「あなたを殺させるわけにはいかない」
(NumberWebの記事から抜粋)
「あなたを殺させるわけにはいかない」ミャンマー代表GK《難民認定》までの壮絶な経緯と支援者、J3クラブの厚い友情とは(木村元彦)
8月20日。待ち受けた報道陣に見守られながら、大阪出入国在留管理局に入っていくピエリアンアウンの表情は決して晴れやかとは言えなかった。
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8月20日。待ち受けた報道陣に見守られながら、大阪出入国在留管理局(以下、入管)に入っていくピエリアンアウンの表情は決して晴れやかとは言えなかった。
6月22日に提出していた難民認定申請が、異例の早さでこの日に認められるということは、すでに知らされており、本来であれば、日本における法的地位の安定に、喜びが全身を支配してもおかしくはない。しかし、その喜悦よりもはるかに大きかったのは、祖国で苦渋を強いられるミャンマー市民に対する憂慮であった。
「私のやったことなど、本当にちっぽけなこと。祖国で命をかけて戦っている人たちに比べれば、大したことではない……」
認定が下される日が近づくにつれ、周囲の支援者やメディアの関係者には、そんな言葉を漏らすようになっていた。2月1日に軍事クーデターを起こしたミャンマー国軍は、これに抗議する人々をまるで虫けらを殺すように殺害し続け、すでに8月下旬の時点で1000人を超える犠牲者を出していた。
帰国後に逮捕・拷問されることを覚悟していたが
5月に行われたW杯アジア2次予選にミャンマー代表として来日していたピエリアンアウンは、試合前の国歌斉唱の中、チームでただ一人、軍事政権の支配に抗議する3本指のポーズを示した。
ピエリアンアウンの抗議行動は、一部の的外れな批判にある「スポーツに政治を持ち込んだ」のではなく、その逆の「スポーツを政治から守った」行為であった。この勇気は計り知れない数のミャンマー人たちに希望を与えたが、本人はその代償として帰国後に逮捕・拷問されることも覚悟していた。
しかし、日本の支援者たちがそれを止めた。
「あなたを殺させるわけにはいかない。帰国してはいけない」というSNSを通じた熱心な説得によって残留を決めた。そして今、「私のやったことなど、ちっぽけなこと」と繰り返すのは、自分が少なからず内戦状態になる祖国よりも、安全な日本に定住できることに対する心咎(とが)めである。
国軍評議会が発表した「殺害指示」の不自然さ
異変が起こったのは、直後からだった。難民認定がなされた翌日の8月21日、ミャンマー国軍評議会が「サッカークラブ=ヤダナーボンユナイテッドのキャプテンであるウィンナインソーが、マンダレー市のパッコンウンチン地区の地区長の殺害を指示していた」と発表したのである。
ピエリアンアウンの難民認定の翌日に発表されたことも奇妙な符合であるが、それ以前に現役サッカー選手が殺人教唆を行なうという、にわかには信じがたい出来事が国軍によって発表されたのである。
しかも独立系メディアであるミッジマが伝えたところによると、殺害に使用されたのは、軍の将校クラスでないと保持できないスイスSIG社の9mm軍用拳銃ザウエルであった。この事実から犯行自体が国軍の自演ではないかというミャンマー人の識者もいる。
現在のミャンマー当局は、冤罪による逮捕でも拷問によって自白に追い込むことは、インセイン刑務所に収容された政治犯の証言からも知られている。今回の発表についても密室で行われた取調べによる供述であり、ミャンマーのサッカー選手たちに対して国軍による脅迫という意図があっても、何ら不自然ではない。
支援者も「車いすの母親とお姉さんが逮捕リストに」
ミャンマーの地元ヤンゴンで暮らす幼なじみのAが、GAD(行政指導管理局)から入手した情報をこう伝えて来た。
「サッカー選手を助けたことで、お前(アウンミャッウイン)の名前が挙がって、お前の母親とお姉さんが国軍の逮捕リストに載っている。気をつけろ。まだ家族が逮捕されていないのは手が回らないだけだ。そのうち順番が来る」
「日本にいるアウンミャッウインを逮捕できないから、その家族を代わりに逮捕して見せしめにするつもりなのだ」
「アウンと出遭った前と後では見える風景が違って来た」
チームメイトたちはどう見て、どう受けとめているのか。
「クーデターを起こした軍隊に命がけで抗議するといったあんな大胆な行動をとったというのでどんな人物か、最初の練習から見ていたんですけど、すごく物静かで真面目な態度で練習に臨んでいる。優しいからこそ、抗議をしたんですね」
「人に興味を持つと、その背景をもっと知りたいと思いますよね。僕はアウンに出遭った前と後では見える風景が違って来たんです。ミャンマーの現状ももちろんですが、ベラルーシやウガンダ、そしてアフガニスタンで起きている事が自分の立っている所と地続きて考えられるようになりました。アウンが来てくれたことは、自分の人生にとって大きな学びになりました。本当に本人は想像以上にシャイで……。でもようやく慣れてきて、弄(いじ)ったりできる仲になってきたところです」
日本語で自己紹介、「申し訳なかった」の真意
ミャンマーで1カ月拘束されていたジャーナリストの北角裕樹が鋭利な質問を投げかけた。
「あなたはいろんなインタビューで、申し訳なかったという発言をしているが、今回、日本でプレーすることを歓迎している人もたくさんいるではないですか。なぜあやまるのですか」
ピエリアンアウンの答えは哀切極まるものであった。
「私は日本で難民申請をしてこれを認定していただきました。母国ミャンマーでは、無辜な市民が発砲を受け、逮捕され続けるという酷い状況になってしまいました。私はその軍事独裁に対する抗議の意思を表明したのです。それで帰国できなくなって一時的に日本に残留し避難させていただきたいと言うお願いをしたわけです。これについて、私やクラブを批判される日本の方々に対し、心からお詫び申し上げたいと思ったから、申し訳なかったという発言を続けたのです」
ピエリアンアウンは分かっていたのだ。
自分を受け入れることでクラブが一部の人々から心無いバッシングを受けていることを。難民条約に批准しながら、難民に対するヘイトが公然と行われるこの国の恥ずべき状態はいつまで続くのか。被害者である難民が保護を受けるのは当然の権利である。ピエリアンアウンが謝る必要など微塵も無いのだ。
追記すれば日本政府はミャンマー軍閥企業への最大投資国のひとつであり、民衆を平気で撃ち殺す国軍を肥え太らせて来た責任は大きい。また、4月に駐ミャンマーの大使が公表した、軍に対しての非難共同声明に加わらなかったという日本外交の事実もある。
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