職案人

求職・歴史・仏教などについて掲載するつもりだが、自分の思いつきが多いブログだよ。適当に付き合って下さい。

埼大生の為の法華経(その14)

2007年02月27日 | 受験・学校

こんにちは
愚な教育学部の学生は元気でしょうか?
人間の悩みの原因が煩悩であり、物欲などの欲に執着を起こし、自分の興味以外な物は排除する事から起きているのが、分かれば良いでしょう。


そこで、お釈迦様は考えた。
いきなり、”因縁・因果”を説いた、
としても、誰にも理解できない。当時の人はこの世の物すべては神による物で、人間が神の許し無く、どうこう出来る物では無いと考えていたからです。

では、どうすれば良いのか?そして、ひらめいた。”古代インドの神々の力を借りて、教えを徐々に広めれば、良いのだ!。”

お釈迦様はすぐに、空「森羅万象が因・縁から成り立ち、因が縁の影響を受け様々な果をもたらし、その果が次の因に成り、また縁の影響を受け、新たな果をもたらす。そして、その事が永遠に続く事」を教えず、五戒十善の法を教えた。


そして、五戒十善の法を教え、人を良縁に住まわせながら、涅槃を説いて、誰でも佛に成れる事、つまり成仏でき、成仏すると、天国に逝き、何に不自由なく、暮らせるると説いた。この事はお釈迦様の方便であることが法華経を読むと分かる。


ところで、涅槃って、何だ!
涅槃(ねはん)とは、すべての森羅万象が因・縁から成り立ち、同じ状態ではあり続けない。つまり、無常である事を悟り、物事に欲をかいて、執着心を起こさない事。
では法華経の譬喩品をどうぞ!

やがて、狼などが骨や肉をもてあそぶ。そのことで、群れた犬どもが相争って来て、その周りを広く撮り囲み、飢えにやせて、それに恐れているため、隙を見ては食を求めめ、戦い争て互いに噛付き、歯を見せて吠えている。

やがて、その家の恐怖は次の状態に変り果てた。到る所に皆、魑(ち)・魅(み)・魍魎(もうりょう)・夜叉(やしゃ)・悪鬼(あっき)とうがいて、人肉や毒虫の類を食らい、人から恐れられている諸の鳥獣も、生み育てた子を自ら巣に隠し守っている。

夜叉が競いながら来て、子を奪い取り、これを食う。これに食い飽きれば、つぎはどのような悪事をしょうかと盛んに思いを廻らして、遠吠えする。その戦いの奇声にはなはだ、恐怖するばかり、鳩槃茶鬼(くはんだき)は堅い土にしゃがみ、うずくまる。

ある時は地面から一尺・二尺飛び跳ねながら、あちこち、うかれ歩いて、自分の思いまま喜びながら、いたずらしている。

犬の両足を取り、それを殴り、声が出ないほど殴り、足を持って首に掛けて、犬を脅して自ら楽しんでいる。

また、諸鬼がいる。その身は背が高く大きい、裸身は痩せていて黒い。そして、常に
その中に住んでいる。大悪声を出して、叫びながら、食を求めている。また、諸鬼がいて、その者の咽は鍼の様である。

またまた、諸鬼がいて、牛の頭を持ち、人の肉を食らい、またある時は犬を食う。髪は生え乱れて、生き物を残虐に殺し、常に飢えや渇きに攻められて、叫びながら走り回ている。

夜叉(やしゃ)・餓鬼(がき)・諸の恐ろしい鳥獣など、急に飢えて、四方に向かい窓をうかがい見て、この様な色々な難、つまり、恐れる事が数え切れないほどある。

この古びて朽ちた宅はたった一人の持ち物である。その持ち主が近くにでて、間もないあいだ、家宅がにわかに火を出す。一時、四面は炎で盛んになり、棟や梁や垂木や柱などが爆音に震えて裂け、或いは打ち壊され、堕落し、また泥壁は崩れ倒れる。

諸の鬼神とう、声を上げて大いに叫び、鵰(ちょう)・鷲・諸鳥・鳩槃茶鬼とうは周囲の火に恐れおののき、自分から出ることが出来ずに居た。猛獣・毒虫は窪みの所に隠れ潜いでいる。

毘舎闍鬼(びしゃじゃき)もまた、その中にいるが、福・徳が薄い故に、火にせまられ、共に殺し合い、血を飲み肉を食らう。野干(狐の別称)の類は、すでに並んで死んでいる所に、諸の凶暴な猛獣が争うように来て、食らう。

臭いと煙が同時に発生して、四面に漂い充満する。むかで・やもり・毒蛇の類は火に焼かれて、争いながら走り、穴から出る。鳩槃茶鬼はそれらの後を追いかけ、それを取って食う。


・鵰(ちょう)
猛禽類の事、肉食で性質の荒々しい鳥
・魑・魅(ち・み)
山林の精気から生じ、人を迷わすというばけもの
・魍魎(もうりょう)
山・水・木・石などの精気から生じて人をばかすという怪物
・夜叉(やしゃ)
インドで人を害する悪鬼。仏教では毘沙門天(びしやもんてん)の眷属で北方を守護する鬼神。八部衆の一。薬叉。
・悪鬼
仏道をさまたげ、人を悪に向かわせる、悪い神。夜叉(やしや)・羅刹(らせつ)の類。悪鬼神。
・鳩槃茶鬼(くはんだき)
人の精気を吸う鬼
・毘舎闍鬼(びしゃじゃき)
餓鬼の一種
・毘沙門天
四天王・十二天の一。須弥山中腹の北側に住し、夜叉(やしや)を率いて北方を守護する神。日本では福や財をもたらす神としても信仰され、七福神の一人とされる。仏法を守護し、福徳を授ける


今日はこの辺で終り、

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埼大生の為の法華経(その13)

2007年02月24日 | 受験・学校
こんにちは
愚な教育学部の学生は元気でしょうか?
では、実際”因・果”を分かった所で、どうすれば良いのだろうか?


まず、お釈迦様の言う通り、悩みの原因を見つけることです。その原因を取り除けば、悩みは消える。悩みの原因は相手(縁)では無く、自分の内面に有る。なぜならば、自分が因だから自分の身が苦果(悩み)になり、苦の報いを受ける。


なぜでしょうか?
お釈迦様は人間の悩みの原因は、人間は肉体や心の欲望、他者への怒り、仮の実在への執着など起こす煩悩を持つからです。


煩悩を持つ原因は自分が絶対的な存在でなく、一時的な存在であるにも、関らずその事を知らないで、色々なものに執着するからである。
ア.自我
1.我痴2.我見3.我慢4.我愛
イ.生理的欲求
1.食欲2.睡眠欲3.排尿排便欲4.性欲など
ウ.縁に染まり、価値観や習慣を身に付ける
1.物欲2.名誉欲3.苦を嫌い楽を好むなど
以上が主な原因だと考えられる

煩悩を持つ事で味わう悩み
1.四苦八苦の恐怖
生・老・病・死、愛別離苦・怨憎会苦(おんぞうえく)・求不得苦(ぐふとくく)・五陰盛苦(ごおんじようく)を加えた八つの苦しみ

2.三毒により作った業の報い
三毒とは貪欲(とんよく)・瞋恚(しんい)・愚痴
3・惑よる不安
煩悩であることで色々な物に迷いを生じる


以上、実際はもっと複雑であるが分かりやすくした。それを治すには、涅槃を知る事だとお釈迦様は説いています。では法華経の譬喩品をどうぞ!


私ははかり知れない智慧・力・無畏などの諸佛の法蔵がある。この諸の衆生は皆、我が子であり、等しく大乗を教えるべきである。人として、自分独りで煩悩(ぼんのう)をすべて消滅させ、涅槃に渡る事を得た証拠を示す。

如来が滅度した法をもって皆を滅度する。この諸の衆生のうち、自らの三界を脱した者には、悉く諸佛の禅定・解脱等の娯楽の手法を与える。皆、これらは一人の佛に、一つの教えであり、聖(佛)が感心してほめたたえたものである。

不思議に心を清められ、世の中で一番の楽を生じさせるものである。舎利弗、彼の長者が初め、三車をもって、諸子を誘い出して、そしてその後、この世で一番乗り心地の良い乗り物で、様々な宝石で飾り立てられた大車を与えた。

しかも、彼の長者には嘘の罪がない様に、如来もまた、同じであり、嘘を吐く事が無い。初め、三乗(声聞乗・辟支仏乗・佛乗)を説いて衆生を引導し、さらに後、大乗をもって、衆生を煩悩から脱し、涅槃に渡す。

何故かと言うと、如来は数知れないほどある智慧・力・無所畏(恐れがない)・諸法の蔵があり、すべての衆生に大乗の法を与える。

ただ、教えを尽くしても、これを良く悟り得ることが出来ない。この因縁(事柄)をもって、将に知ることである。諸佛方便力を借りて、唯一、成仏する事が出来る教え、一佛乗であるにも関らず、これを分別して、三と説た事である。

佛は重ねて、この義を述べんと欲し、偈を説いて言った。
「例えば、長者がいて、その者は大宅を持ている。その宅は永い間、手入れされて無く古びていて、急にくずれ、堕ちたかのようだ。

お堂は高いけれど、危なかしく、柱の土台は砕け、はりや棟は傾き、階段の根元は壊れて、崩れている。垣根は腐て、裂けている。壁泥は剥がれ落ち、ともは乱れ落ち、のきは交互に抜け落ち、周りの弊はうねり、庭は雑草で覆い尽くされている。

その中に、五百人の人が住み着いていて、鳶(とび)・梟(ふくろう)・大鷲・鷲(わし)・烏・カササギ・鳩・鴿(ごう)・大蛇・蝮(まむし)・蠍(さそり)・百足(むかで)・守宮(やもり)・鼬(いたち)・狸・二十日鼠・鼠(ねずみ)など、

諸の悪蟲(あくちゅう)のものどもが横行して、走り廻り、屎尿の臭い匂いがしている所である。しかも、不浄なものが溢れて、流れ出している所に糞虫・色々な虫が集まっている。また、狐・狼・野干が屍を足で踏みながら、肉を噛み千切り、食べている。


・?蛇(がんじゃ)
蛇のおやかたの事、つまり、大蛇
・鴿(ごう)
ハト目ハト科に属する鳥の総称
・野干(やかん)
中国で、悪獣の名。狐に似た外見で、木登りがうまく、オオカミに似た鳴き方をするという。


今日はこの辺で終り、



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埼大生の為の法華経(その12)

2007年02月20日 | 受験・学校
こんにちは
愚な教育学部の学生は元気でしょうか?
十二因縁の法は理解出来たかな?。これもやはり、因・果の話で、過去の因が現在の果で、現在の果が未来の因になり、未来の果になる。そして、その事が永遠に続く事を示している。


縁はどこだ!と言う事になるが、因を果に結びつける役目をするのが縁です。以上を簡単に言うと”親の因果が子にかかる””カエルの子はカエル””情けは人の為ならず(自分のため)”と言う事だ。


ここで、因とは業で、果は今の心境で、縁は自分の持っている欲や習慣の事を指している。
だから、それらを変える事により、悩み・苦しみが消える。また、自分が善因になれば、
善果のみ与えられる。どうすれば、そうなるかはこのブログを見るか、法華経を読む事だ!では法華経の譬喩品をどうぞ!


舎利弗、もし智慧のある衆生がいて、佛世尊に従い、敬って法を聞いて、信じて、法を受けようとし、自ら勤めて精進して速やかに三界を出ようと願い、自ら涅槃を求める。
これを聲聞乗と名づける。

彼の諸子が羊車を求めて、火宅を出たのと同じである。もし、衆生がいて、佛世尊に従い、敬って法を聞いて、信じて、法を受けようとし、自ら勤めて精進して、自然の智慧を求め、獨・善・寂を願い、深く諸法の因・縁を知る。

これを辟支仏乗と名づける。彼の諸子が鹿車を求めて、火宅を出たのと同じである。
もし、衆生がいて、佛世尊に従い、敬って法を聞いて、信じて、法を受けようとし、自ら勤めて精進して、一切智・佛智・自然智・無師智・如来の知見・力・無所畏を求め、

数えられない多くの衆生に哀れむ心を起こして、安穏にさせて、天・人に恩恵を与え、すべての煩悩から脱出させ涅槃に渡す。これを大乗と名づける。

菩薩はこの乗を求めるが故に名づけて、摩訶薩とする。彼の諸子が牛車を求めて、火宅を出たのと同じである。

舎利弗、彼の長者の、諸子等の安穏に火宅を出る事が出来て、恐れのない所に到るのを見て、自ら、財産が限りない事を思いて、等しく大車を以って諸子に与えた様に、如来も、また同じ様する。なぜなら、如来は一切衆生の父であるから。

もし、無量億千の衆生の、佛教の門(佛の教え)をもって三界の苦・怖畏の険道を出て
、涅槃の楽を得るのを見て、如来はその時に、この思いを抱く。


・無漏(むろ)の根・力・覚・道・禅定・解脱・三昧について
漏は煩悩(ぼんのう)のこと、無漏は迷いや欲望がなくなったこと、八正道の無漏の法のことを言っている。
・無漏(むろ)の根
貪欲(とんよく)・瞋恚(しんい)・愚痴をしない心・口・身の三根
・無漏(むろ)の力
如来の十力の事で、1.知覚処(道理)非処智力2.智三世業報智力3.知諸禅解脱三昧智力
4.知種種解智力5.知種種界智力6.智一切至所道智力7.智天眼無碍智力8.知宿命無漏
智力9.知永断習気智力
・覚
三覚の事、1.自覚;自分自身の立場・状態・能力などをよく知ること
2.覚他;悟った者が他者を教え導いて悟らしめること
3.覚行窮満(究竟覚);悟りを極めること
・道
煩悩(ぼんのう)を離れた清らかな智慧(ちえ)を得た存在である聖者の行う修行
・禅定
精神をある対象に集中させ、宗教的な精神状態に入ること。また、その精神状態。
・解脱
煩悩の束縛から解放されて、安らかで自由な悟りの境地に達すること。悟ること。涅槃(ねはん)。
・三智
〔智度論〕一切智(声聞縁覚の智)・道種智(菩薩の智)・一切種智(仏の智)
・一切智
あらゆる事物について”空”を知る縁覚・声聞の智慧(ちえ)。
・道種智
菩薩が教化する対象をよく理解する智慧
・一切種智(佛智)
万物が本来は空であって平等・無差別であることを知るとともに、現象として出現する諸相をすべて知る仏の最高の智慧(ちえ)。
・無師智
師がいなくて、悟りを開く智慧
・自然智
他から教えを受けたのでなく自然に悟りを開いた仏の智慧(ちえ)。自己に本来備わっている智。


今日はこの辺で終り、





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埼大生の為の法華経(その11)

2007年02月18日 | 受験・学校
こんにちは
愚な教育学部の学生は元気でしょうか?
如何かな?お釈迦様の説いた仏教の根本理念「果には必ず因があり、それを果にする縁がある。」が分かれば、すべての物事は解決できる。


お釈迦様は現在で言うと技術者や研究者が持っている観察力・分析力・解析力・評価力を用いて、苦の因果を研究した研究者です。
そして、現在の坊主のような霊により、不幸が引き起こされるような事は無い。また死んだ者が自分の業や徳により天国・地獄へ行く事もない。


それらは心の状態を表す為に、用いた比喩です。六道も同じで、人から土の中で生きているミミズまでの生活環境を六つに分類したもので、生き物が死ぬ事は体が腐り食物連鎖の法に従い、また新たな生き物に生まれ変わるだけの事です。

では十二因縁に話を戻そう
前回の事を具体的に言うと
現在の惑業(愛・取・有)はすでに苦果(識から受)より生じていることを見れば、過去の惑業(無明・行)は過去の苦果より生ずるを知り、すでに現在の苦果は現在の業(有)を生ずる見れば、また未来の苦果(生老死)は未来の業を生ずるを知る。
つまり、現在の惑業は遠い過去の苦果より起き、未来の苦果をもたらし終りのない無始
無終の生死輪廻を表している。だから、無明をもって、生死を嫌い、今の自分が有る事を知り、惑業を断じて涅槃を悟る事です。
十二因縁を因・縁・果にあえて分けると
因----行・有;;縁----無明・愛・取;;果----その他すべて
これで、十二因縁は終りです。法華経の譬喩品をどうぞ!


舎利弗、佛はこの様な姿を見て、この思いを抱いた。
私はこれら衆生の父になり、その苦難を抜き、数知れないほどあり、そして永遠に変わる事のない佛の智慧の楽を与え、衆生の心を苦から開放し、自由にすべきである事。

舎利弗、如来も、またこの思いを抱いた。
もし、私が単に、方便を捨て、神力及び智慧力を用いて、諸の衆生の為に、如来の知識・力・無所畏を賛美したならば、衆生はこれでもって得度する事は出来ない。

なぜならば、この諸の衆生は未だに、生・老・病・死・憂悲(心配・悲しみ)・苦悩を免れず、三界(心の中の欲界・色界・無色界)の火宅に焼かれる。どう言う訳か、佛の智慧を理解出来ないのです。

舎利弗、彼の長者も身体に力がみなぎっているにも関らず、これを用いずに、ただ丁寧に話し掛けて、方便をもって諸子の火宅の難を努めて救済して、後に各々珍寶の大車を与えたように、如来もまたこの様な行ないをする。

力・無所畏があると言えども、しかしこれを用いず。ただ、智慧方便を以って、三界の火宅より、苦を抜きながら衆生を救済する為に、三乗の声聞・辟支仏・佛乗を説く。

しかも、次の様に述べた。
”あなた達、楽して、三界の火宅に住む事を得ようとするな!塵の害である。色・声・香・味・触を貪ることなかれもし、貪着して愛を生じれば、すなわち焼かれん。あなた達、速やかに三界を出て、三乗の声聞・辟支仏・佛乗を得よ。”

”私は今、あなた達の為に、自分の最後が虚しいもので無くなる事を保証する。ただ、ただ、あなた達は勤めて修業に励み、精進するのです。”如来はこの方便をもって、衆生を導き、また、次の様に述べた。

”あなた達、将に、知るべし、この三乗の法は皆、これ聖(佛のこと)の称嘆した給う所なり、心が自由自在に成り、疑たがわしい所が無い。この三乗の法に乗って、無漏(むろ)の根・力・覚・道・禅定・解脱・三昧とうをもって、自ら心を慰め、楽しみながら、無量の安穏快楽を得るのです。”


・三乗(さんじょう)
〔「乗」は迷いの此岸から悟りの彼岸へ衆生(しゆじよう)を渡す乗り物の意〕衆生が煩悩(ぼんのう)の世界から菩提の世界に達する三つの方法。声聞乗・縁覚乗・菩薩乗の総称。
・五乗(ごじょう)
人乗・天乗・声聞(しようもん)乗・縁覚(えんがく)乗・菩薩乗の事
・人乗
五戒の行法(不殺生(ふせつしよう)・不偸盗(ふちゆうとう)・不邪淫(ふじやいん)・不妄語(ふもうご)・不飲酒(ふおんじゆ))により救う事
・天乗
十善の行法(殺生・偸盗(ちゆうとう)・邪婬・妄語・両舌・悪口・綺語(きご)・貪欲・瞋恚(しんい)・邪見)により救う事
・声聞乗(しゃもん)
五乗の一つで、仏の教えを聞くが自分の悟りを開くことのみを目的として修行する声聞の立場の教法。四諦の行法に乗じて、阿羅漢に至る者
・辟支仏(縁覚)乗
仏の教えによらず、ひとりで悟りをひらき、それを他人に説こうとしない聖者。声聞(しようもん)とともに二乗といい、小乗の修行者とする。独覚。辟支仏(びやくしぶつ)。
十二因縁の行法に乗じて、辟支仏に至る者
・佛(菩薩)乗
自分だけではなく、すべての人を悟りに導こうとする立場の教法。大乗。
六度の行法に乗じて、佛果に上がる者
・三昧(さんまい)
心を一つのものに集中させて、安定した精神状態に入る宗教的な瞑想


今日はこの辺で終り、



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埼大生の為の法華経(その10)

2007年02月14日 | 受験・学校
こんにちは
愚な教育学部の学生は元気でしょうか?
これで”縁”と言う物が理解できたでしょうか?この事が分かれば、自分が将来どう生きたら良いか、見えてくるはずです。


だから、”いじめか?”と言ってる場合じゃダメ何ダヨ!君の場合、お釈迦様と同じで、その原因を見つけなければ、そして”縁”を変えるのダー!!

では十二因縁に話を戻そう
未来の部分
11.生
現在の業によりて、未来に生じさせる果を受ける位
12.老死
未来において、老いて、死する位


この十二因縁の最初の無明・行は惑業を言っていて、過去世の因に属している。識・名色・六処・触・受の5は過去の惑業の因につながりて受けし現在の果を意味する。過現一重の因果


愛・取は現在の惑で、有は現在の業を意味する。そして、この惑業の因につながり(縁)て未来の生と老死の果を感じる。現未一重の因果


よって、十二因縁で三世両重の因果を現し、この事により因果の輪廻の極まらない事を知る。これら以降の事は次回と言う事で、法華経の譬喩品をどうぞ!


何故ならば、もし、寿命をまっとうすれば、これですでに愛着する物を得たのと同じです。まして、方便をもって彼の火宅より救出したのですから。世尊、もし、この長者が粗末な車さえ与えないとしても、嘘をついた事には成りません。

何故ならば、この長者は先にこの思いを抱いたからです。
”私は方便をもって、子供を救出させよう”と思った事です。この事柄をみて、嘘をついた事には成りません。

まして、長者は自ら、自分の財産は無限にある事を知り、諸子を物に不住させないと思って、等しく大車を与えた事です。

佛、舎利弗に告げました。
”宜しい、宜しい、あなたが言った通りです。”
舎利弗、如来もまた同じなのです。すなわち、如来はすべての世間の父です。諸の怖畏(いふ)・衰悩(すいのう)・憂患(うげん)・無明(むみょう)・暗蔽(あんぺい)を永く滅して、他に比べるものが無いのです。

しかも、悉く無量の知見・力・無所畏(むしょい)を成就し、大神力及び智慧力が有り、方便・智慧波羅蜜を身に付けているのです。常に、怠ける事無く、飽きる事無く
大慈大悲の心を起こし、善事を求めて、すべてのものを役に立つようにする。

しかも、三界が朽ちて、古びた火宅に如来が生まれたことは衆生の生・老・病・死・憂悲(うひ)・苦悩・愚痴(ぐち)・暗蔽(あんぺい)・三毒の火を度し、教え導き、阿耨多羅三藐三菩提(あのくだらさんみゃくさんぼだい)を授けんが為です。

諸の衆生を見ると、生・老・病・死・憂悲(うひ)・苦悩に焼かれたり、煮られたりしている。また、五欲財利を持っている為に色々な苦を受ける。

さらに、物事に執着し、むさぼり求めて、それに心を捕らわれている為。実に、衆苦を受け、後には地獄・畜生・餓鬼の苦を受ける。もし、天上に生まれて、人間だとしたら、貧窮困苦・怨憎会苦・愛別離苦のような諸苦がある。

衆生はその中に埋没して、喜んで遊んでいて、そのことを自覚せず、知らず、驚きもせず、恐怖すらしない。また厭うともせず、解脱する事を求めず。この三界の火宅において東西に走り回り、大苦に会うと言うのに患いる事も無い。


・怖畏
煩悩である為に損・滅・老・死・などにおそれおののく事
・衰悩
煩悩である為に、我身に損・滅・があり、その事に執着し悩む事
・憂患
三毒による業から起きる悲しみ、苦しみなどの禍の事
・無明
無知や欲などから起こる惑いの事
・暗蔽
愚人の心、常に理に暗く、欲に覆われている事
・智慧波羅蜜
六波羅蜜の一つで、佛の実践に本ずく智慧を方便の時の仮の智慧に対して言う
.阿耨多羅三藐三菩提(あのくだらさんみゃくさんぼだい)
仏教の最高の悟りで、相手の事を良く知り、煩悩から救い出す智慧
・三界
心をもつものの存在する欲界・色界・無色界の三つの世界
・五欲財利(ごよくざいり)
財欲・色欲・飲食欲・名誉欲・睡眠欲と価値を財貨に求める事
・三悪道(さんまくどう)
死者が悪業(あくごう)のために行く世界
1.餓鬼(がき)
食物に飢えている者。また、貪欲な者
2.畜生
愚かで、肉親をも傷つけ、苦しみが多い
3.地獄
悪業をした者が死後苦報をうけると信じられている世界
・四苦八苦
生老病死の四苦に、愛別離苦・怨憎会苦(おんぞうえく)・求不得苦(ぐふとくく)・五陰盛苦(ごおんじようく)の四苦とを併せたもの。人間のあらゆる苦しみ


今日はこの辺で終り、





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