ボクシングレヴュー

「TM」はタイトルマッチ、階級名につく「S」はスーパー、「L」はライトの略です。

WBA世界S・フライ級暫定王座決定戦 マルティン・カスティーリョvs石原英康

2004年05月16日 | 国内試合(世界タイトル)
石原英康は、早くから多くの期待を受け、またそれを
裏切ってきたボクサーだった。

アマチュアでの好成績を引っさげ、鳴り物入りでプロデビュー。
そのデビュー戦で、何と日本チャンピオン、スズキ・カバトとの
ノンタイトル戦に判定勝ち(しかしこの試合、かなり怪しい判定
だったようだ)。

そしてわずか3戦目で、カバトを破り日本チャンピオンに
なっていたセレス小林(後のWBA世界スーパー・フライ級王者)と
対戦するも、7ラウンドTKO負け。しかしそれでも陣営は
「日本人最短で世界王者に」の夢を諦めず、6戦目で世界ランカーの
ヘスス・ロハスとの試合を組んだ。これに勝てば、次はあの辰吉丈一郎の
記録「8戦目」を上回る、7戦目での世界挑戦という青写真を描いて
いたわけだが、そのロハス戦でKO負け。これで完全に歯車が狂った。

その後の石原は、格下相手に冴えない試合を続けながらも、ようやく
東洋太平洋の王座決定戦への出場に漕ぎ着けた。しかしそこでも
ダウンを奪われる大苦戦の末、明らかな地元判定で何とか勝利。
東洋タイトルは2度防衛したが、いずれもピリっとしない勝ち方だった。
華々しいデビューを飾り、かつては周囲の期待に包まれていた石原だが、
この頃にはもう誰も、石原が世界チャンピオンになれるなんて信じて
いなかったのではないだろうか。

そんな石原が、ついに世界戦の舞台に上がることになった。しかし
ほとんどのボクシングファンは、悲観的な予想を立てていた。
対戦相手は当初、セレス小林からタイトルを奪ったアレクサンデル・
ムニョスのはずだったのだが、ムニョスが負傷のため試合をキャンセル。
そこで急遽「暫定王座決定戦」と冠を替え、ランキング1位のメキシカン、
マルティン・カスティーヨと対戦することになった。とはいえ、
いずれにせよ石原にとっては荷の重すぎる相手であることには変わりなかった。

試合に先立ち、前日の深夜に特番が放送された。石原のここまでの道のりや
練習風景、あるいはその人柄、トレーナーや家族ら周囲の人との関わりなどを
追った番組だった。

石原は優しい青年だ。正直、ボクシングという過酷な勝負の世界には
向いていないんじゃないかとさえ思った。そんな彼が、初めての世界戦を控え、
普段以上の激しい練習をしていく中で、鬼のような形相に変わっていく。
「余計な優しさは(キャンプ地である)フィリピンに置いてきた」と
語った石原には、明らかに今までとは違う迫力があった。予想は圧倒的不利。
しかし「生涯最高の試合をする」という石原の言葉には、何やら不思議な
重みが感じられたのも確かだ。

そしていよいよ当日。石原の世界初挑戦のゴングが鳴った。決定戦なのだから、
立場的には両者とも「挑戦者」と言えるのだが、カスティーリョは既に
世界王者クラスの実力者との評価を得ており、やはり石原がカスティーリョに
挑む、というイメージだ。

ところがこのカスティーリョ、序盤こそその能力の高さを見せたものの、
どうも動きに精彩がない。急遽決まった試合だったため、明らかに調整不足が
見て取れる。しかしそれでも、石原に勝機があるとは思えなかった。
「石原は世界レベルの選手じゃない」それがほとんどの人の認識だったし、
不調とはいえカスティーリョも、しっかりとボディにパンチを集めている。

だが、石原は予想に反して大奮闘を見せる。まず、今までになくガードが堅い。
決して打たれ強くないのに、ムキになって大振りのパンチを打ち込もうとする
悪い癖が石原にはある。それで何度も痛い目を見てきたわけだが、今回は
きっちりその点を意識し、修正してきたようだ。

そして、戦いぶりに迷いがない。中間距離ではガードを固めつつ、
体格の利を活かしてカスティーリョをぐいぐいと押し込み、接近戦を挑んでいく。
カスティーリョは予想外のプレッシャーに戸惑っているようだ。石原は長身で
細身だから、アウトボクシング主体で来ると思っていたのかもしれない。
迷いのない石原、迷いが感じられるカスティーリョ。これまでひ弱さばかりが
目立っていた石原が、今日はたくましく思える。全く予想外の展開だ。

そして第6ラウンド、ほとんど誰も想像していなかったシーンが訪れる。
コーナーに追い込まれたカスティーリョに、石原の左ストレートが
まともにヒットしたのだ。一つ当たると、色んなパンチが当たるようになる。
接近しての左フック、離れて右ジャブ。カスティーリョはクリンチで逃げる。

しかしカスティーリョも世界1位のボクサーだ。7ラウンドはディフェンスに
徹し、続く8ラウンドには細かく正確なパンチで反撃する。カスティーリョも
疲れているが、ここまで攻め続けた石原の疲れも心配だ。

10ラウンド、そして11ラウンド。疲れが限界に達しつつある石原の動きが、
目に見えて悪くなる。ここまで固めてきたガードが開き気味になり、不用意に
突っ込んでいく場面が増えた。そこへ、カスティーリョのコンパクトな
右ストレートがジャストミート、ゆっくりと石原が崩れ落ちた。
石原は2度までも起き上がろうとしたが、最後は再びキャンバスに転がり落ち、
試合はストップされた。この試合に賭けた石原の執念が、悲痛なまでに
伝わってくるラストシーンだった。

大方の予想を、今回はいい意味で裏切った石原。まさに大善戦と言える。
再戦があるとすれば、万全に仕上げてくるであろうカスティーリョ相手には
やはり次回も不利の予想を立てざるを得ない。しかしあくまで個人的な直感だが、
石原が今回取った戦い方は、どうもカスティーリョにとってはあまり相性が
いいスタイルではないような気がする。つまり、次もいい試合になる可能性は
大いにあるということだ。ぜひ雪辱してもらいたい。






コメントを投稿