小田博志研究室

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殺すなかれ

2022-04-05 | 魚眼図
 アンデス出身のペルーの国会議員が札幌にいらっしゃるとのことで、3年前の2019年に講演会のお手伝いをした。タニア・パリオナさんはバイタリティ溢(あふ)れる30代の先住民族女性だった。彼女の話の中で、ペルー国内で武力紛争が起こり約7万人もの犠牲者が出て、その内約2万人がいまだ行方不明ということに驚いた。
 このときの縁で僕はこの年と翌20年、ペルーを訪れた。タニアさんの故郷アヤクチョは紛争の影響を特に受けた。反政府勢力センデロ・ルミノソが武装闘争を開始したのが1980年。それは国軍との激しい戦闘に発展し、板挟みになった先住民族の村々で多くの犠牲者が出た。センデロは自分たちに従わない村人を殺害した一方で、センデロの側だと疑われた村人たちを国軍は容赦なく弾圧し、殺した村人の遺体を秘密墓地に埋めた。残された女性たちは、突如奪われた父、夫、あるいは子どもを探し求めたが、彼女たち自身が性暴力を受けたり、遺体を犬や豚が食べているシーンを目撃したりなどのすさまじい体験をしてきた。そんな女性たちが手をつないで「ANFASEP(ペルー誘拐・拘束・失踪者家族の会)」を立ち上げた。
 さらに彼女たちは行方不明の家族の記憶を保ち、こうした紛争を繰り返させないために、アヤクチョに記憶博物館を設立した。そこには家族の顔写真や遺留品の服などと共に、ANFASEPの十字架が展示されている。その横木に「NO MATAR(殺すなかれ)」とくっきり書かれている。彼女たちは暴力に屈せず、沈黙を破って、この十字架を掲げデモ行進をした。かけがえのないいのちを殺すなかれ。暴力と痛みのただ中で発せられたこの言葉の向こうに、いのち育む世界が広がっている。
 (北海道新聞夕刊<魚眼図>2022年3月15日)    

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