ボクシングレヴュー

「TM」はタイトルマッチ、階級名につく「S」はスーパー、「L」はライトの略です。

WBA世界ライト級TM 畑山隆則vsリック吉村

2001年02月17日 | 国内試合(世界タイトル)
試合直後は、煮え切らない思いだった。「リックの勝ちでは?」
という考えも頭をよぎっていた。しかし一晩考えて、やはり引き分け防衛
は妥当だった、という結論に達した。

試合前。チャンピオン・畑山は、「世界と日本のレベルの違いを教えて
やりますよ」と語っていた。僕はそれを、技術的なレベルの違いのことだと
思っていたのだが、実際にはそういう意味ではなかったのだ。

テクニックの面では両者に差はない。むしろリックの方が上かもしれない。
そんなことは畑山も当然分かっていた。本来彼は技術的にそれほど色んな
事の出来る選手ではない。彼の言う違いとは、「経験」である。

数字だけ見れば、キャリア13年で44戦のリックと、7年で27戦の
畑山、経験でもリックが上のような気もするが、リックのキャリアは
あくまで日本タイトル(22度防衛)のレベル。対する畑山は、世界の舞台で
何度となく闘ってきた。ここに大きな違いがあった。

確かにリックは老獪なクリンチワークで、畑山の最大の持ち味である
接近戦を見事に封じて見せた。効果的なパンチも幾つかヒットさせた。
しかし今回のリックはチャンピオンではない。挑戦者なのだ。
それはスタイル云々の問題ではない。ベルトを獲るには、もっともっと
アグレッシブに行かなくてはいけないのだ。

具体的に言えば、拮抗した勝負では、終盤、すなわち11、12ラウンドを
明確に取らなければ挑戦者は勝てない。リックにはそれが出来なかった。
ジャッジの採点なんてあくまで主観的なものだから、ある人がリック優勢
とつけたラウンドも、他の人には畑山優勢、と映るかもしれない。
そして終盤、リックが取るべきポイントは、逆に畑山が奪っていった。

最近の例では、星野敬太郎が世界を獲った試合を思い出して欲しい。
本来「受け」のボクシングを得意とする星野が、危険を覚悟でガンガン
前へ出て行った。そして最も大事なのは、終盤をきっちり押さえたことだ。
僕は星野が大差で勝ったと思っていたが、意外にも判定は小差だった。
12ラウンドを取っていなければ、負けていたかもしれないのだ。

畑山自身、崔龍洙に初めて挑んだ世界戦で、11、12ラウンドを
落としたばっかりにドローで涙を飲んだ苦い経験がある。その他にも
崔との再戦、ソウル・デュラン戦など、彼は薄氷を踏む思いで「世界」と
戦ってきたのである。世界レベルで圧勝できるほど、彼は強いボクサーでは
ない。彼の強みは、その事、つまり自分の弱さを充分知っていることだ。

だから畑山は、常に挑戦者のように前へ出る。ゴングが鳴ると同時に、
十字を切ってリングの中央に駆け出して行く。数々の苦い経験が、
本能的に彼を12ラウンド休みなしで前進させ続ける。そう、苦い経験。

日本・東洋レベルでは無敵だった彼が、世界ではベルトを獲ったり
獲られたり、涙を飲んだりギリギリで踏みとどまったり、その度に
持ち上げられたりボロカス言われたり、随分プライドを傷つけられてきた。
そんな事を繰り返してここまでキャリアを重ねてきたのだ。

加えて言えば、老獪さでも畑山は負けていなかった。リックのホールドや
バッティングに対する、露骨なまでの反則のアピール。実際にはそれほど
ひどいものではなかったし、反則と言うなら畑山もローブロー気味のパンチや、
クリンチ際に放つ後頭部へのパンチなどを打っていたのだが、あの露骨な
アピールが効を奏してか、レフェリーには見逃されていた。

リックはよく守ったが、挑戦者として、攻めのアピールが足りなかった。
片や畑山は終始攻め続けたが、効果的なヒットを上げることはできなかった。
姿勢やスタイルは違うが、両者攻めきれなかったという点を考えると、
やはり引き分けは妥当だと思う。

繰り返すが、両者に実力的な差はなかった。ただ一点、リックの不運が
明暗を分けた。それは、あまりに長く日本タイトルを守り続けてきて
しまった、という不運である。国内で自分の強さを見せ付け続けてきた
リックと、世界で自分の弱さを見せ付けられ続けてきた畑山。

そう言えば坂本戦の前、畑山はこう言っていた。「彼(坂本)はパンチがある、
僕はパンチがない。彼はアゴが強い、僕は弱い。だから勝てるんです」
モハメド・アリの言葉もある。「あまりに勝ちつづけたボクサーは弱い」

確かに試合自体は、かみ合わせの悪い、煮え切らない内容だった。
坂本戦のインパクトが強かったので、今回の試合には落胆したのも事実だ。
しかしそこには、両者のボクサー人生の綾が複雑に交錯していた。
その意味では、大いに考える所のあった名勝負、だったのかもしれない。

だからこそ、坂本戦の時にも書かなかったこんな長い文章を書いて
しまったのだろうし・・・。まあ名勝負は言い過ぎだとしても、だ。



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