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「天院と小夜子」19

2015年10月23日 | T.B.2017年

「なん、で」

 彼は、一瞬、戸惑う。

 なぜ

 彼女が倒れているのか。

 ……なぜ、彼女は、血まみれなのか。

「小夜、子」

 彼女の指が、少しだけ動く。
 彼は、慌てて、彼女に近付く。

「……天院、様?」

 彼は、彼女を起こす。

「小夜子、何があった?」
 彼女は、首を振る。
「思い、出せない……」

 彼女は、血だらけだった。
 道の真ん中が、赤く染まる。

「頑張れるか?」
 彼の問いに、彼女が少しだけ、頷く。
 云う。
「天院……様」
「何?」
「私は、今……どうなってる、の?」
「大丈夫だ」
「だいじょう、ぶ?」

 彼は、彼女の傷口を見る。

 この傷痕は、東一族?
 なら、先ほどすれ違った者が、彼女を?

 彼は首を振る。

 その血を手に取る。

 これは

 蛇の、毒?
 宗主が飼い慣らしている蛇の、毒?

 まさか、彼女は、宗主に……?

 彼は再度、首を振る。

 何が起こったのか、判らない。
 何もかも、つながらない。

 彼は、彼女を抱き上げる。

「頑張れるか?」
 彼は、再度、訊く。
「今、医師様のところに行くから」

 彼は、走り出す。

 間に合え。

 間に合え。

「まって」
 彼女が、口を開く。
「……様、まっ、て」

 彼は首を振る。
 止まらない。

 今なら、まだ、間に合うかもしれない。

 彼は走る。

「おね、がい」

 彼女の息が、重い。

 だめだ。
 話なら、助かってから、……聞く。

「まって」

 彼は立ち止まる。
 肩で息をする。

 彼女を下ろす。

「小夜子?」
「……あの、ね」
「小夜子、しっかり!」

「てんい、様、あの……ね」

 痛いはずなのに。
 苦しいはずなのに。

 彼女の表情が、笑って見える。

「小夜子」

 どうしたら、いい?
 どうしたら、彼女は助かる?

 そう考えるけれど

 もう

 彼女は

「て、んい様……」
「小夜子……」

 当てのない言葉を、彼は云う。

「助かるから……、しっかりして……」

 彼女が、少しだけ口を開く。
 何かを、云う。
 けれども、聞き取れない。

「小夜子、今、何て?」

 彼女の口が、目が、閉じる。

「だめだ。小夜子!」

 彼は、彼女の顔を両手で包む。

「小夜子! 目を。目を開けて! 小夜子!」

 彼女は、

 もう

 動かない。

「……小夜、子」

 なぜ、自身が肩で息をしているのかも、判らない。

 彼はただ、彼女の顔を見る。

「…………なぜ」

 動かない彼女に、彼は話しかける。

「小夜子、……覚えてる?」

 昔

 自分に、云ってくれた言葉。

 ――あなたが、ここにいてくださったことに感謝します。

 その言葉を理解するのに
 ずいぶんと時間がかかってしまった。

 いつも
 嘘ばかり云う自分だったけれど

 そんな自分に

 いてくれて、ありがとう、なんて

 云ってくれて

「……ありがとう」

 そう、彼は云う。

「だから」

   これからも、

     小夜子にそばにいて、ほしい、のに……。

 彼の目に、涙があふれる。



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