(北海道新聞夕刊<魚眼図>2011年12月22日掲載)
人類はアフリカで生まれた。
この見方が、近年の人類学では定説となっている。言うなれば、アフリカが地球上に生きる全ての人間の故里(ふるさと)というわけだ。念願かなって、今年僕はそこに「里帰り」することができた。
現時点で最古とされる人類の化石は、中央アフリカで発見された約700万年前のものだ。けれども集中的に古い人類の化石が見つかるのはアフリカ東部である。ここで、変わり種として足跡の化石が発見されたことがある。1976年にタンザニア北部のラエトリで、ある調査チームが滞在していたときのこと。火山灰が凝固した岩盤に、動物の足跡らしきものが刻まれていることに、ある研究者がたまたま気づいた。
2年後の発掘調査で他の動物の足跡に混じって、現生人類の祖先、アファール猿人のものとみなされる足跡が発見された。人類の第一の特徴は直立二足歩行だが、この足跡の化石はその証拠として貴重である。放射年代測定の結果、これは約360万年前のものだとわかった。
はるかな昔――火山が噴火してこの一帯に火山灰が降り積もった。雨が降ってぬかるんだ上を、3人と思われる人が歩いた。乾いた足跡の上を新たな火山灰が覆い、保存されてきた。360万年もの長きにわたって。
時は下り、10万年前ごろから、現生人類の祖先の一部はアフリカから世界の他の地域へと歩み出していった。その子孫が私たちである。日本に住む私たちも、その人類の大いなる旅の道のりの中にいる。
ラエトリの足跡は保存上の理由から今のところ見学できない。その複製は近くのオルドヴァイ渓谷博物館で展示されている。周囲には果てしない草原が広がっている。かつてここを歩いた人類の不安、そして彼方(かなた)への憧れに僕は思いを重ねた。
(小田博志・北大大学院准教授=文化人類学)
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