思考の部屋

日々、思考の世界を追求して思うところを綴る小部屋

偲ぶ

2008年12月06日 | こころの時代
 11月27日付け読売の「平成 万葉の旅」の万葉歌は、

 信濃なる 千曲の川の 小石も 君し踏みてば 玉と拾はむ

という私の好きな東人の歌でした。これまで2・3回ブログに書いている歌です。

 今回の読売は、PHP研究所の上野誠先生の「みんなの万葉集から」引用しています。

 本によっては「さざれしも」の言葉を「小石も」、「細石も」、「さざれ石も」といろいろな書き方をしています。

 新聞では、千曲市の上山田にある千曲川萬葉公園」にあるこの歌の歌碑について紹介しています。

 歌碑を建てることを戦前の上山田村の村長であり歌人でもあった山崎等さんが発案し、国文学者佐佐木信綱先生の書を銅板にし埋め込んだ歌碑は1937年完成する予定であったそうですが、戦争になり金属の供出を迫られるような情勢となってしまいました。

 供出はともあれ歌碑などを建てる情勢でなくなったのでしょう。そこで佐佐木先生のお弟子さんで当時地元の職業訓練校で教諭をされていた清水信雄先生が他人に知られないように保管したのだそうです。

 どうにか世の中が落ち着きつつある1950年に、ようやく完成をみるにいたったという経緯が紹介されていました。
 清水先生は、魂のこもった恩師である佐佐木先生の書を供出するに忍びなかったのでしょう。

 新聞のコラムの作者は、最後に「そんな玉のように貴重な隠れた偉人を知る人は今は少ない。すべてを知る歌碑だけが、いつもと同じく流れる千曲川をじっと見つめている。」と締めくくっていました。偉人であるかはさておき、清水先生にとっては、身近な「恩師の書の銅板」であったのでしょう。

 時間がなくこの歌について書けないでいるうちに、時が経つのは早いもので12月4日の平成万葉の歌は、またまた私の好きな狭野弟上娘子(さののちがみのをとめ)の

 君が行く 長手のを繰り畳ね 焼き滅ぶぼさむ 天の火もがも

という歌でした。
  今回は伊藤博先生の「萬葉集釋注 集英社文庫」からの訳を紹介していました。 越前の国(現福井県越前市)へ島流でしされた夫を恋焦がれて歌った歌と解説されていましたが、下級の女官(蔵部の司の女嬬)と宮廷役人の中臣宅守(なたとみのやかもり)のいわゆる社内恋愛で、当時は処罰される行為であったことから中臣宅守は越前へ流されたと故犬養孝先生は語っていました、私も同感で、このような二人の間の「距離と時間」を天の火で焼いて短縮しようなどという発想は、許されない熱烈な恋でなければならないと思います。

 以前「人を偲ぶ」と「耐え忍ぶ」について書いたことがありますが、「しのぶ」という発音には、二つの心の作用があります。これが今では同じ「しのぶ」という発音となっていますが、万葉の世では「偲ぶ」の方は、「しのふ」と発音されていました。

 現代は車社会で交通機関は高速化され、恋する二人には、古代に比べれば時間も距離も障害にならない時代です。

 偲ぶ必要はなく耐える必要もない合いたければ合いに行けばいいだけのこと、「遠くにありて思う」などの感覚は劣化しつつあるかもしれません。

 故人でさえ背後霊として存在すると公言し続けるメディアの存在。

 現代人は偲ぶことも、忍ぶことも失いつつあるのではないでしょうか。

 今日は午後から雪になるのでしょうか、小さな霰(あられ)が降ってきました。