視人庵BLOG

古希(70歳)を迎えました。"星望雨読"を目指しています。
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超音速飛行―「音の壁」を突破せよ

2005-10-28 04:51:29 | 読書
超音速飛行―「音の壁」を突破せよ

大和書房

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「大空の覇者ドゥリットル」を書かれた加藤寛一郎氏の新著です。
「音の壁」が破れないと思われていた時代(1930年代後半~1947年)からイエーガーがベルX-1で「音速の壁」を破るまでの歴史が書かれていますが、「音速の壁」とは何であるかから「音速の壁」への挑戦者群像、さらには大阪弁天町にある交通科学博物館に展示されているロケット・モーター(XLR-11 RM-5)がベルX-1に導入された経緯(P78)なども紹介されていて、特にベルX-1の計画段階から飛行実験までの経緯を知る上では手ごろな本だと思います。

P.S. 小生、この時代(1940年代後半ー1950年代前半)のイギリスのジェット機に妙に惹かれます。

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Googlezon

2005-10-24 20:28:02 | Weblog
ホリエモンとフジテレビの騒ぎが遠い過去のような気がする今日この頃ですが、
GoogleとAmazonが合体して出来たという架空の会社"Googlezon"の2014年の未来を描いたフラッシュムービー「EPIC2004」の日本語訳をみつけました。
大変おもしろいです。
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10・21

2005-10-21 19:20:22 | Weblog
「10・21」と聞いて皆さんは何を思い浮かべるでしょうか?
小生の掛かりつけの老医者が語るには昭和18年10月21日の「学徒出陣」の日、どしゃぶりの雨の神宮外苑競技場を行進して、そのまま戦争にいってしまった悲しい思い出の日とのこと。
彼は終戦後、再び医学部に入学なされて以降、ずっと現役でお医者をなされていらっしゃいます。


小生にとっての「10・21」は昭和43年10月21日の「国際反戦デー」の新宿駅の記憶です。
当時、まったくのノンポリ(non political)学生だった小生は、夕方友人と新宿駅の西口に愛用のカメラを持って出かけました。
以前はフォークゲリラでいっぱいだった西口地下広場から、当時はまだ高層ビルなんてまったく無かった淀橋浄水場跡方面に向かい、機動隊の集結具合を視て、小田急デパート前の野次馬の間を抜けながら、甲州街道沿いに南口から東口にむかいました。


今のアルタ前で待っていると、デモ隊が新宿御苑方面からやってきました。
彼らはそのまま新宿駅構内に突入、それを視ていた野次馬も(小生も)一緒に新宿駅構内に流れていきました。ホームに上がってみると、線路上ではデモ隊と機動隊が乱闘しています。止まっている電車に向かって投げられた火炎瓶によって電車が燃えています。
再び中央通路に戻ると、機動隊が発射した催涙ガスで煙もうもうの状態。眼が開けられない状態なので顔をハンカチで押さえながら西口地下広場に脱出しました。
そこも催涙ガスでいっぱいなので、地下鉄方面に逃げると、なぜかまだ地下鉄が動いている。それに飛び乗って最寄駅まできたところで地下鉄も止まってしまいました。
家に戻ってテレビをつけたところで「騒乱罪」が発動されたことを知りました。
級友の中にはそれから何日か行方不明のものもおりました。

この2枚の写真はいまだに処分できません。
この時、生まれて始めて「時代」というものを肌で感じたような気がしています。


関連サイト:誰か昭和を想わざる



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杉山二郎氏、読書案内の達人

2005-10-19 20:19:48 | 読書
 誰にでも「あの人やあの本に出会ったので、関心を持つようになった」という人物や本はあると思うのですが、小生に西アジアの歴史へ関心を持たせ、パルミラ(シリア) ,ペトラ(ヨルダン),バールベック(レバノン)、はてはパルチアの都市ハトラ(イラク)などの遺跡巡りに夢中になるきっかけを作ったのは杉山二郎氏(東京国立博物館・元東洋考古室長)の話と氏が紹介する本を読んだからでした。
 今から30年位前、Aカルチャーセンターで氏の古代オリエントの講演を聞き、氏がその時紹介した「飢えと光り(J.ハックスレイ著)」や「エリュトゥラー海案内記」は国会図書館までいってコピーをとり貪り読んだものです。
そして小生、西アジア・フリークとなってしまいました。
 氏は江上波夫の東大イラン・イラク調査団に随行し、江上波夫の壮大な世界観に感化されたひとりとして、自身も語っていらっしゃいますが、学界の「大法螺吹き」として気宇壮大な、中心不明の講談ばりの講演をなさいます。
この大法螺がまとまって一冊の本になったのが「攻めの文明・守りの文明」です。これは江上波夫、松田寿男、杉山二郎の3氏の鼎談をまとめたものですが、大変面白く示唆にとんだものでした。
「陰謀と幻想の大アジア」で述べられているような、戦後の学界が描けなかった壮大なセオリーが見え隠れしていました。
 さて、10数年ぶりに氏の講演がYカルチャーセンターであると知り、懐かしくなっていってまいりました。
今、世田谷美術館で開催されている「宮殿とモスクの至宝」展関連の講演です。
氏はすでの80歳近いお歳だと思いますが、矍鑠として、声も昔のままでした。
そして話は昔と変わらず気宇壮大な、突然話題がとんでもない所へ飛んでいってしまう中心不明の講演でしたが、しっかりと1冊の本を紹介していかれました。
河出文庫「世界の歴史8イスラム世界」前嶋信次著です。
イスラム史概論なのですが、氏のこの本のプロローグの朗読を聞いていると、どうしても読みたくなり講演後早速購入してしまいました。
今読書中ですが、また西アジアに行きたいと思うようになっている今日この頃です。

ホント小生、人に影響されやすいミーハーな人間だと思います。

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ダイエットに挑戦中!

2005-10-15 18:42:40 | Weblog
8月末、医者から脂肪肝の宣告を受け、即「ダイエット!」を命じられました。
「12月までに標準体重まで痩せること!」とのお達しで「自分の基礎代謝量に合わせた食事を維持出来るよう自分でレシピを考えなさい」そして後2点守るように言われました。


1.100gまで測れる体重計を用意して毎日決められた時間に体重測定、記録をつけ体脂肪率と体重のバランスをチェックすること
2.何を食べても酒を飲んでも良いが、夜食で晩酌してすぐ寝るのはやめること、飲む場合は少なくとも3時間は起きていること

(昔)
現状、お陰様で約40日間で4kg減量しています。
一番のポイントは毎朝の測定でその日の食事メニューを考えるようになったこと。
朝食は以前より少し多目に食べ、
昼食は外食中心ですが、おかずは残さずご飯類の量を減らし、
夕食は以前よりさらに軽めに、そして夕食時の缶ビールを止めたこと。

だいたい夕食を抜くと、翌朝は前夜寝る前の体重から400gは減量しているので、この目安で毎日の減量値を100g見当に調整して食事をとっている状況です。

(現在)
甘いものもは好きなので、食べたい時は昼食を少し軽めにして、おやつを食べています。口が寂しいときは寒天菓子を作って食べています。

昨日、医者で血圧を測ったら下が70台に落ちていました。やはり重量オーバーが心臓に負担をかけていたのでしょう。この調子で12月までに標準体重まで落としたいです。

でも一番のポイントは小生、ひもじい思いを体験している世代なので、出されたものは残さずに食べないと悪いという脅迫観念があり、この呪縛から逃れられたことでしょうか?

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