興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学博士、黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

万引きなど、盗みの克服について

2017-09-04 | 横浜出張カウンセリング

今回はグレアムさんから、少年の万引きについての質問です。

グレアムさん、お待たせ致しました。ご質問ありがとうございます。

以下がグレアムさんからの質問です。


少年の非行についてお尋ねしたいです。

その子は5歳ころから、友達のおもちゃを盗ってきてしまうようになり、それから親のお金を盗む、万引きをする、とエスカレートしたそうです。10歳のときには、友達からお金を盗み、喫煙、飲酒などもするようになってしまいました。

しかし、荒れている雰囲気ではなく、暴力を誰かに振るうということもありません。口は悪いですが、明るく振舞っています。

本人は盗むのをやめたいと思っているのに、繰り返してしまうそうです。

このような子どもの心の中は、どのような状態であると考えられますか?

もし、黒川先生の患者、クライアントとして、この子がクリニックを訪れたならどのような可能性を考え、どのような治療をされますか?

周りの大人は、その子に何をしてやれば良いのでしょうか?

情報不足だとは思いますが、先生のお考えをお聞かせいただければ幸いです。

 


その子が私のオフィスに来たら、まず私がすることは、その子と信頼関係を築くことです。良い治療関係の構築に集中します。

まず、どのようにして信頼関係を築くのかがポイントです。いわゆる問題行動を起こした人がセラピーに来た時、一番大事なのは、何があってもセラピストがその人を裁いたり、批判したり、非難したり、セラピスト自身の価値観を押し付けたりしないことです。

これは決してそのクライアントの問題行動を是認するわけではありません。

ただ、その人の問題行動には、例外なく理由があります。問題行動は、その人のこころの問題の表れのひとつに過ぎず、本質的なものではないのです。

これは万引きに限らず、アルコール依存でも、薬物依存でも、ギャンブル依存でも、セックス依存でも、強迫性障害でも、摂食障害でも、リストカットなどの自傷行為でも、他のどのような目に見える問題行動においても言えることです。その理由について、理解を深めるように、対話を深めていきます。ちなみに、対話を深めるなかで、信頼関係も深まるわけですが、対話を深めるためには信頼関係を深める必要がある、というパラドックスがサイコセラピーには存在します。

さて、どうして問題行動の理由について理解を深める必要があるのかというと、それが「総合的」な問題解決のために不可欠だからです。

それはたとえば、「煙草をやめたい」と言って私のところにやってきた方と、禁煙の方法など、煙草のことばかり話していても、その人はいつまで経っても煙草をやめられない、というようなことです。その人が煙草をやめられるようにするには、煙草以外の、より本質的なことについても話し合い、理解を深めていく必要があります。もちろんその人の喫煙についても話しづつけますが、あくまで喫煙は何かより本質的な問題のひとつの表れに過ぎず、つまりそのより根本的な問題が改善、解決していくなかで、その人は自ずと煙草へのこだわりをなくし、やめられるようになっていきます(たとえば、喫煙はその人の人生における日々の大きなストレス源に対する対処策であったりします)。

少年の盗みについても同じことが言えます。特にこの子は5歳の時から万引きの症状がでていて、歳を重ねるごとに問題は広がっていっています。比較的深刻なケースではあると思います。友達からお金を盗ることから始まり、万引き、親のお金を盗る、喫煙、飲酒と、反社会的な行動が広がっています。

私がまず気がかりのは、この子の乳幼児期の家庭環境や親子関係、成育歴、特別な出来事などです。家庭環境など、もしかしたら周りからは特別な問題は見えないかもしれませんが、そこには何か深刻な問題があるのではないかと思います。そうした問題は、今も続いているかもしれませんし、今は続いていないけれど、トラウマとしてその子の心の中で続いているかもしれません。

このように、未解決の問題やトラウマなど、根本的なものを解決、克服していくことで、その本質的な問題の具現化としての問題行動は徐々になくなってきます。

精神力動学的には、その子の窃盗という行為が、その子にとってどのような「象徴的な意味」があるのかについても探っていきます。

窃盗とは、「行動化」(acting out)の一種です。行動化とは、以前の記事でも触れましたが、その人がうまく意識化したり言語化したりできない心の葛藤や精神的苦痛などを、「行動」によって無意識的に表現することをいいます。

それと同時に、認知行動心理学的に、その子の窃盗という行為の心的な報酬や、より具体的な意味についても理解していきます。

グレアムさんのその子との関係性にもよりますが、グレアムさんをはじめとする周りの大人にできることは、その子に対して批判的になったり、裁いたり、叱責したりすることなく、また、思ってもいないことを装ったり取り繕うこともなく、じっくりと話を聞いてあげること、寄り添ってあげることだと思います。

そのなかで、「何かできることがあったらいつでも遠慮なく言ってね」と伝えて、いつでもその子を助ける準備があることを伝えておくようにします。

大人もそうですが、子供の万引きは窃盗は、本質的には、物欲ではありません。実際、家が貧しいわけではなく、ときにむしろ裕福な家庭の子が、万引きをしたりします。

本当に貧しくて食べるものがなかったり、学校生活の必需品である上履きなどが買えなかったりしてやむなく行う窃盗とは、心理的・物理的にも大きく意味が異なります。このように明白に物理的な理由がある場合、その危機的な貧困状態が軽減、解消すると、窃盗行為そのものが、自ずとなくなっていくことが多いです。

もちろん、生活に困っていない子であってもお金を盗めばそのお金で普段買えないものを買えて楽しんでいるようなことは観察されたりしますが、それではその子が本当の本当にその物品が欲しかったのかというと、それは甚だ疑問です。こうした種類の盗みをする子は、何か心の中に空虚感があります。補わなくてはならない、こころの空白や欠乏です。この象徴的な意味での「何か足りないもの」を補うべく、その子は盗みを繰り返します。

問題は、クレプトマニアという、万引きが脳の報酬系と結びついてしまう精神疾患で、盗む前の緊張感、焦燥感や、盗んだときのそこからの強い開放感や充足感などが特徴で、これは、ギャンブルなどの依存症や、強迫性障害とも近い精神病理です。このような場合、上記の精神力動的精神療法に加えて、より特化した認知行動療法(嫌悪療法/aversion therapy,系統的脱感作法/systemtic desensitization, エクスポージャー法/exposure therapy, 条件抑止法/conditioned inhibition, hidden sensitizationなど)や、行動療法、さらには薬物療法などを加えて治療する必要があります。

しかし、現時点でこの子がクレプトマニアに罹っているとは限りませんし、まずはその子の話をとことん聞くことからはじまります。

というのも、どんな具体的なテクニックを使うにしても、まずは本人が本当にこころからその問題を克服したい、良くなりたい、と強く願い、治療と改善に対して強いモチベーションを抱かない限り、効果は期待できないからです。

分かりやすい例として、アルコール使用障害を克服したい人のために、アルコールを飲むと吐き気を催す薬が処方されたりしますが、お酒をやめたいと心から願っていない人が、飲むと吐き気という非常に不快な経験をする薬を一定期間摂取し続けるということが考えにくい、ということです。依存症や衝動性障害の克服には、本人の克服したいという気持が重要です。このために、モチベーション付け面接(Motivational interviewing)などのテクニックが使われます。

もうひとつ、これも非常に大事なことですが、どんなに有害な行動で、たとえ本人がその行動に精神的・社会的・対人関係的な苦痛を経験していても、その行動は、何らかの形でその人のことを助けてくれています。それは、先述したように、その人にとってのストレスや精神的苦痛に対する適応手段です。

つまり、この問題を取り除くに至って、特に大事なのは、その人がこの問題行動に取って代わる、新しい適応手段を身に着けていくことです。代替になる、より建設的な適応手段が見につけば、その問題行動を手放すことへの抵抗感も軽減します。この代替となる適応手段の構築なしでその人から問題行動を取り除くのは危険であり、また、本人にとって、むしろ有害になる場合が多いです(脚注1)

こうした新しい適法方法やリソースを一緒に探してあげたり、その構築を手伝ってあげるのも、周りの大人ができることかもしれません。

 


(脚注1)これはたとえば、アルコール使用障害の人が、周りからの物理的な強制力などを借りて断酒したときに、今までお酒に酔うことで感じないようにしていた感情や、考えるのを避けていたことなどが、一気に襲ってくるようになり、深刻な抑うつ状態になってしまうような場合や、10代の子が、耐え難い精神的苦痛や空虚感に適応するためにリストカットをしていたところ、親が無理やりリストカットをやめさせたことで、適応手段を失い、本当に危機的な精神状態に陥ってしまうような場合について考えると、分かりやすいかもしれません。ここまで深刻ではなく、やめたくてもなかなかやめられない悪い習慣に悩んでいる人は、本当に多いです。悪い習慣がやめられない人の多くは、その「悪い」習慣に含まれる、ポジティブな要素、つまり、その人を助けてくれている一面についての認識がなく、とにかくその習慣を無理にストップすることを試みるため、結果として、精神的にしんどくなって、時間の問題でその習慣を再び始めてしまいます。しかし、その「悪い習慣」に含まれるプラスの要素を多分に含んだ、より建設的で良い習慣を少しずつ身に着けていくことで、その「悪い習慣」に対する依存も少しずつ軽減し、本当にやめやすくなります。

この少年の窃盗については、それを無理にやめさせたところで、どのような問題がでてくるか、はっきりとしたことは分かりません。たとえば、喫煙の量や頻度が高くなったり、飲酒の量が深刻になるかもしれませんし、より深刻な薬物に手を出すかもしれませんし、暴力性が出てくるかもしれませんし、攻撃性が自分自身に向いて、自傷行為などに陥るかもしれません。このような明確な新しい問題行動が出てくるとは限りませんし、代替となる適応手段なしにうまく辞められる可能性もゼロではありません。つまり問題なのは、うまく辞められる可能性は低く、精神的にバランスを崩し、より深刻な問題に発展するリスクが少なからずあるということです。