TOBA-BLOG 別館

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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「『成院』と『戒院』」18

2020年10月20日 | T.B.2017年
その日『成院』の娘は
やや高揚しながら帰って来た。

「先視の司祭様とお話ししてきたわ」

ああ、と『成院』は頷く。

「満樹兄さんの客が
 海一族から来るんだったな」
「そう、明院がご挨拶をするからって
 私達も着いて行っちゃった」

海一族の先視。
東一族の占術とはまた少し種類が違う未来視の力。
宗主の屋敷に奉公に行っている未央子は
そういう来客とすれ違う事も多いのだろう。

「未央子はなにか視て頂いたのか?」

いいえ、と未央子は首を横に振る。

「司祭様はみんなウエルカムとか言ってたけれど、
 恐れ多くって」

あと、ほいほい先視を使うな、と
満樹が呆れて止めていた、とか。

「でも、明院は視てもらっていたの」
「………それは」

それは迂闊だ、と『成院』は慌てる。
今、宗主の跡継ぎがややこしい事になっている時に
本家の血筋である明院の将来、とは。

「明院の子供は
 きっと双子だろう、って」
「あ」

そっち。
そういう方向。

「ふうん、そう、そうか。
 なら、よかった」

何が良かったのかよく分からないが
ふう、と『成院』は肩を落とす。

「すごくない、双子だって。
 私見たこと無いなぁ」

「あら、未央子」

食事の準備をしていた晴子が
娘に声をかける。

「あなたのお父さんは双子よ」

え、と一瞬動きを止めたあと
未央子はええ、と声を上げる。

「ええ!?
 だって死んだ叔父さんは
 弟っていつも言っていたじゃない」
「弟は、弟なんだけれど、あら」
「言って………なかったか?」

驚く未央子に、
そうだったか、と『成院』は
苦笑する。

そう言えば、自分も妻である晴子も
成院と弟の戒院は双子だと言う事が当たり前過ぎて
特別に話す認識では無かった。

「しかも、一卵性双生児」
「それって」
「顔も声も全く同じ」
「パッと見はね、
 中身は全然違うのよ」

ふふふ、と晴子がからかうが
未央子の表情は優れない。

そこで、あれ?と
『成院』と晴子は顔を見合わせる。

「どうした、未央子?」
「隠していた訳じゃあ無いのよ」

ねぇ、と未央子は
父親である『成院』を見る。

「お父さん、本当は
 三つ子だったり、する??」

思いがけない問いかけに
『成院』は、んん?と声が漏れる。

どこからそんな発想が。

「いや、そんな話は聞いた事ない、な」
「どうしたの、未央子?」

晴子は娘の様子を伺う。

「お父さんとそっくりな人を見たの」

「俺、と?」

一瞬、『成院』に緊張が走る。
そんな訳が無い。

「それは、どこで」

「南一族の村」

あぁ、とそれを聞いて
肩の力が抜ける。

なんだ、赤の他人か。

「同じ顔の人は3人居るって言うものね」
「本当に、本当にそっくりだったんだから」
「それは俺も会いたいものだ」

その人に会ったら
成院を重ねて見てしまうのだろうか?
それとも、
改めてもう成院は居ないのだと
思い知らされるのだろうか。

「案外、
 南一族に移住した遠い親戚だったりしてな」

そうかな、そうかしら?と
みんなそう言うのよね、と。
納得できかねる様子で
未央子はいぶかしがっている。

「うーーん、そうね。
 でも、親戚なら私の事知ってるのかしら
 少し間違えていたけど」

「間違える?」

「その人ね、
 私の事、戒院の娘か、って
 言ったのよ」


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「『成院』と『戒院』」17

2020年10月13日 | T.B.2017年

宗主の屋敷に、戦術・占術・医術の大師が集う。

『成院』は次期医術大師として
麻樹に付き添う形で参加する。

医術と占術は
当代が高齢なので
次代候補が付いている。

戦術大師は前代が死亡した為
一時的な代理として任を任せられたばかりの者。

「………」

なぜ、歴代の猛者感で
座っているのか。

水樹ってああいう所ある。

戦いの腕も立つ、が
指導側となると少し不安。

不安だけど、
もう家庭も子供も居るし
そろそろ落ち着いて来た、よ、ね。

と皆も自分に言い聞かせる形で
無理矢理納得している。

次代戦術大師で水樹の兄、大樹が
ずっと胃のあたりを押さえているが
仕方ないよな、と
なんとも言えない目線を『成院』は送る。

そう、仕方がない。

まさか、前代の戦術大使が
数年で座を退く事になるとは
誰も予想していなかった。

砂一族の来襲。

大医師である麻樹に代わり
宗主の家系の患者を看ることが多い『成院』は
必要以上に物事を知ることになる。

そのせいだろう
がらり、と
周りの状況が変わったと感じる。

ふと、宗主の方を見る。

同年代で弟のように見ていた彼も
本来であれば宗主になる予定ではなかった。

宗主はこちらを見たように見えたが
『成院』の視線には気づかず、
そのまま村の守りの話しを進める。

「では、そのように」

話しは終わり
皆がぱらぱらと帰路につく。

大師と言われてはいるが
こういう場の話し合いに
あまり医術師が口を出す場面など少ない。

ただの頭数を揃えたような物だ。

「成院」

声をかけられ振り返る。

「宗主様」

共に歩いていた大医師は
それでは先に、と
一礼の後、場を離れる。

「で、宗主様、用件はなんだ?」
「………いや」

それはこちらのセリフだ、と
宗主は逆に問いかける。

「何かあるのか?
 もの言いたげだったが」

どうやら先ほどの『成院』の視線には
気がついていたらしい。

「大した事では……」

いや、と『成院』は
問いかける。

「これからどうしていくつもりだ?」
「どう、とは?」
「一族の事、それに、」

跡継ぎの事。

言葉にせずとも伝わったのか
宗主は眼を細める。

「いち医術師が口を出すことではないな」

そう答えるだろうと思った、と
『成院』はため息をつく。

そんな『成院』の様子を見て
宗主は言葉を返す。

「人の事を気にかけている場合か?」


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「『成院』と『戒院』」16

2020年10月06日 | T.B.2017年

「まだ間に合う」

南一族の村。
そこで、その男は言う。

「やり直すべきだ。
 全て話して、なにもかも」

いや、
いいや、と成院は首を振る。

「許されるわけがない」

「それでも、だ」

「分かってくれというのか?
 今までの十数年は
 全部、欺いた物だったと
 皆にそう言えというのか?」

そうだ、とその男は頷く。

待ってくれ、と成院は答える。

「無理だ」

今さらどの面を下げて、と
懇願する。

罰を受けるだろう。
その覚悟はある。
いつかは、と思っている。

でも、それは
今ではない。

「放っておいてくれ。
 いいじゃないか、このままで」

「駄目だ。
 それは許されない」

成院の苦しみなど知るわけもなく。
その男は言う。

「罰を受けたとしても、
 お前は全てを明らかにして
 帰らないといけない」

あまりにも横暴だ、と
成院は首を振る。

「お前に俺の何が分かると言うんだ」

「わかるさ」

男は答える。

「俺はお前だからな」


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「武樹と父親」12

2020年09月29日 | T.B.2017年


「いただきます」

いつも通りの夕食。
今日は武樹の好物が並ぶ。

気を使わなくても良いのに、と思うが
食卓には母親の好物も並んでいる。

母親なりに
自分自身へのご褒美なのかもしれない。

いや、
好きな物を食べて、
気合いを入れるという所か。

「もう、ね、
 13年前の話」

母親の話を、
武樹は頷きながら聞く。

「あの時、母さんは使いがあって
 村を離れたの」

初めての遠出だった、と
母親は昔を振り返る。

「そこで、ね」
「うん」

あ、と母親は言葉を止める。

「いや、もうちょっと遡るね。
 18年前から話すわ」

「えええ」

折角話しに乗っていたのに、と
武樹は肩を落とす。

「違うのよ。
 そこから聞いた方が
 話が分かりやすいかなって」

母親は静かに話し始める。

「驚くかもしれない。
 信じられないかもしれないけれど
 武樹、あなたの父親は」


その日、寝床についた武樹は
横になりながらも冴えた目で
暗闇を見つめる。

思っていた通りの事。
そうではなかった事。
これから、どうなるのだろう、という事。

状況が変わったかと言えば
そうではない。

今まで通りの事が多い。

「ああ、でも」

胸のつかえが取れたような。
どこか、すっきりした気持ちはある。

「おやすみ」

誰に向けたでも無しにそう呟き
武樹は静かに瞳を閉じる。



T.B.2017
東一族の村。ある少年の話。


「武樹と父親」11

2020年09月22日 | T.B.2017年


「沙樹くん」

何が何やら分からず
武樹は沙樹に言葉を吐き出す。

「もうやだ、全部嫌だ」

武樹のせいで母親は
肩身の狭い思いをしている。

自分が生まれたせいで。

「でも、なんで俺だけ」

自分と母親はこんなに苦しい思いをしているのに
医師とその一家はのうのうと暮らしている。
医師の娘なんて何も知らずに、
そんな事なんて知らされる事も無く。

「みんな、苦しめばいいのに」

うんうん、と
武樹を窘める事も無く、
ただ、静かに沙樹は頷く。

「………」

少しだけ落ち着いて
掠れた声で、武樹は呟く。

なんてことは無い。

ただ、ふと思った事が口から漏れただけ。

「ああ、でも俺。ちゃんと東一族なんだよな。
 砂一族よりはマシなのかな」

砂一族に攫われて
生まれてしまった子供。
そんなものよりは。

本当に無意識だった。

なにか、自分より酷い物を見つけて
それよりは、と言いたかっただけ。

「………うん」

今までのどれよりも
酷く静かな声で
沙樹が答える。

「そうだね、むっくん」

武樹は思わず顔を上げる。

まだ明るい時間のはずなのに
逆光で沙樹の表情はよく見えない。

何も知らなかった訳じゃない。
秘密だよ、と武樹は沙樹から聞いていたのに。

沙樹の体が弱いのは
おなかの中に居た頃に
母親が砂一族から毒を飲まされたから。

武樹は本当に
その言葉通りにしか受け取っていなかった。

なぜ、毒を飲むことになったのか。
その時、何かしらの接点が
沙樹の母親と砂一族の間にあったのか。

全部推測。それでも。

「あ」

間違えた。

「さき、くん」

違う。
今のは言ってはいけなかった。

謝らないと、と慌てる武樹の
腕を掴んで沙樹が言う。

「それならむっくん。
 俺達、この村を出て行こう」
「………え、沙樹くん」

さあ、と
武樹を立ち上がらせ
腕を引いてグイグイと沙樹は歩く。

「待って、え?え?今?」

どこにそんな力があるかと
驚く程に、武樹は引きずられていく。

家の前を通り過ぎ、
見慣れた道を抜けて
だんだんと村境の方へ。

「待って、沙樹くん、ちょっと、」
「だってむっくん、出て行くんだろう。
 それなら、いつだっていいじゃないか」

そうだろう、と沙樹は言う。

「安心して、俺も一緒だよ。
 どこに行こうか?北、それとも南?」
「いや、そんな急に」

うん?と
沙樹は首を傾げる。

「ええと、
 みんなに別れの挨拶とかしたいの?」
「……いや、あの」
「お金とか?
 そんなのどうにでもなるよ」
「でも、ほら」

ねえ、まさか、と
沙樹は言う。

「今さら、心の準備が出来てないとか
 言わないよね」

バッ、と武樹は沙樹の手を払って
後ずさる。

沙樹の表情が読めない。

怖い、と初めてそう思う。

「俺は、」

いつか出て行くんだ、とそう自分に言い聞かせて
今まで過ごしてきた。
分かっている。でも。

いつかって、いつだ。

「なんだ」

沙樹は少し悲しそうに言う。

「むっくんは、俺と同じだと思ってたんだけどな」

「―――沙樹く」

うん、と静かに笑う。
それはいつもと同じ様に。

「戻ろうか、むっくん」
「もど…………え?」
「驚いたよね、ごめんね」

沙樹は元来た道を戻り始める。

「あ、」

慌てて武樹はその後を追いかける。

「沙樹くん、俺、さっき
 あんな事言ってごめん」
「あんな事?」
「砂より、マシ、とか」

「いいよ。
 それよりむっくんが落ち着いたなら
 よかったよかった」

うんうん、と沙樹は言う。

「さあ、帰ろう」



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