では、奈良先端科学技術大学院と何十年の差がついた。全国には、先端科学をなのる大学院大学が多くあるが、劣化が激しいのは、北陸先端大学である。他方、企業側から見て、金沢大学の理工系には魅力が乏しい。例えば、薬剤師の国家試験の合格率は、全国1位であるが、創薬の研究よりも、学生のための薬剤師予備校に転じている。つまり、小市民的で、堅実な生涯賃金を得るための、こじんまりしたB級の秀才の塊を抱えている。堕ちないが、伸びない。そのため、金沢大学と北陸先端大学院大学との経営統合は、喫緊の課題である。なお、事務局長以下、事務職員は金沢大学と同じ、国立大学法人に帰属する身分なので、まず、3県の統合よりも、石川県内の国立の大学・大学院の整備統合が先決である。金沢大学は、NHKの放送大学の拠点を受け入れるのを拒否し、金沢工業大学が私立でありながら国立の機能を果たしてきている。なお、福井は関西圏、主に京都大学の勢力圏にあり、福井は石川県の軍門に下ることはない。名古屋大学と岐阜大学の統合のような関係は成立しない。それよりも、富山大学は規模も、研究開発の実用性も、提携できる産業界・企業も、金沢大学を完全に圧倒している。受験生も国立大学、第4位、金沢大学を圧倒している。そこで、富山大学が金沢大学主導ではなく、より巨視的な観点から法人の経営統合に踏み切る可能性が生まれてきた。(この記事は、過去のブログを修正し、法人の経営統合の可能性が現実化したことを伝える。)

 


渋沢栄一「論語講義」09/01

2021年03月18日 | Weblog

原文は、「曽子いわく、終わりを慎み遠きを追えば、民の徳に厚きに帰す」とある。実は、この句は、漢王朝の時代から誤解されてきた。「終わりを慎み遠きを追う」とは、先祖の祭祀を盛んにすることだと誤解されてきた。孔子学派の教材である「管子」を調べると、「終わり」とは、Goal ゴールのことを意味しています。「未来の目標を慎重に定め、民衆に示したら。民衆は慕い寄ってくる」という意味です。今、SDGsのGsが、それに当たります。これは、2200年間、誤って解釈されてきました。仏教も中国化して、先祖祭祀になったのも、この章の間違った解釈に原因しています。この章は、渋沢先生の解釈に従う必要はありません。


渋沢栄一「論語講義」08/01

2021年03月17日 | Weblog

<君子には、重厚さがいる。忠義に欠ける人を友とするなかれ。間違いを正すに、ためらいはするな。>渋沢先生は、3項目に分けて理解されているが、根本は、友人論である。友人から適切な忠告がないような人物では、君子といわれる立派なリーダーにはなれない。


渋沢栄一「論語講義」07/01

2021年03月14日 | Weblog

子夏は、孝悌の行いがきちんとできれば、それだけでも、学んだと評価してもよい、と言った、渋沢栄一さんは、何事も実行が先に立つと、この子夏の言葉を誉める。なお、原文の「賢賢易色」は、賢を賢とし色に易る、と読み、「色」を好色と解釈するが、中村の研究では、顔色を変える、つまり、食事と日常の倫理により、顔つきも顔色も変わってくることを意味している。好色とすれば、渋沢さん、相当な好色家だったそうだ。賢人を賢人として敬い、食事と気持ちの張りにより顔つきを良くするのも、孝悌の一つだという。

 


渋沢栄一「論語講義」06/01

2021年03月12日 | Weblog

最初に、数字記号の意味を説明します。◆/01は、第一篇の学而を意味します。06は、学而編の第6章を意味します。この番号は、底本である渋沢栄一の「論語講義」の講談社学術文庫の章だてに会せています。論語の原文は、ここでは繰り返さないで、中村哲夫が原文の意味を要約します。<弟子はまず孝悌の行いを身に着け、多くの人に博愛の精神で行動しなさい。そして、余力があれば、読書して学びなさい、と。>渋沢栄一さんは、まず実学の実践を先に、そして学問をしなさい。空理空論の学問を諌めている。さて、この章は、孔子の知行学説をはっきり述べたもので、全てが孝悌の実践に始まるという。この孝悌を基本とする思想は。「管子」に起源している。孔子は、あの膨大な「管子」の思想命題から、未熟な青年がなすべき道として孝悌の実践を教育の柱とした。これは、パクリというよりも、「管子」を学ぶ道筋でもある。渋沢栄一さんは、実は「管子」の実践者である。


朱子学の謎:理と気の二元論

2021年02月25日 | Weblog

朱子学は、理学とも呼ばれるが、普通は、孔子の儒学の継承ではなく、宋王朝の時代に易学から導いた「理と気」の概念を基軸とする哲学である。そのため、孔子の儒学にたいし、異質な「新儒学」と理解されている。しかし、「理と気」の、特に「気」の概念は、孔子に先駆ける管子に始まる。朱子学では、管子との関係を一切、断絶しているが、管子の「宙合」篇にみられる「気」の概念は、孔子にはほとんどみられない。孔子の易学は、「道と器」の二元論の哲学に帰結している。つまり、朱子は孔子の「道器」論ではなく、管子の易学から「理気」論を引き出している。また、朱子は、「孟子」をもちあげて、初心者が学ぶべき四書として、大学、中庸、論語、孟子を挙げており、孟子のみ「気」の概念を展開していることから、孟子を省くことができなかったと思われる。いずれにせよ、朱子学は、管子と孔子の学問の©長短を是々非々し、孔子の学問を組み換え、特に文献学として衰弱した孔子学派に、孔子の先の師である管子から「気」の概念を抜き出したことは確かである。


安倍元総理の「底値」を評価する

2020年12月04日 | Weblog

安倍元総理は、アメリカとの同盟において現実的に有効な役割を果たしてきたが、どうやらトランプ外交が終焉しそうになり、日本外交の切り札としての安倍前総理の外交カードは、大きく暴落した、さらに、桜を見る会の前夜祭の「議員個人後援会」の運営をめぐり、公設秘書が略式起訴となり、安倍氏本人が検察の事情聴取をうけることになった。政治評論としては、このまま安倍株が大暴落し、岸田、石破レベルまでダウンするかどうか、そこが12月上旬の焦点となる。安倍氏の評判の暴落の「底値」がどこにありり、その「底値」がさらに底割れするかどうか、そのあたりを見極める必要がある。結論的には、総額700万円、しかも「収賄」ではなく、「後援会」の維持費として、政治資金報告書の記載義務にかかわり、安倍氏が公設秘書を直接に指揮し行った行為でないことが、検察の本人への事情聴取で逆に「正当化」できるので、安倍評価の底値割れはありえない。「収賄」という一点では、どの事件でも、安倍元総理は潔白である。もし、「収賄」罪なら、あるいは、「贈賄」罪なら、厳しい歴史の評価にさらされる。なぜ、安倍という政治家の評価をこれ以上は下げたくないのは、やはり北朝鮮問題の解決に対し、対米、対中、対韓の「外交特使」としての役回りが、今後期待されるからだ。なお、追及者が辻元議員であることは幸いである。なぜなら、彼女には、疑惑があるからだ。


荀子における君子と小人

2020年11月19日 | Weblog

孔子が、君子と小人を論じると、小人にはなんの取り柄もないように切り捨てる。ところが、同じ儒学者でも、荀子は、君子を二分し、善人の君子と、悪人の君子とに分ける。さらに、小人も二分し、善人の小人と悪人の小人とに分ける。小人の善人は、悪人の君子よりも、はるかに社会に貢献すると説く。孔子には、宰相の経験がない。荀子には、宰相としての経験値がある。経営学とすれば、荀子の論が妥当である。我々は、小人と卑下するに終わらず、善人として小さな善を尽くすことだ。


富山県、新田県政の課題(4)公共交通

2020年11月06日 | Weblog

新幹線と並行在来線の整備の時代から、加越能を俯瞰し、北陸を東西の横断的に結ぶ鉄道をX軸とすると、縦軸に当たるY軸の交通をいかに充実させるのか、それが北陸十字路の構想である。まず、東では、新幹線黒部駅を活かした連携、西では、新高岡駅を活かした鉄道の十字路化が大きな課題となる。また、単に鉄道だけでなく、バス交通の連携が大きな課題である。さらに、物流のための道路整備、渋滞ネックの解消など様々な交通経済の総合政策が期待される。また、物流のラスト・ワンマイルにつき、10年ー20年先の超高齢社会を見据えた対応が期待される。加越能を俯瞰する公共交通の充実には、石川県政とのすり合わせが、問題の解決には欠かせない。


富山県、新田県政の課題(3)データ県政への道

2020年11月05日 | Weblog

石井県政のもとでは、統計は、まず石井県政の宣伝、広報に利用され、県政の道筋を検証するデータサイエンスではなかった。さらに、統計の数字は、単純な都道府県のランクや、中学数学のレベルで行われていた。新田県政では、多変量解析を駆使し、回帰、重回帰、主要因分析など、最先端の政策科学のデーターサイエンスを目指すことになる。それには、富山大学と提携し、データーサイエンスを軸に統計の高度化を目指していくことになるだろう。