ボクシングレヴュー

「TM」はタイトルマッチ、階級名につく「S」はスーパー、「L」はライトの略です。

WBC世界ミニマム級TM イーグル京和vsロデル・マヨール

2006年05月06日 | 国内試合(世界タイトル)
素晴らしい試合だった。ミニマム級屈指の実力を持った両者の激突であると
いうこと以上に、ボクシングの枠を越えた、まさに「人生を賭けた闘い」を
見たという思いで胸が熱くなった。

「フィリピンの最終兵器」マヨールは、早くから世界王座獲得を確実視
されていたホープ中のホープ。何と言っても軽量級離れした強打が売りだ。
また、イーグルは角海老宝石ジム、マヨールは三迫ジムに所属しており、
日本のジム所属の外国人選手同士による世界戦は、これが初めてである。

しかし、外国人同士の世界戦であるにもかかわらず、前売り券が早々に
完売となるほどの注目を集めたのは、そんな話題性によるものではなく、
この試合が近年稀に見る好カードであるからだ。マヨールの強打が炸裂
するのか、あるいはイーグルの卓越した技巧が最強挑戦者を封じるのか。
実力者同士の対戦に、早くからファンは胸を高ぶらせていたのだ。


第1ラウンドから、偵察戦もそこそこに、ハイテンポな強打の交換が
始まった。両者のパンチが当たっているが、ヒットした時のインパクトでは
やはりマヨールが上回る。初の世界戦の緊張感からか若干の力みは見られるが、
右にも左にも恐ろしい破壊力を感じさせる。最軽量級らしいスピード感と、
最軽量級とは思えないハードパンチの応酬。早くも場内が湧き上がる。

1ラウンドこそほぼ互角に打ち合った王者イーグルだが、続く2ラウンド
辺りから、パンチ力と突進力の差が出始める。マヨールの左フックを浴びて
イーグルの右眼が腫れてきた。ディフェンスの良さには定評のあるイーグル
だが、マヨールの怒涛の責めをかわし切れない。右アッパーも被弾し、
動きが止まるシーンもある。イーグルがパンチを効かされる場面など、
今まで見たことがない。

冷静に見ると、イーグルもコンパクトなカウンターを度々ヒットさせて
いるのだが、大きなパンチはほとんど当たらず、見た目の攻勢度では
明らかにマヨールの方が印象がいい。5ラウンドには鼻血、そして左眼の上も
カットしてしまった。これほどまでにイーグルが劣勢に追い込まれたことが、
かつてあっただろうか。「王座交代」の不穏な予感が濃厚に漂う。やはり
マヨールは本物の「怪物」なのか・・・。あのイーグルが、無残にマットに
沈められる姿すら目に浮かぶ前半戦だった。

最強の挑戦者を前に、もはや打つ手なしかと思われたが、しかしそこからが
感動的だった。イーグルが、凄まじいまでの勝利への執念を見せつけるのだ。
攻め続けて動きが(わずかではあるが)鈍ってきたマヨールとは逆に、
マヨールの攻撃パターンに慣れてきたイーグルには落ち着きが出てきた。
第8ラウンド、マヨールの大きなパンチをかわし、クリンチで相手のリズムを
寸断し、接近してはボディを叩く。まだまだ明らかな優勢とまでは行かないが、
持ち直してきたのは確かだ。それにしても、両眼が見えづらい状態でこれだけ
パンチを避けるとは、やはりイーグルは大したボクサーだ。

これ以降、イーグルの目には自信の色が戻ってきた。弱気や諦めの表情など
微塵もなく、ただやるべきことをやるだけだ、という澄んだ決意の目だ。
ただガムシャラに前に出るだけが闘志ではない。勝つために、ピンチの時こそ
自分を冷静に保つ、その精神の強さが本当の「闘志」と呼べるものでは
ないだろうか。イーグルの目を見ていて、そんなことを思った。

後半、マヨールの手数は減った。打つパンチもどこか中途半端で、前半の
勢いがない。これは疲れもあるだろうが、精神的に「迷い」が生じたことが
大きかったと思われる。それはマヨール自身も試合後に語っていた。
「イーグルが倒れなかったのは誤算だった」と。つまり、前半あれだけ
自分のパンチが当たれば、これまでの相手なら間違いなく倒れるか、もしくは
弱気になっていたはずなのに、イーグルは弱気になるどころか攻めて出てきた。
それが誤算だったということだろう。

もちろんそこには、天性の打たれ強さや、パンチの威力を殺す上体の柔らかさも
あっただろう。しかしそれ以上に、何としてでも勝つという執念、その精神の
強さこそが、マヨールの攻撃に自身を耐えさせた最大の要因なのだと思う。
優勢だったはずのマヨールが精神的に気圧され、逆に劣勢だったはずの
イーグルが、後半は明らかに(少なくとも精神面では)相手を圧倒していた。

10ラウンド、イーグルはまさに王者の強さを見せつけた。どっしりと構え、
さも簡単なことであるかのようにマヨールの打ち終わりにカウンターを合わせる。
マヨールも手を出すのだが、その腕は縮こまり、前半のような「ブッ倒してやる」
という殺気は既に失せている。そしてラウンド終盤の、ボディへの連打。この
無慈悲なまでの連打が、ついにマヨールを下がらせた。

11ラウンド、ポイントの優劣は分からないが、試合の流れはもう完全に
イーグルのものだ。じっと相手を見て、マヨールが前へ出ようとすると
そこにことごとくカウンターで小さいパンチをヒットしていく。改めて
イーグルの能力の高さを思い知らされた。

そして最終ラウンド、劇的な場面が待っていた。イーグルはもう自信満々で、
大きいパンチさえカウンターで当てていく。右クロスでマヨールが棒立ちに
なったところで一気の連打。そして残り1分、イーグルがボディから右フックを
返して、ついにダウンを奪ったのだ。ダウンそのものは、イーグルに押されて
バランスを崩しただけの微妙なもので、この裁定はマヨールにとって少々
厳しいものだったが、大きくよろめいて倒れこんでしまったことが、効いた
という印象を強くレフェリーに与えてしまったのだろう。

採点は、114対113、115対112、117対110の3-0。
ということは、仮にあのダウンがなくても、恐らくイーグルの勝ちだった
だろう。イーグルが見事2度目の王座防衛を果たした。


極貧の生活から、ふたつの拳だけを頼りにここまで上り詰めたイーグル。
そのハングリー精神は以前からよく語られてきたが、ことリングの上に
おいては、その精神力が目立つことはなかった。そこまでの劣勢に
追い込まれたことがなかったからだ。今回、最強の敵マヨールが、その
評価に恥じない強さを発揮して王者を苦しめたことにより、イーグルの
これまで見えなかった部分、つまりどんなに苦しくても勝負を諦めない
精神的な強さが出た試合であった。

また、序盤に優位に立ち、攻撃一辺倒になってしまったマヨールに対し、
イーグルはクリンチなども交え、最悪のピンチを最小限のダメージで
乗り切ることに成功した。そういったテクニック、キャリアの豊富さも
印象づけられた。

パンチ力、体のバネ。そういった身体能力では、あるいはマヨールの方が
上だったかもしれないが、やや自分の攻撃力を過信していた面もあった。
この初黒星は、マヨールにとっては今後の大きな糧となるに違いない。
持ち前の高い能力に加え、試合運びの巧さなども身につければ、いずれは
チャンピオンになれるのではないだろうか。

イーグル同様、マヨールもハングリーな環境から這い上がってきた男だ。
そんな二人の戦いは、単なるスポーツというより、まさに「生存競争」の
ように見えた。常日頃「美しいボクシングをしたい」と語っている
イーグルだが、この日は相手を抱え込みながらのパンチなど、少々
ダーティーな手口を使ってまで、勝つことに必死になっていた。

通常、最終ラウンド開始時には両選手がグローブを合わせることが多いが、
今回はそれすらなかった。それほど勝負に集中していたのだろう。

そして、ラウンド開始のゴングが鳴りコーナーを出る時のマヨールの表情。
「負けられないんだ、絶対に」という気迫、切迫感が痛いほど伝わってきた。
その必死な姿が感動を呼んだ部分も大きい。まさか、外国人同士の世界戦で
泣きそうになるほど感動するとは思わなかった。

日本のリングにチャンスを求めてやってきた二人の外国人ボクサーは、
その日本のファンの前で素晴らしい試合を見せてくれた。イーグルには
WBA王者・新井田豊との統一戦、マヨールには、更なる強いボクサーへ。
両者の今後にも大いに期待したいと思う。

小堀佑介vs藤田和典、マルコム・ツニャカオvs木嶋安雄

2006年05月06日 | 国内試合(日本・東洋タイトル)
イーグル対マヨールの前座には、二つのタイトルマッチが組まれていた。
実に豪華な興行で、しかもいずれも見応えのある試合だった。


まずは日本スーパー・フェザー級タイトルマッチ、小堀佑介の初防衛戦。
キャラクターはやや地味な小堀だが、試合はなかなか面白い。
真鍋圭太をKOした王座決定戦に続き、今回は元東洋太平洋王者(暫定)の
肩書きを持つ藤田を、ほぼ一方的に打ちまくってTKOに仕留めた。

それにしても、両者の力の差がこれほどあるとは思わなかった。
同じ角海老宝石ジムに所属する先輩王者、本望信人を彷彿とさせる
自在な動きと多彩なパンチで藤田を翻弄。アジアでも屈指のハードパンチャー、
フィリピンのランディ・スイコ(前東洋太平洋王者)とも10ラウンドを
フルに戦い抜いたタフな藤田からダウンを奪い、生涯初のKO負けを与えた。

一方の藤田は、あまりにも単調すぎた。ガードを固め、大きなフックを
狙い打ちするというスタイルで、上体の振りもほとんどないために
逆に小堀にいいように打たれていた。自分の打たれ強さを過信していた
のだろうか。


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続いては、東洋太平洋バンタム級タイトルマッチ。
元WBC世界フライ級王者で、現在は日本を主戦場とするマルコム・
ツニャカオの2度目の防衛戦だ。

挑戦者の木嶋は、サーシャ・バクティンが持っていた日本バンタム級
タイトルに2度挑んだが、いずれも敗れていた。その木嶋が健闘を見せる。
ツニャカオの速いパンチに臆することなく果敢に前進を続け、ボディを
中心に攻め立てる。これにはツニャカオも顔をしかめていた。

しかし結局は力の差が出て、ツニャカオが連打で11ラウンドTKO勝ち。
これまでの試合ぶりから、バンタム級としてはパンチ力に欠けるのでは、
という懸念もあったツニャカオだが、ここはパンチのある所を見せつけた。
やや苦しんだものの、貫禄の防衛戦だったと言えるだろう。

ただ、苦しい時に露骨に表情を曇らせるのはいただけない。
ツニャカオにそんな表情を作らせた、木嶋の奮闘も光った好ファイトだった。