興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学者黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

自分の本当の感情に気づくのが遅くて困っている人のために

2016-05-09 | プチ精神分析学/精神力動学

サイコセラピーを始めたばかりのクライアントからよく聞く悩みのひとつに、以下のようなものがあります。

「誰かとネガティブな会話などのやり取りがあったのだけれど、その最中には何も感じなかった。でも、後になってそのやり取りを振り返ってみたら、イライラしてきて、怒りが収まらなくなった」

これは特にサイコセラピーのクライアントに限らず、身近のいろいろな人から聞く話ですが、臨床現場では特によく耳にします。文化を超えて。基本的に、日本人と比べて、言語化の割合がずっと高いアメリカ人のクライアントにも、こういう悩みを抱えている人が少なからずいます。その他の国籍のクライアントたちからも、このような悩みをしばしば耳にします。そうした人たちが無口かといえば、そういうわけでもありません。つまり、文化や口数を超えて、こうした問題を抱えている人が、この世には少なからずいる、ということが言えそうです。

しかし、なぜ文化を超えて、こうしたことに悩まれている方が多いのでしょう。それは、この問題が、多くの場合、文化を超えて、その人の生まれ育った家庭環境や、親との関係性に起因しているからです。


具体的にどのような関係性であったかは、人それぞれですが、ひとつ共通するのは、その人が子供のころ、親から、自分の気持ちをあまり大事にしてもらえなかった、ということがあります。

子供が自分の本当の気持ちを正確に認識できるようになるためには、親が、その子にきちんと向き合い、その子の気持ちをきちんと受け止めてあげなければなりません。受け止めて、その子の気持ちに、適切に応えてあげなければなりません。
しかし、親の何らかの個人的な問題で、その子の気持ちを無視してしてしまったり、うまく扱ってあげられないことが続くと、その子は自分の気持ちが良く分からない大人になってしまいます。


先ほど、それにはいろいろな関係性があると述べましたが、ここにいくつかの異なった性質と深刻度の問題を挙げてみます。

まず、一番ありがちなものに、子供の弱音や癇癪などの難しい気持ちをきちんと受け止めることができずに、子供にそういう気持ちを表現させなかったり、「とにかくポジティブに、前向きに」、というスタンスを押し付ける親です。
こうした親は、自分自身の本当の気持ちがよくわからなかったり、また、そういう自分の難しい感情との向き合い方がわからないため、子供がそういう感情を経験しているときにも、うまく向き合うことができません。多くの場合、こうした親は、子供を元気づけようとしたり、前向きな気持ちにしようとする良い意図があり、自身自身が子供時代に親から気持ちを自由に表現させてもらえなかったため、そうする以外の方法を知らなったのです。
辛い気持ちがでてきて親に伝えようとしても「辛いのはみんな同じよ。頑張りましょう」と片付けられてしまうことが多いと、難しい気持ちを感じることは間違ったことなのだ、いつでもポジティブな気持ちでいないといけないんだと子供は錯覚するようになります。

また、なかには子供が怒りや悲しみなどの感情を出したときに、叱りつけたり、その感情について非難する親もいます。するとその子は、自分の本当の気持ちを表現すると、怒られたり批判されたり拒絶される、と信じるようになります。自分の気持ちを否定されるのは傷つくし、本当に辛いので、他人に自分の気持ちを伝えることが、とても怖いことになります。

同様に、自分自身の怒りの感情に強い抵抗感を持っている親は、子供の怒りの感情も受け入れることができず、いろいろな形で、その表現を阻止します。それは意識的なことかもしれませんし、無意識的なことかもしれません。たとえば、子供が怒りを表すと、動揺したり、傷ついたりする親です。子供は親の様子にとても敏感なので、自分の気持ちについて話した時に親がそのようにネガティブに反応することを何度か経験すると、自分の気持ちを親に伝えることは、親を困らせる悪いことだ、と認識するようになり、表現することをあきらめるようになります。

また、先ほども申しましたように、子供は、受け止めてくれる相手がいないなかで、そのような難しい感情を抱き続けるのはとてもしんどいので、やがて、そうした難しい感情自体、感じかけた瞬間に、抑制したり、抑圧するようになってしまいます。ディズニー映画『インサイド・ヘッド』の主人公の女の子もこうしたことを経験していますね(これについては別の記事で詳しくお話したいと思います)


このようにして、自分の気持ちを感じないように、表現しないようにして長年環境に適応してきた人たちは、自分の本当の気持ちを認識できず、認識できないものは当然相手にも伝えられないため、人間関係のストレスに悩むことが多くなります。相手が自分のパーソナルスペースに侵入してきたり、自分のことを不当に扱ったときに、当然感じるべき怒りや苛立ち、悲しみなどをきちんと感じることができません。自分のニーズを周りに伝えられず、また、周りから自分のニーズを満たしてもらえないことが続くと、人はそのストレスなどでこころに支障を来します。


人間関係の問題で私のところにやってきた方たちは、サイコセラピーをはじめると間もなく自分の気持ちに再び敏感になっていきます。なぜならば、サイコセラピーを通して、何を言っても決して裁かれたり批判されたりしない、どんな気持ちもそのままセラピストに受け入れられる、というその人にとって新しい経験をすることで、そこには安心感のある新しい人間関係が生まれます。自分の話が理解されている、自分の気持ちが受け入れられている、そうした経験をするなかで、今までは無意識的に「危険」だと抑制、抑圧していた感情の表出が、危険でないものだと直感的にわかるので、本当の気持ち、本当に言いたかったことのストッパーがはずれて、言語化が可能になります。私たち人間は、そのあらゆる感情に意味があるので、その意味ある感情を認識できるようになると、自分が必要としているものにも敏感になり、自分にとってベストなものを選択できるようになっていきます。

サイコセラピーをはじめてしばらくすると、「最近イライラする」、「今まで感じなかった怒りをすごく感じるようになった」、「誰々に対して怒りを爆発させるようになっちゃって、誰々が困惑してる」、などという話もよく聞くようになります。「面倒な感情を感じるようになっちゃった。どうしてくれるの?」と怒られることもあります(汗)。また、冒頭の例のように、今までは自分の本当の気持ちを感じられるのは一人になってからだった人が、その人間関係でリアルタイムで感じられるようになり、時差がなくなっていきます。

ただ、心配することはありません。自分に芽生えた「新たな」怒りに最初は周りも自分も困惑するのですが、これは一過性のものです。そして、まずはぎこちなくても、バランス悪くても、表現される必要があるものです。実際、怒りを表現せずにはいられなくなって困惑している人たちは、同時に今までになく生き生きとしてきます。抑圧された部分の自分自身が戻ってきて、自己に統合され、より全体的に、より現実感をもって生活できるようになるからです。そして、この一時的な怒りの時期を通して、より適切に、効果的に、自分の気持ちを相手に伝えられるようになり、相手はその人のニーズを「はじめて」認識し、尊重するようになるので、人間関係は改善していきます。

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