<気多大社 けたたいしゃ>
「気多」と名の付く神社(および場所)は、
北陸地方ならびに日本海側に点在しており、
能登の周辺では、羽咋の気多大社、七尾の気多本宮、
富山県高岡の気多神社などがその代表格です。
一説に、気多(ケタ)という言葉は、
古代語では「サメ」(諸説あり)を意味するそうで、
出雲神話の「因幡の白兎」に登場する「気多の岬」は、
実は因幡国(鳥取県)ではなく、
能登の気多だったとも言われています。
羽咋の海岸には、「能登の白兎」の伝説も伝えられていますし、
もしかすると因幡の白兎の物語は、
鳥取県をはじめ日本海沿岸が共有する
「歴史的事実」だったのかもしれません。
ちなみに、気多大社のご祭神は大己貴命(大国主神)ですが、
神社の由緒によりますと、大己貴命は
出雲から300あまりの神とともに日本海を北上し、
気多大社の付近に上陸したのだとか。また、別の文献には、
気多の神は従者を率いて渡来した異国の王子であり、
能登半島一体を巡行し鬼神を追放したという話もあります。
いずれにせよ、古代のある時期、
大国主神が多くの神や従者(兵士)を率いて、
能登半島にやってきたのは確かなのでしょう。
そんな大国主神の「能登平定の軌跡」
をうかがわせるかのような祭事が、
気多大社には伝えられていました。