Sightsong

自縄自縛日記

スティーヴ・エリクソン『きみを夢みて』

2015-10-21 08:34:20 | 北米

スティーヴ・エリクソン『きみを夢みて』(ちくま文庫、原著2012年)を読む。

わたしにとって久しぶりに接するエリクソン作品だが、なぜ『Xのアーチ』以降放っておいたのだろうと後悔させられてしまうほどのインパクトを持つものだった。読み進めるのが怖い気持ちのなかで何日間も夢中になり、バンコクのホテルでようやく読み終えた。

これまでも、エリクソンは、ジェファーソンやブッシュ(父)などを通じて、<アメリカ>の遺伝子と血塗られた歴史を描いてきた。本作で登場するのは、兄の死後大統領にならずして暗殺されたロバート・ケネディと、バラク・オバマだ。<白>と<黒>との間に絶えず介在してきた呪いの交接点に浮上した人物として。ロバートは、キング牧師と同じ1968年に殺された。

白人のザンとヴィヴは、エチオピア生まれの女の赤ん坊シバを養子として迎え入れる。人類のはじまりの地の血を持つ娘は、話さないときにさえも、身体から音楽を発する者であった。彼女は、常にまた棄てられるのではないかという怯えを抱え、自分を受容する者を過激に求めていた。息子パーカーは、チャーリー・パーカーにより命名され、またザンの恩師はビリー・ホリデイの愛人でもあった。ここでは、政治と生きることと音楽とが分かち難く描かれ、また、それらを分つことの愚かしさまでも明白に示される。

ヴィヴはシバのルーツを求めてひとりエチオピアに向かい、失踪する。シバに寄り添う家政婦モリーの母ジャスミンは、やはりエチオピアで生を受け、ロバート・ケネディの最後に深く交錯する。作家ザンが作品として妄想する「X」はナチス的な者に襲われ、モリーがジャスミンから受け継いだイコンとしての絵を引き継ぐ。すなわちそれは妄想する将来でもあり、過去でもあった。

時間と場所と意識を飛び越え結わえるアーチが、何本も何本も、複雑に生起する。20世紀の初頭に、21世紀に、戦前に。アメリカに、ロンドンに、ベルリンに、パリに、エチオピアに。大統領選挙の記憶に、<9・11>の記憶に、<3・11>の記憶に。アーチの交錯から浮かび上がってくるものは、常に他者から想像されるヴィジョンとしての<アメリカ>、その名前を盗まれ血と愚かさとで汚された<アメリカ>、そして、それでもエリクソンが信じようとする<アメリカ>なのだった。


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