興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学博士、黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

losing battle

2021-04-16 | 戯言(たわごと、ざれごと)
英語の表現で、”fight a losing battle” という言い回しがあります。

ケンブリッジ英英辞典の定義では、”to try hard to do something when there is no chance that you will succeed”、とあります。

つまり、成功する可能性がゼロである事に一生懸命取り組む事です。

私はこのlosing battle という語彙について考える事がよくあります。日本語でいう「負け戦」、「勝ち目のない戦い」と近いですが、微妙に意味合いが異なるように思います。

以前、ある3人のティーネージャーの親である聡明な女性とスマートフォンについて話している時に、彼女は子供達とスマートフォンの関係について悩みながら試行錯誤しているという文脈で、「これは本質的にlosing battle ですよね」と言いました。

社会的にとても成功していて、育児もかなりうまくいっていて、大抵の欲しいものは努力して手に入れてきた、敗北主義を憎悪するスーパーウーマン、いわば「人生の勝ち組」である彼女の口から出てきただけに、なんだか含むものの大きさを感じました。

詭弁や合理化でこじつけたら、losing battleなどは存在しないかもしれませんが、こうしたreframing (意味の作り替え)や外在化なしでこの言葉の意味について考える事に意味があると思います。

世の中、実のところ、losing battleな事物で溢れています。

私は母の若年性アルツハイマーとの取り組みにこれを感じています。

そして私はこの概念に随分と助けられています。

本質的に勝ち目のない戦い。

進行をある程度遅らせる事はできても、止める事も治す事もできない。

けれど、勝算がないという事をきちんと認識する事で、却ってしてあげられる事が増えたり、それ以外の多くの点での可能性が広がったりします。

負け戦だからと早々に諦めるのは間違っていますし、かと言って勝算のないものに悪あがきするのもまた違うと思います。

私が意識しているのはこの弁証法的な答えです。

負け戦には戦い方があります。

コールド負けにならないように、きちんと最後まで戦う事に意味があります。

手を抜いてはいけません。エネルギーを使う方向性です。

負けから何か大事なものを得るプロセスが大切だと思います。

それは絆だったり、それぞれの成長だったり、経験的知識だったり、人生に対するより深い理解だったり、本当に様々です。

例えば、なんとか治そうとして、勝てないものに勝とうとして、エビデンスのない民間療法に明け暮れたり、厳しい食事制限や運動や生活習慣を強いるような事は避けられます。

アルツハイマーの進行を早めるのはストレスです。

それならば、もちろん健康面や安全面は配慮しながら、なるべく本人が今まで通りの生活ができるように環境を整えてあげたり、なるべくたくさん家族での楽しい時間を持つように心掛けていくことの方がずっと良いと私は思います。

勝ち負けという物差しでは負け戦に違いないですが、それ以上の大事なのは、やっぱりその過程であり、試合内容だと思うのです。