「………」
起き上がり、窓から差す陽が
随分と明るいことに気がつく。
は、と気が抜けた声が出る。
「あ~、今、何時?」
ベットを抜け出し、
寝室を出る。
「………」
椅子に腰掛け
本を読んでいた彼女が顔を上げる。
『おはよう。
もう、お昼だから、
おひるよう?』
そう言って、十和子が笑う。
彼女の言葉は、手話だったり、
口元を読むことだったり。
声を出すことも出来るけど
上手く話せているか分からないから、と
恥ずかしがって
言葉を出す事は少ない。
『ご飯食べるでしょう。
温めるわ』
音は全く聞こえない、と聞いていたが、
不思議と稔の方に顔を上げる。
なんとなく、
雰囲気が変わるのだと言っていた。
「ごめん。寝過ごした」
『疲れているのよ』
昨日は、深夜近くまでの勤務を終え
十和子の家を訪れた。
結局、疲れが溜まっていたのか
気がつけばこの時間。
「今からじゃ、
どこにも出かけられないな」
『家でゆっくりするのも
ありだと思う』
「ん~~………」
折角の休みなのに、とは
思わないだろうか。
元々稔の仕事が立て込んでいるため
時間を合わせる事が難しい。
「いや、
時間を理由にするのは
言い訳だとか、なんとか」
そんな事を誰かが言っていたような。
『こうして
会えるだけでも、充分』
「そう?」
『そう!!』
とは言っても、
それぞれの生活もあるし。
「………うーん」
『気にしないで』
「いっそ、一緒に暮らすか」
『………えっと?』
『結婚する?って意味』
稔も手話で返す。
十和子は驚いて立ち上がる。
『驚くわ!!
急にそういうこと!!』
「あ~、物事には順序ってやつ?
狩りに行く所からか」
西一族の風習。
結納品として1人で狩りに行き、
獲物を1匹仕留め、相手の家に納める。
「狩り、あんまり得意じゃなくて」
『違う違う!!
そうじゃなくて』
十和子は問いかける。
『私なんか、が』
ダメダメ、と首を横に振る。
『ダメよ結婚なんて。
他にもっと良い人が』
私、なんか、と
そこで彼女は言葉を止める。
『…………』
多分、十和子が気にかけている事なんて、
稔にとっては何てないこと。
「言っておくけど
俺も言えない事沢山あるし、
多分、そのまま言うつもりは無い」
『………なにそれ』
「言えない宣言」
ふふっ、と十和子が吹き出す。
「俺の事が嫌な訳では」
『それは、無いわ、大丈夫』
「なら、いいんじゃないか」
まぁ、返事は今度会うときで良いから、と
そう告げて稔は後ろを指差す。
「それに、そろそろ鍋が火を噴く」
『っ!!?』
慌てて火を止めに行く十和子を見ながら考える。
何となく、自分は
そういう相手を作らないまま過ごすのだと思っていた。
想像しながら少し笑う。
皆、驚くだろうか。
でも。
「うん、自分が一番驚いた」
NEXT