(9月12日東京新聞の記事からの抜粋です)
ハンセン病特別法廷で極刑
「菊池事件」教訓今こそ
1950年代に熊本県で発生し、ハンセン病患者とされた男性が無実を訴えながら死刑になった「菊池事件」を巡り、元患者の竪山(たてやま)勲さん(72)が再審を求めて署名活動をしている。極刑を導いたのは偏見に満ちた審理に過ぎず、それが元患者全体への差別を助長してきたと強い憤りを抱いてきた。竪山さんは「司法は速やかに再審を認め、教訓を社会全体で考えてほしい」と話す。
「憲法違反の特別法廷による死刑判決が執行され、そのままになっている。司法の世界はこれでいいんでしょうか」。
公判は「感染の恐れがある」のを理由に、ハンセン病療養所「菊池恵楓(けいふう)園」などに設置された特別法廷で開かれた。
ハンセン病は47年に治療薬の使用が始まり、既に治る病気になっていた。だが、公判は偏見まみれで進んだ。裁判官、検察官、国選弁護人は白い予防着と長靴を着用。書記官は証拠とされたタオルを長い箸でつまんで示した。無実を訴えるFさんをよそに、弁護士は「別段述べることはない」と検察側の証拠に全て同意した。
審理は実質4回だけ。53年8月に死刑判決が出ると、57年8月に最高裁で上告が棄却され、9月に確定。3回目の再審請求が棄却された翌日の62年9月14日、執行された。
菊池事件
1951年8月、熊本県菊池郡水源村(現菊池市)で、村役場の衛生係の自宅にダイナマイトが投げ込まれ、男性や家族が負傷。同じ集落に住むFさんが逮捕された。Fさんはこの事件の控訴審中の52年6月、菊池恵楓園内の拘置所から脱走。翌7月、男性の刺殺体が山道で見つかり、実家近くの小屋に隠れていたFさんが改めて逮捕された。
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1947年に福岡で発生した強盗殺人事件。福岡ヤミ商人殺人事件ともいう。死刑確定。被告は無実を訴え続け、ベトナム反戦運動にも参加した真言宗僧侶古川 泰龍(ふるかわ たいりゅう)さんが支援活動に奔走して真相究明書「白と黒のあいだ」を出版し、「全国托鉢」で無実を訴えたが、1975年に「叫びたし、寒満月の割れるほど」と無実を叫ぶ辞世の句を残して死刑が執行されてしまった。家族ぐるみで支援活動に取り組んだ古川 泰龍さんは2000年に亡くなっているが、息子の龍樹(りゅうじ)さんが闘いを受け継いでいる。昨年2月福岡で古川 泰龍さんの生誕100年記念行事が行われた。
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