<美保神社 みほじんじゃ>
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天津神の意向を汲んだ事代主神は、
「畏れ多いことです。この葦原中つ国は
天照太御神の御子に差し上げましょう」と言い、
すぐに自らが乗っていた船を踏み傾け、
天の逆手を打って船体を青柴垣に変えると、
その中に隠れてしまいました。
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天津神らに国譲りを迫られた事代主神は、
特に抵抗することなくその申し出を承諾し、
「天の逆手」という呪術を施して、
海の中へ消えてしまったと記紀は記します。
恐らく、事代主神は大国主神と同様に、
出雲を取り巻く包囲網が強まりつつある現実と、
「その時」が迫っていることに気づいていたのでしょう。
もしかすると、すでに大国主神から様々な事情を知らされ、
自らの手で自身の処遇をすべく
準備をしていたのかもしれません。
天津神からの提案を聞いた大国主神が、
真っ先に事代主神の意見を聞こうとしたのも、
事代主神に対する大国主神の信頼が、
非常に厚かったことを伺わせます。
と同時に、大国主神は普段から、
事代主神を通して「大事な神託」
受け取っていたようなニュアンスも伝わってきます。
とすれば、やはり事代主神という神は、
大国主神の子ではなく、 大国主神に仕える
神官やシャーマンだったのでしょうか……。