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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「稔と十和子」10

2018年08月28日 | T.B.2003年

「………」

起き上がり、窓から差す陽が
随分と明るいことに気がつく。

は、と気が抜けた声が出る。

「あ~、今、何時?」

ベットを抜け出し、
寝室を出る。

「………」

椅子に腰掛け
本を読んでいた彼女が顔を上げる。

『おはよう。
 もう、お昼だから、
 おひるよう?』

そう言って、十和子が笑う。

彼女の言葉は、手話だったり、
口元を読むことだったり。

声を出すことも出来るけど
上手く話せているか分からないから、と
恥ずかしがって
言葉を出す事は少ない。

『ご飯食べるでしょう。
 温めるわ』

音は全く聞こえない、と聞いていたが、
不思議と稔の方に顔を上げる。

なんとなく、
雰囲気が変わるのだと言っていた。

「ごめん。寝過ごした」
『疲れているのよ』

昨日は、深夜近くまでの勤務を終え
十和子の家を訪れた。

結局、疲れが溜まっていたのか
気がつけばこの時間。

「今からじゃ、
 どこにも出かけられないな」
『家でゆっくりするのも
 ありだと思う』
「ん~~………」

折角の休みなのに、とは
思わないだろうか。

元々稔の仕事が立て込んでいるため
時間を合わせる事が難しい。

「いや、
 時間を理由にするのは
 言い訳だとか、なんとか」

そんな事を誰かが言っていたような。

『こうして
 会えるだけでも、充分』
「そう?」
『そう!!』

とは言っても、
それぞれの生活もあるし。

「………うーん」
『気にしないで』
「いっそ、一緒に暮らすか」

『………えっと?』
『結婚する?って意味』

稔も手話で返す。

十和子は驚いて立ち上がる。

『驚くわ!!
 急にそういうこと!!』

「あ~、物事には順序ってやつ?
 狩りに行く所からか」

西一族の風習。
結納品として1人で狩りに行き、
獲物を1匹仕留め、相手の家に納める。

「狩り、あんまり得意じゃなくて」
『違う違う!!
 そうじゃなくて』

十和子は問いかける。

『私なんか、が』

ダメダメ、と首を横に振る。

『ダメよ結婚なんて。
 他にもっと良い人が』

私、なんか、と
そこで彼女は言葉を止める。

『…………』

多分、十和子が気にかけている事なんて、
稔にとっては何てないこと。

「言っておくけど
 俺も言えない事沢山あるし、
 多分、そのまま言うつもりは無い」

『………なにそれ』
「言えない宣言」

ふふっ、と十和子が吹き出す。

「俺の事が嫌な訳では」
『それは、無いわ、大丈夫』

「なら、いいんじゃないか」

まぁ、返事は今度会うときで良いから、と
そう告げて稔は後ろを指差す。

「それに、そろそろ鍋が火を噴く」
『っ!!?』

慌てて火を止めに行く十和子を見ながら考える。

何となく、自分は
そういう相手を作らないまま過ごすのだと思っていた。

想像しながら少し笑う。
皆、驚くだろうか。

でも。

「うん、自分が一番驚いた」


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