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異所同名・同所異名バス停

2015-01-25 18:12:42 | 秋田の地理
秋田市にある「茨島(ばらじま)」バス停の続き。
前回の国道13号線上とは別の場所にも、「茨島」というバス停が存在する。”異所同名”といったところ。
13号線側の茨島バス停から茨島交差点を新屋方向へ左折した、県道56号線(広義の新国道)側にある。
 
上り側/下り側(2009年撮影なので、現在は表示板が若干変更されている)
国道の茨島と同じく、羽後交通と(市営バスから移管された)中央交通のポールが並んで立つ。上り側はぴったり寄り添って、下り側は微妙な距離を置いて。
しかし、羽後交通のポールには「茨島」とあるものの、中央交通のポールには「ハローワーク秋田前」とある。
一部地図サイトでは「茨島ハローワーク前」と表示されるものもあるが、そうではなく、場所は同じながら、バス会社ごとにバス停名が異なっている。

羽後交通は急行本荘線が通り、乗降とも可能。本数は毎時1本あるかないか。
(再掲)急行本荘線
中央交通は、大町経由新屋線と本数がわずかな新港線、茨島牛島環状線が通る。いずれも秋田市営バスからの移管路線。
新屋線も、今は本数が減ってしまって毎時2本程度。※新屋線のうち卸町経由用のハローワーク前は別の場所にある。
【2016年2月25日追記】2016年10月から、卸町経由新屋線の経路が変更(形式上は廃止→新規路線開設)されることになり、ハローワーク前を通らなくなるので、卸町経由用バス停は廃止されることになる。

このバス停は「茨島」の名称よりも、新屋線の「ハローワーク前」として知っている人のほうが多いかもしれない。
各バス停の位置関係

同じ場所に複数のバス会社のバス停が存在し、バス会社によってバス停の名前が違う“同所異名”のケースは全国的にたまに見られる。鉄道駅でもたまに存在する。
現在の秋田市内では、同所異名バス停はここともう1か所だけではないだろうか。

もう1か所は、ここから少し北に進んだ所。市営バス時代にさかのぼる。
(再掲)
羽後交通(高速湯沢、急行角館、急行本荘と秋田市内に来る全路線が通っていたはず)が「長崎屋前」で、市営バス(割山線上りと新港線)は「旭北錦町」。
中央交通は、長崎屋バスターミナルの中に入るので、路上にはポールがなかった。
【2016年11月21日追記】路上ではなくバスターミナルの中のバス停名について。
中央交通としてのバスターミナル内のバス停名は「長崎屋バスターミナル」だそうだが、羽後交通急行本荘線は、ターミナルの中に入っても「長崎屋前」という名称。こちら側も微妙に違うのだった。

これは、羽後交通は高速バスを共同運行しているよしみもあって、中央交通に合わせたバス停名にしたこと、競合関係にあった市営バスとしてはライバルの息のかかった(中央交通が所有する土地である)「長崎屋」の名前を使いたくなかったのかもしれない。
※ただし、長崎屋ができる前にここが車庫だった頃は、市営バスも「中央交通前」というバス停名だったことをうかがわせる表示もあった。

新港線と割山線が中央交通に移管された後も、「旭北錦町」はそのまま残った。
しかし、割山線の平日朝6本以外はすべてバスターミナルの中へ入るようになり、旭北錦町で乗降できる便数が激減した。
南高校前や弘前バスターミナル(前)のように、構内と路上に同じ名称のバス停が共存しているケースがある。移管後の長崎屋バスターミナルと旭北錦町も同じような関係ではあるが、名前が違っているのは、区別しやすくて親切。ということにしておきましょう。


さらに市営バス時代は、同所異名バス停がもう1つあった。
中央交通の長崎屋経由大川反車庫行き(「中央交通線」という路線名らしいが…)の路線において、長崎屋バスターミナルの隣のバス停「中央交通本社前」である。
市営バス時代は同経路の「大川経由交通局線」もわずかに走っていた。長崎屋同様、市営バスとしてはライバルの本社前を名乗れないから、「川元山下町」という名称だった。


話を戻して。
「ハローワーク前」と「茨島」は、どうして名称が異なるのか。以下は、広報あきたやWikipediaの記述を基にした推測です。
まずは異所同名の理由。
羽後交通で「茨島」なのは、13号線の高速湯沢線側と同一停留所とみなしているのかもしれない。
路線が分岐したすぐ先に、同一名称のバス停が分散設置されるケースで、秋田市内の旧市営バスや中央交通の路線では、「山王十字路」や「豊町」などの例がある。(「手形東町」は分岐ではないが離れた場所に分散している。ちなみに「神田」は外旭川と太平という全然別の場所にあり、それは他人の空似?)

ただ、急行本荘線側は「茨島」という名称では、大雑把な命名に思えないでしょうか。
高速湯沢線側では、茨島の次は大野口までバス停がないので、「茨島地区唯一のバス停」という意味で「茨島」で差し支えない。
一方、急行本荘線では、茨島-茨島三丁目-茨島四丁目と「茨島」が付くバス停が3つも続く。だったら、この「茨島」は「茨島一丁目」もしくは「茨島二丁目」でないと、おかしくないでしょうか?
その理由は、「新屋線のバス停がハローワーク前になった経緯(同所異名の理由)」と「羽後交通本荘線が茨島-三丁目-四丁目という順番になった経緯」に分けて、歴史をさかのぼれば見えてくる。

まずは前者。新屋線のバス停名。
新屋線は、秋田市の路線バスとしては最古の路線の1つで、交通局の前身である民間企業「秋田電気軌道」時代の1923年に運行が始まっている。(したがって新屋線は民営→市営→民営と変遷している)
また、「茨島」という地名は、かつては「茨島町一~ニ丁目」が存在し、1964年以降の住居表示で柳原新田、牛島などの各一部と合わせて「茨島一~七丁目」となっている。
新屋線の運行開始当時は、今の茨島一帯は田んぼで、後に工業地帯となり、さらに住宅地も形成されたのだろう。だから、当初から現在と同じ位置・数のバス停があったわけではないはずだ。

実は新屋線にも、昔は「茨島」というバス停が存在した。場所は現在のハローワーク前の位置だったと思われるので、昔は2事業者そろって「茨島」だったはず。(急行本荘線の運行開始時期が不明なので確証は持てない)

新屋線から「茨島」というバス停がなくなったのは、1968年10月20日。「経済大学前」に変わった。
経済大学とは、現在は下北手桜にあるノースアジア大学。
1964年に秋田経済大学として茨島(現在の茨島体育館などの場所。ハローワークの場所も?)に開学したのだが、4年遅れてバス停名が変わった。
その後、経済大は1983年に秋田経済法科大学に名称変更し下北手の現在地へ移転したので、バス停名は「茨島二丁目」に変わった。

さらにその後、川尻? にあった秋田公共職業安定所が、現在地・茨島一丁目に移転して来た。その正確な年は分からないが、1988年発行の市営バスの冊子時刻表に職安の最寄りバス停が「茨島二丁目」とされている。その後、1990年に職業安定所の愛称が「ハローワーク」となったので、(時期は不明だが)バス停も「職業安定所前」→「ハローワーク秋田前」となって現在に至っている。
【2019年10月9日追記】茨島のハローワークの建物が建てられたのは1985年だったことが分かった。したがって1988年時点では移転済みのはず。だいぶ遅れてバス停名が変わったことになる。
市営バスの側面行き先表示(方向幕)は、最後まで一貫して「職業安定所」表記
茨島→職業安定所というのが、地理的にはダブっているし、順番も逆のほうがいい(秋田駅側から行けばハローワークが茨島の最初の地点だから)気がする。LED化・系統番号付与された今もそうだっけ?
移管直後に見られた中央交通の自前車両の小型幕は「ハローワーク」となった
市営バスも以前の中央交通も、秋田大橋(バス停としては「秋田大橋前」)を単に「大橋」としているのが大雑把だが、今は「秋田大橋」になってる?
※市営バスから譲渡され、市営時代の幕をそのまま使い続けた車両では、移管後も「職業安定所」のままだった。現在はすべてLED化され「ハローワーク」に統一された。

つまり、新屋線のバス停は 茨島 → 経済大学前 → 茨島二丁目 → 職業安定所前 → ハローワーク秋田前 と名前が変遷してきた間も、羽後交通はずっと「茨島」で通してきたことになる。これが同所異名の理由。


そして後者。三丁目と四丁目もあるのに、なぜ「茨島」は「茨島」なのか。
急行本荘線は「急行」と名乗りながら、新屋線と重複する区間(茨島~日吉神社前)では9停留所のうち、秋田大橋前を除く8停留所で乗降を扱っている。(大橋前がないのは、隣の三菱マテリアル前と近すぎるからだろうか。たしかに大橋架け替え後は一段と近接してしまっている)【2月1日訂正】三菱マテリアル前と秋田大橋前を除く7停留所で乗降を扱っている。
しかし、たしか1990年代のどこかまでは、この区間でも新屋線よりかなり少ない一部のバス停にしか停まっていなかった。(遅くとも2000年には現在のようになっていた)その頃、茨島の次は、すっ飛ばして新屋支所前(現・日吉神社前)まで停まらなかったはず。

つまり、以前は急行本荘線で茨島地区唯一のバス停が「茨島」だったので、その名称でもおかしくなかったのだ。(新屋線のハローワーク前との整合性とは別として)
元々は「茨島」1つだけだった所に停留所が増えてしまった結果、茨島-茨島三丁目-茨島四丁目という違和感のあるバス停配置になってしまったのだった。

2009年の新屋支所前→日吉神社前や一昨年の美短入口→美大前の時は、中央交通も羽後交通もほぼ同時期にバス停名を変えている。
再掲)同じ路線上でちゃんと同所同名になっているものもあるのに
「茨島」も、本荘線のバス停増設時に「ハローワーク前」(もしくは「茨島一丁目」なり「茨島二丁目」なり)に変更すれば良かったのに、機会を逸してしまっているのだろうか。
【2016年10月14日追記】急行本荘線では、由利本荘市内で「ハローワーク本荘前」というバス停があるそうだ。もし、茨島を改称するのなら「ハローワーク秋田前」にしないとまぎらわしくなる。



前回も含めてまとめると、現在の「茨島」バス停は、
・[異所同名]国道13号線側に中央交通と羽後交通、県道56号線側に羽後交通と、(羽後交通としては)2か所に存在。
・(13号線側の)中央交通は片道だけの南高校行き新港線用で、もう片側はポールはあるもののバスは来ない。
・13号線側の羽後交通は、高速バス湯沢線の乗車専用/降車専用。共同運行の中央交通も使用。
・[同所異名]県道側は羽後交通急行本荘線用だけが「茨島」を名乗る。同じ場所の中央交通と統一されていない上、本荘線の停留所が増えたため近隣停留所ともちぐはぐな名称になってしまっている。


ところで、県道の上り(秋田駅行き)側「ハローワーク前」および「茨島」は、かつてはログハウス風の待合所があった。
現在は、冒頭の写真のようにポールだけが立つ吹きさらしのバス停。(パチンコ屋があるので、その気になればどこかで屋根や風除けはあるが…)

公道上ではなく、パチンコ屋の敷地にもまたがって設置されていたはずで、そのパチンコ屋の建て替えの時だったか、数年前に撤去されてしまったのだ。
近くの茨島三丁目や三菱マテリアル前では、近隣企業有志によるものと思われる待合所がある。いちばん新しくてきれいだったハローワーク前だけが、なくなってしまったのだ。
ここはハローワーク来所者や近くの専門学校の学生の乗車が多いのに。(待合所があったらあったで、全員を収容できない可能性もあるが…)
市営バス時代は、中に壁掛けタイプのバス接近表示(バスロケーションシステム)もあった
【2021年10月3日補足】これは2代目のバスロケ。初代バスロケ時代だった、1987年の映像を見たところ、待合室はなく、路上に自立式のポール(接近表示の標準タイプ)が設置されていた。

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9 コメント

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日野富士重ショートピンチ! (B’zライブトラック)
2015-01-27 16:26:10
北海道バスの事なんですが。
札幌から日産富士が転属してきました。置き換えられた車両はまだはっきりわかりませんが、日野富士重ショートの可能性もあります。
96年式の残りの日野ブルリ 2台は普通に見かけました。

置き換えられた車両分かり次第詳しくいたします。
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日野富士重工ショートついに (B'zライブトラック)
2015-01-30 17:23:24
残念ながら日野富士重工ショートは置き換えられてしまいました。札幌からの転属の日産富士ショートに置き換えられてしまいました。赤白~96年式まで採用していたシートや田文字テールや右左表示も見られなくなってします。
他にも96年式のキュービックも置き換えられ、修理したばかりのブルーリボンショート1台も置き換えられてしまいました。
ブルリシティが事故が起きフロントマスクが壊れ修理に出し、95年式のエアロm1台が札幌から来ましたが、いずれもブルリシティが復活したら廃車になるでしょうね。また小樽市内からでは、96年式は1台のみになってしまいました。
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日野富士ショート復活! (B'zライブトラック)
2015-02-09 15:24:41
離説していた日野富士ショートがLED表示になってました。最近の車両はどうなってるのか気になります。
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LED化 (taic02)
2015-02-13 00:19:05
LED化されたのなら、もうしばらくは使うということでしょうかね。
とりあえず安心でしょうか。
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小樽バス事業ではかなり動き出ています。 (B'zライブトラック)
2015-02-14 09:38:30
しばらく安心は出来そうですが、小樽市内ではかなり動きがかなり出ているので、今の所はっきり分からないです。無線番号とかも付けておりますが、95年式~96年式(中古除く)車両は付いておりませんし、小樽市内ではノンステップ化もしており新車が購入出来るまで無線番号付けず冬季対策車として使用するのかと思われます。他の車両も数台か付いておりませんが付け忘れだと思われます。
返信する
見させていただいた感想にはなりますが (卸町経由新屋線)
2017-01-29 15:52:22
一年も遅れて関連付けて感想かな?って。
ハローワークのバス停で羽後交通が変わらなかったのは推測ですが、「逐一対応するのは面倒」というのと「どっちに行っても同じ地区」という認識だったのでしょう。

旧ガソリンスタンド側にあった、市営の「茨島」は県庁経由御野場団地線の廃止に伴い、高速バスの降車専用のため、設置すると「誤乗」の恐れがあることなどから撤去されたのだと。

経済大は、ほぼグランドを含めて青山さんまでの一帯が大学だったそうです。 もちろん、旧7号側には「茨島一丁目」→「茨島体育館前」が団地線の時にはしっかりありました。

あと茨島のバス停の件ですが、(文章からですが)もしかすると
もともとは「茨島交番」付近にあったのではないかと推測します。 
道路交通法や道路の拡張、交通事故などで現在の位置になったのではないかな?と思っています。
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茨島 (taic02)
2017-01-29 23:15:26
どうなんでしょうね。
昔の茨島は、架け替え前の旭橋や歩道橋があった茨島交差点をかすかに記憶しているだけで、車線やバス停位置は分かりません。
古い地図を見ても、バス停位置の記載されていたとしてもアバウトなんですよね。

羽後交通のハローワーク前が「茨島」のままなのは、変更による手間や混乱を防ぐ意図もあるでしょうね。
あと、同じ路線で本荘市街地にも「ハローワーク前」があるそうなので、それとの混同防止とか。
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Unknown (Unknown)
2018-01-26 16:42:32
羽後交通の手間といわれるとそれまでですが、やはり、本荘行きの「茨島」と湯沢行きの「茨島」は別の名称にした方がいいと思います。

あえて言うなら、(特に羽後交通について)竿燈大通側の「山王十字路」と県道56側の「山王十字路」は別の名称にしてほしい(どちらも停車するのでなお紛らわしい。)
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山王十字路 (taic02)
2018-01-29 00:22:36
山王十字路は、中央交通の長崎屋経由でも2度通ります。近隣のオフィスなどを訪問する市外の人もいるでしょうから、分かりづらいことでしょう。
山王十字路東、山王十字路南と方位を付けるなどできそうです。
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