昨日、長尾街道を堺市の花田口から二上山まで歩きました。
阪堺花田口停留場から少し南に歩き、紀州街道と分岐する交差点からスタート。
スタートしてすぐのところにある菅原神社の御影石でできた神牛。
祭神の菅原道真が丑年生まれのため、牛はおつかいという位置づけであるようです。
阪神高速をくぐる。
堺東駅付近で南海高野線をくぐる。
北三国ヶ丘町にある方違(ほうちがい)神社。摂津、河内、和泉の3国の境目にあることからこの地は三国ヶ丘と呼ばれ、
かつどの国にも属さないため方位のない方災除けの神社として信仰を集めてきました。
社殿は現在建て替え中で、来年完成予定。
JR堺市駅付近の踏切を渡る。
松原市に入ります。布忍(ぬのせ)橋西詰にある古井戸である惣井戸。
近鉄布忍駅。
田井城今池親水公園。左奥は松原市民体育館。
「ちちかみばし」と長尾街道の道標。松原市役所が近くにあるこのあたりの道路は、街道を意識した整備がされています。
阪和道をくぐる。
羽曳野市に入ります。島泉丸山古墳(雄略天皇陵)。古市古墳群の一つで、実際の被葬者は明らかになっていません。
藤井寺市役所の裏手にある元禄十四年銘の道標。ここより200m西にあった道標を移築したとのこと。
西名阪自動車道藤井寺IC。
藤井寺市にある市野山古墳(允恭天皇陵)。堀はほぼ空堀になっています。
東高野街道と交差。
近鉄道明寺線と大和川を渡る。すぐに柏原市に入ります。
長尾街道と竜田越奈良街道の道標。引き続きまっすぐ進むのが竜田越奈良街道です。長尾街道はここで右折(南下)。
長尾街道は明治時代に二上山の北麓・田尻峠越が開削されましたが、今回は以前のルートであるさらに北側の関屋越ルートを通ります。
ブドウ畑のある道を登る。
舗道がなくなり、藪漕ぎもしながら山道を登る。
奈良県香芝市に入ります。関屋地蔵尊。地蔵尊の右脇にある道を登ると明神山です。長尾街道はここから右下方向に下ります。
山道が終わり、住宅街に出る。
近鉄関屋駅近くで西名阪自動車道をくぐる。
二上小学校近くの交差点。今日はここまでとしました。
近鉄二上山駅より帰宅。途中、京都駅前でダンポポ氏と飲みました。
阪堺花田口停留場から少し南に歩き、紀州街道と分岐する交差点からスタート。
スタートしてすぐのところにある菅原神社の御影石でできた神牛。
祭神の菅原道真が丑年生まれのため、牛はおつかいという位置づけであるようです。
阪神高速をくぐる。
堺東駅付近で南海高野線をくぐる。
北三国ヶ丘町にある方違(ほうちがい)神社。摂津、河内、和泉の3国の境目にあることからこの地は三国ヶ丘と呼ばれ、
かつどの国にも属さないため方位のない方災除けの神社として信仰を集めてきました。
社殿は現在建て替え中で、来年完成予定。
JR堺市駅付近の踏切を渡る。
松原市に入ります。布忍(ぬのせ)橋西詰にある古井戸である惣井戸。
近鉄布忍駅。
田井城今池親水公園。左奥は松原市民体育館。
「ちちかみばし」と長尾街道の道標。松原市役所が近くにあるこのあたりの道路は、街道を意識した整備がされています。
阪和道をくぐる。
羽曳野市に入ります。島泉丸山古墳(雄略天皇陵)。古市古墳群の一つで、実際の被葬者は明らかになっていません。
藤井寺市役所の裏手にある元禄十四年銘の道標。ここより200m西にあった道標を移築したとのこと。
西名阪自動車道藤井寺IC。
藤井寺市にある市野山古墳(允恭天皇陵)。堀はほぼ空堀になっています。
東高野街道と交差。
近鉄道明寺線と大和川を渡る。すぐに柏原市に入ります。
長尾街道と竜田越奈良街道の道標。引き続きまっすぐ進むのが竜田越奈良街道です。長尾街道はここで右折(南下)。
長尾街道は明治時代に二上山の北麓・田尻峠越が開削されましたが、今回は以前のルートであるさらに北側の関屋越ルートを通ります。
ブドウ畑のある道を登る。
舗道がなくなり、藪漕ぎもしながら山道を登る。
奈良県香芝市に入ります。関屋地蔵尊。地蔵尊の右脇にある道を登ると明神山です。長尾街道はここから右下方向に下ります。
山道が終わり、住宅街に出る。
近鉄関屋駅近くで西名阪自動車道をくぐる。
二上小学校近くの交差点。今日はここまでとしました。
近鉄二上山駅より帰宅。途中、京都駅前でダンポポ氏と飲みました。