ふっ と想うこと

山・雪・風・人、徒然なるままに--

スキー、という言葉、死語になるのかな

2019-12-23 12:03:01 | 旅行記
初滑り予定でしたが、どこにも雪無し(無理やりの人工雪スキー場はなんとか)。
ということで、当初予定の高山まで寄り道しながら。



来年の大河ドラマのモデル、明智光秀のゆかりの地を。









とにかく、住宅地のど真ん中にある明智城。車で出かけても何処も彼処も駐車禁止。確かに新興住宅地のクニャクニャした細い道だらけなので地元の住民にしたら無理もないかな。





展望台からは美濃の街並み。




申し訳程度に雪のある御嶽山


とにかく小さなお城


大河ドラマが決まって慌てて作った?看板

なにか違和感満載。


明智光秀といえば、どちらかと言うと有能な”官僚”ではあったが人は惹きつけるものは無い、とのイメージでどちらかと言うとあまり万人には評判悪いです。
このために地元からも明智光秀に対しては特に思い入れがないのか、明智光秀にまつわる遺跡も再開発されたりしています。また明智城も地元の人のお散歩コースみたいです。これが、やはり世の中的には悪役のイメージが強い吉良上野介公とは大きく違いますね。吉良上野介公は本当に地元に愛されています。
来年、大河ドラマ始まったら全国から観光客押し寄せると思いますが、地元、特にこの周りに住んでいる住人にとったら迷惑な感じが。
ここからは、飛驒方面へ。
日本有数の規模(日本一という説も)の飛驒鍾乳洞へ。

どちらかというと鍾乳洞の中の温度は一定なので夏は涼しく、冬は暖かいかな。
ガタピシときしむ木製トロッコで鍾乳洞の上部へ。

この鍾乳洞は横に広がっているというよりは縦に広がっている独特な鍾乳洞。











わが家が訪れた時には貸切状態。
降りていくとようやく団体さんが。

やはり、鍾乳洞の中の方が心もち暖かい、というよりも今年は外も寒くないです。雪、降らないはずです。
久しぶりに高山市内をブラブラと。

いつもの創業100年以上の菊乃屋さん。
いつもは”天とじ丼
でも、昨晩夜観たテレビの影響(孤独のグルメ)でカツ丼を。
近くの国分寺





よく行くお店をブラブラと。
すると面白い、というか問題なことが。
ご多分に漏れず、高山も外国人観光客、特にアジア系のツアー客が急増していますが、無知なガイドも多く、朝市では値切るのが楽しみ、と伝えているそうです。高山の朝市はそんな伝統、皆無です。値引きではなく、おまけにちょっとしたものをくれるということはよくあり、それが高山の朝市の伝統。おかげて朝市以外のお店でも平気で値切り交渉をするそうです。アジア系観光客でも、どちらかというと裕福そうな人達はそんなことはしないそうですが。やはりレベルの低い人達が増えてくるとソンなことが増えているそうです。ただでさえ狭い落ち着いた高山の街にはもうアジア系観光客はいらない、との声はあちらこちらで聞きました。でも、行政が口を出してきて外国人観光客誘致を進めようとするとそれ目当てに金儲けのために外から多くのお店が参入してきています。高山でも同じですが、とにかく行くたびに新しいお店ができ、お店の入れ替わりが多いこと。まともに続くお店が少ないです。そして高山らしさの無い、お店が増えています(高山で忍者、刀、芸者は無いですよね)。
この新たな参入者の経営維持のためにとにかく頭数だけ観光客を増やそうとする、その結果高山らしさが益々失われるという悪循環。これはなにもここだけではないでしょう。
とはいえ季節外れということもあるし、景気が良くない(政府はどこ見ているのか知りませんが好景気と!!!!)せいか日本人観光客は皆無。街で聞こえるのは中国語とタイ語。なにかアジアにできた日本人村のテーマパークに来たみたい。
昼日中、久しぶりに観光して感じました。









夜はいつものお店へ。
本当に人がいません。
翌日は、久しぶりに早起きして煩いアジア系観光客が出会う前に古い街並みを












8時半を過ぎると観光客も。
以前から気になっていた食堂へ。

朝早くから営業しているので気になっていました。素泊まりの外国人観光客相手かなと。
ところが中に入ってみると



これぞ日本の食堂、というおもむき。
朝定食。
そして何より、日本語以外、中国語はもちろん、英語すら見当たりません。
お話しを聞くと以前は少し離れた場所で営業していて、ここ場所で20年だそうです。
素敵です。
東京の実家経由名古屋へ。

いつも初滑りをする平湯温泉スキー場。スノーマシンの無い天然雪のスキー場。雪皆無。
ちなみに昨年はこんな感じ



昔、よく登った(そして居候もした)笠ヶ岳も申し訳程度の雪

あとは中央高速で。





八ヶ岳も甲斐駒も雪、どこ?という感じ。

本当に、”スキー”という日本語は死語になるのかな。

押し寄せるアジア系観光客を観ていて、感じるのはバブル時代の日本人観光客も同じことをしていたな、と。輸出の仕事をしていて似たようなことは経験しました。某ティ●●二ーで日本人観光客が棚の”ここからここまで買う”と注文していましたから。

歳をとると色々と、感じることも増えてきます。生きにくい世の中になったかな?


















コメント
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