「見仏」と「札所巡り」と「仏教少々」

仏像鑑賞と札所巡りと受け売りの仏教を少し

築地本願寺、法話2016.11.18

2016-11-18 22:35:31 | 仏教
大阪のほうの僧侶。38才というが
もっと年齢がいっている感じがする。

阿弥陀如来。いつでもどこでもいっしょ。
なんまんだーととなえることにより
いっしょにいさせてもらう。

自分は一応阪神ファン。熱心な人もいる。
野球できなくても金本を批判。
それと同じで仏法の話をわかったつもりで
考える。仏さまの話を聞くときは、
バカになってきいたほうがよい。

今までの人生で、母方のおじいちゃんの
死を看取ったことがある。脳梗塞を
繰り返していた。中学生のとき。
あまり実感はなかった。ただ、周りの
大人は泣いていた。

・・・

死んで終わりの人生ではないんです。

土橋しゅうこうという仏教学の先生。
その先生の句。
「両親送り、妻先に往き、この急ぐあかねの
雲は美しきかな」

この先生は大学の先生から、年をとって
実家のお寺の僧侶に。
火事でお寺が焼けるということもあった。
息子は東京で大学の先生。
おじいさん(土橋しゅうこう)が心配と、
嫁と子供はおじいさんにつきそい。
息子とは離ればなれ。
息子は、、、、自死。(原因は語られなかった)
一周忌がたったとき、嫁と子供は家を出ていった。

「両親送り、妻先に往き、この急ぐあかねの
雲は美しきかな」
この句は、お寺の中にかけてあった。

(もちろん息子が自死する前までの
句であったろうと思う。その後の
できごとの後であれば、
また違う句が生まれただろうと思う。)
コメント
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