小田博志研究室

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『エスノグラフィー入門』を授業現場で使う 7

2010-07-22 | エスノグラフィー

 本日は3人の発表(3年生1人、2年生2人)と、期末課題の配布をしました。

 研究計画の発表で1人30分というのは短すぎると改めて実感。45分ほしいところです。この授業は昼休み前なので、多少(今日などは20分近く)延長が効きますが、それでもきつきつで、十分に質疑応答ができません。

 期末課題として、1.研究計画書の作成、2.項目別文献表の作成、3.授業と教科書へのフィードバックを求めました。

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 文房具を調べるというアイディア。

 文房具って身近なモノで、特に大学では必需品です。しかしそれを正面きって研究したという例が思い浮かびません。

 少なくとも文化人類学の分野ではほとんどないように思います。この分野が長らく「無文字社会」を対象としてきたため、文字を書く道具としての文具が視野に入らなかったのかな?

 いずれにせよ、生活の中でこれだけ大事なモノを、改めて見つめなおしてみる価値はあるはず。

 発表者が出してきたのは、札幌市内の文具店における「商品分類体系」の調査。「分類体系」といえば、デュルケームとモース(『分類の未開形態』)やメアリ・ダグラス(『汚穢と禁忌』)の古典的著作がある、人類学の王道ともいえるテーマの一つですね。

 ただし、今はそれだけにとらわれず、いろいろな可能性を広く思い描いてみましょう。

 「最初は広く、だんだんと狭く」(p.51)がエスノグラフィーのプロセスの特徴。文具に関して、いろいろな側面をブレインストーミング式に考えて、調べてみるのです。

 これ、という問いが見つかるまで、視野を広げて、いろいろな現場と情報を調べていくのです。文具だけでなく、その周りもみましょう。意外な発見へのアンテナを張りながら。

 事前調査の段階で勧められることの一つは、大書店で関連コーナーをチェックすることです。札幌だと、札幌駅前の紀伊國屋書店や大通のジュンク堂書店などに立ち寄って、「文具」に関係する本のコーナーを見てみましょう。すると必ず、こんな本が出ているのか、こんな切り口があるのかなど、意外な情報や発見があります。

 僕はある書店の「文房具」のコーナーで『筆箱採集帳』という本を見つけました。いろいろな人の筆箱の中身を写真に撮ってまとめた、何ともマニアックな本。でも、こういうものも、文具の使われ方をエスノグラフィックに明らかにするアプローチとして参考になります。

 文具に関しては販売の場面だけでなく、商品開発―製造―消費―使用などの場面があるはずで、最初はそれらを広く捉えて、研究上の切り口を探してみるよう勧めます。

 これは言い換えると、学生・消費者の視点だけでなく、文具の開発者、生産者、販売者など多様な視点に立ってみるということです。

 商品開発に対して、エスノグラフィーは潜在的なニーズを発見するマーケティング手法としても活用されていることを伝えました。この授業でも、そうしたビジネス・エスノグラフィーにチャレンジしてもらって構いません。その際には、むしろ使用の現場をよく観察して、文具が日常や学校でいかに使われているのか?どのようなニーズが認められるのか?という問いを扱うことになるでしょう。

 また、いろいろな文具(三色ボールペン、カドケシ、付箋紙など)が開発されたストーリーを調べてみても面白そうです。

 英語には文具に当たる言葉がないという指摘、面白いです。たしかにstationaryですね。(ただしドイツ語では”Schreibwaren=書く物”という言い方が普通です。)

 文具の比較文化をしてみるとどうでしょうか。ペンだとかノートは洋文具です。その一方で筆や半紙は和文具ですね。その和文具も、中国に源流があって、「文具四宝」という言い方をします。他の地域(例えばイスラム世界)における文具はどのようなものでしょう。

 モノ(artifact)研究という理論的視座は、より広い捉え方を可能にしてくれそうです。何らかのモノ(布、家具、実験機材・・・)と人間との関わり方にアプローチする視点ですね。人と文具との関係を見ていくとどうでしょうか。

 おそらく、IT家電(ノートPC、携帯、ipadなど)に押されて、紙とペンを代表とする文具界には危機意識があるのではないかと推察します。家電と文具とのせめぎあいの現場はどうなっているのでしょうか。そして、その苦境に対抗して、文具界はいかに攻勢に出ようとしているのでしょうか。そうした現代的文脈の中での、変動と主体性をも捉えてほしいものです。

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 ラオスの古都ルアンパバーンの世界遺産化に関する研究。

 その市街地が世界文化遺産として登録された理由として、「ラオスの代表的建築と19・20世紀のフランス式都市構造との融合」があるのだそうです。そこにはフランスの植民地支配の「遺産」を肯定的に評価する視点があるようです。

 これは朝鮮総督府を、日本の植民地支配の「負の遺産」とみなして解体撤去した韓国とは異なった視点です。その一方で、最近では、植民地時代の日本家屋を保存しようという韓国の自治体もあるそうです。

 ドイツの植民地であったナミビアでは、長らく首都ウィンドホークのシンボルとされてきた「騎士像」が昨年撤去されました。これはドイツ統治時代に建てられたもので、南ア占領期を経てナミビアが独立してから、撤去すべきとか残すべきなどの議論があったそうです。結局は、完全撤去ではなく、少しずらせて移転するという案に落ち着いたとのことです。

 このように植民地時代の「遺産」の捉え方、扱われ方も多様です。ルアンパバーンの場合はどうか。何がそれを決めていくのか。どんな文脈があり、アクターが関わっているのか。

 ルアンパバーンは、「ポスト・コロニアリズム」のテーマを、世界遺産と関連づけて研究することができる現場だと、発表を聞いていて興味がかき立てられました。ポスト・コロニアル研究とヘリテージ研究とを融合できる場所だということですね。それに観光というテーマも関わってくるでしょう。

 ユネスコをはじめ、多様なアクターが複雑に関わり合っているでしょうから、それを腑分けしながら調べていくと、かなり本格的な研究へと展開しそうです。

 歴史的文脈(ラオスの歴史だけでなく、フランスによるインドシナの植民地支配、インドシナ戦争、ヴェトナム戦争)をよく踏まえることが特に必要な地域でもありますね。

 アメリカがヴェトナム戦争に動員したモン族が居住しているところでもあるようだから、エスニシティ論からみても面白いでしょう。

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 北海道ローカルなコンビニエンスストアに焦点を当てる研究計画。

 まず、「現場からはじめる」。これを胸に刻んでほしいです。

 そして、「理論あてはめ」をするべからず(p.176)

 「県民性(道民性)」といった説明の図式(=理論、というよりも「俗説的理論」)を最初から立てるのではなく、コンビニの現場をよく観て、そこから考察を重ねるのです。何らかの理論を前もって立てることが「研究」だと思っているとしたら、特にエスノグラフィーの場合、それは誤解ですから解消してください。

 初心者の段階では、無理に「理論」に関連づけなくてよいです。むしろ現場をよく観察し、具体的な事実をよく調べ、記録することに専念してください。それができれば、この授業ではよい成績評価を与えます。むしろ、外側から理論を引っ張ってくるあまり、現場やデータとの関わりがおろそかになったり、ゆがめられたりしたら、成績は低くなります。

 これから取り組むことは、データを集めることです。エスノグラフィーにおけるデータは幅広いです。コンビニ調査の場合なら、店においてある商品、パッケージに書かれていること、商品陳列の仕方、店の建築やインテリア、店長・店員・客とのインタビュー、彼らが交わす会話、客の購入行動、コンビニに関わる書籍・雑誌・ウェブサイトなどなど。

 現場のディテール(どんな商品があるのか、パッケージにどんな説明書きがあるのか、チラシの文面はどうか、お客さんはいろいろなコンビニをどう区別しているのか、店員の側はどんな観点から商品を仕入れ、陳列しいるのか・・・)を観ることに時間を使いましょう。それがデータとなり、研究の素材となります。素材を活かすことが、エスノグラフィー分析のポイントです。

 すぐに抽象的な説明図式に飛ぶことを控えて、現場を内側から理解しましょう。他の理論を引っ張ってくると、外側からの理解にとどまってしまいます。それは「理論あてはめ」ですから、避けましょう。

 県民性や国民性は、実在するものとして踏まえるのではなく(そうすると「本質主義」に陥ります)、社会的に作られる「言説」として距離を置いて捉えましょう。

 「北海道人にはフロンティア・スピリットがある」なんて言い方も真に受けるのではなく、そのような言説がいかに作られたのか、そう言われるのはどのような文脈においてか、その社会的意味は何かと、批判的・分析的に問い直しましょう。

 コンビニの店のあり方や、商品の作り方、売られ方に「北海道的なもの」がどう関係づけられているのか、という問い方は有意義かもしれません。「道産食材」だとか、「道産子」といった言い回しがいかに用いられているのか。

 今やるべきことは、調査対象について徹底的に調べることです。具体的な事実を、ウェブ、書籍、パンフレット、インタビューなどを通して、詳しく調べ上げます。そのコンビニチェーンの概要を調べることはもちろん、日本の他のコンビニ、さらには視野を世界大に広げてコンビニの歴史などまで調べましょう。そしてその広い情報の中に、調査対象のローカルなコンビニ店を位置づけるのです。

 また、そのコンビニが置かれた、北海道に独自な文脈は何かということも問うてみましょう。

 「小田博志研究室」‐「研究関連」‐「研究ツールボックス」を活用しよう。そこのリンクのひとつ「国立国会図書館・雑誌記事検索」で、「コンビニ」を検索すれば、なんと『月刊 コンビニ』という専門誌があることがわかります。こういう雑誌は情報の宝庫です。

 エスノグラフィーでは、柔軟性・臨機応変さが大切です。

 コンビニだけでなく、北海道に拠点を置く企業に研究上の焦点を広げることも可能かもしれません。


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