マンゴの生産ハウス群から引き返すことにしたが、そのまま山崎街道に入り、そこから右折して、国道10号線に入って、平和が丘団地へ向かうのだが、いったいどこを走っているのか見当もつかず、はるか南の双山石のほうへとにかく走っていると、やがて人家が並ぶとおりに出た。五月の鯉幟が、庭に翻っている。真新しく大きな鯉が5匹も風になびいている。この家は純和風のお城のような家で、今どきまだこんな瓦屋根の日本建築を建てうる棟梁もいるのだなと感心する。と、その斜め前の家は、スペイン風の洋風住宅で、ベストを着た中年の紳士がゴルフの練習をしていた。
その道路は、生垣がつづき、その切れ目つまり門のようなところに看板が立っていて「ひだまり2号館」と墨で書いてあった。なんだこれ?と思ってよくみると老人福祉施設とあった。グループホームかデイケアセンターのようであるが、人影はなかった。ひだまりとはねえ、なるほど、そして2号館という絶妙のネーミングにはおもわず笑いださずにはおれなかった。1号館ではまだ現役すぎるのだ。3号館ではもう終わってしまうし、そこで2号館、この田舎道の生垣の中のひだまり。
おれはこういう施設に素直に入れるだろうか、いや入れるような老人になれるようにしなければ、これが若い世代への恩返しかもと、気分がすこし落ち込んではしっていると、きれいな喫茶店が、この藪が切れたところで、目に入った。ちかづくと、それは女性用の衣料、下着などを中心にした雑貨店であった。カーテンで窓は覆われて開店しているようでもなかったが、営業中とあった。その駐車場で垢抜けしたジーパン姿の若い女性が3歳くらいの男の子と遊んでいる。おそらく客も来ないので店の外であそんでいるのだと、思った。
そこで自転車を止め、降りて近づいて、声をかけると、はじめて彼女は顔をあげた。目鼻たちのくっきりした色白の美人であった。お店には、普通の輸入雑貨もあるんですか聞くと、ありますというので、入っていいですかというと、いいでしょうというので、あなたが、このお店の社長さんですかというと、家、私は遊んでいただけで、社長さんは中にいますよと気さくに教えてもらえた。
玄関ドアをぐっと押すと、開いた目の先にカウンターがあり、客一人と話こんでいたのが、細身の中年女性で、おどろいたようにぼくを見たのが社長さんであった。みていいですかというと、どうぞ、どちらからおいでですか、市内からです。いや、こういう場所に輸入雑貨があるとは、おどろきです、で中を拝見したくてと説明すると、微笑んでどうぞと招いてもらったわけだ。
おどろいたのは、婦人服だけでもびっしりと下がっており、装飾品の宝石から置物、人形、コーヒー、紅茶のセットもかなりのレベルのものが数セットある。そして万年筆が目に付いておどろいたら、それは携帯用箸であった。これはおもしろい作品で、値段も1500円ほどだった。雑貨は、予想以上に種類も量もあり、かつ洗練されているではないか。平たい石に模様を描き、飾りにしたものが、棚の品物のわきにひそかに置かれていた。彼女が、近くの浜辺で拾った石を彩色デザインしたという、好きなのだな雑貨が、とおもえたのだ。最後にいつから開業され、客の入り具合はと聞きたかったが、聞くのはためらわれた。と、おどろくことを彼女は言ったのだ。
「ここにお店を開いて18年になりますのよ」と。「えっ!18年、この同じ場所にですか!」「え、ただ今年駐車場を広げ、店も改装し、ひろげましたけど」
常連もついているということだった。だれも気づかない、だれもわすれているような場所に今流行のセレクトショップが、店を開いている、18年間も、これが人生ではないかと、おもわず青空が広がったような興奮が湧き上がってきたのである。
そして思い出したロートレアモンの詩で、手術台の上で蝙蝠傘と洗面器だったかが挨拶しているとかなんとか、この組み合わせの不思議さを歌った詩をである。人生は深いよね。
その道路は、生垣がつづき、その切れ目つまり門のようなところに看板が立っていて「ひだまり2号館」と墨で書いてあった。なんだこれ?と思ってよくみると老人福祉施設とあった。グループホームかデイケアセンターのようであるが、人影はなかった。ひだまりとはねえ、なるほど、そして2号館という絶妙のネーミングにはおもわず笑いださずにはおれなかった。1号館ではまだ現役すぎるのだ。3号館ではもう終わってしまうし、そこで2号館、この田舎道の生垣の中のひだまり。
おれはこういう施設に素直に入れるだろうか、いや入れるような老人になれるようにしなければ、これが若い世代への恩返しかもと、気分がすこし落ち込んではしっていると、きれいな喫茶店が、この藪が切れたところで、目に入った。ちかづくと、それは女性用の衣料、下着などを中心にした雑貨店であった。カーテンで窓は覆われて開店しているようでもなかったが、営業中とあった。その駐車場で垢抜けしたジーパン姿の若い女性が3歳くらいの男の子と遊んでいる。おそらく客も来ないので店の外であそんでいるのだと、思った。
そこで自転車を止め、降りて近づいて、声をかけると、はじめて彼女は顔をあげた。目鼻たちのくっきりした色白の美人であった。お店には、普通の輸入雑貨もあるんですか聞くと、ありますというので、入っていいですかというと、いいでしょうというので、あなたが、このお店の社長さんですかというと、家、私は遊んでいただけで、社長さんは中にいますよと気さくに教えてもらえた。
玄関ドアをぐっと押すと、開いた目の先にカウンターがあり、客一人と話こんでいたのが、細身の中年女性で、おどろいたようにぼくを見たのが社長さんであった。みていいですかというと、どうぞ、どちらからおいでですか、市内からです。いや、こういう場所に輸入雑貨があるとは、おどろきです、で中を拝見したくてと説明すると、微笑んでどうぞと招いてもらったわけだ。
おどろいたのは、婦人服だけでもびっしりと下がっており、装飾品の宝石から置物、人形、コーヒー、紅茶のセットもかなりのレベルのものが数セットある。そして万年筆が目に付いておどろいたら、それは携帯用箸であった。これはおもしろい作品で、値段も1500円ほどだった。雑貨は、予想以上に種類も量もあり、かつ洗練されているではないか。平たい石に模様を描き、飾りにしたものが、棚の品物のわきにひそかに置かれていた。彼女が、近くの浜辺で拾った石を彩色デザインしたという、好きなのだな雑貨が、とおもえたのだ。最後にいつから開業され、客の入り具合はと聞きたかったが、聞くのはためらわれた。と、おどろくことを彼女は言ったのだ。
「ここにお店を開いて18年になりますのよ」と。「えっ!18年、この同じ場所にですか!」「え、ただ今年駐車場を広げ、店も改装し、ひろげましたけど」
常連もついているということだった。だれも気づかない、だれもわすれているような場所に今流行のセレクトショップが、店を開いている、18年間も、これが人生ではないかと、おもわず青空が広がったような興奮が湧き上がってきたのである。
そして思い出したロートレアモンの詩で、手術台の上で蝙蝠傘と洗面器だったかが挨拶しているとかなんとか、この組み合わせの不思議さを歌った詩をである。人生は深いよね。
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