落合順平 作品集

現代小説の部屋。

舞うが如く 第七章 (11)工女たちの休日

2013-02-24 07:43:27 | 現代小説
舞うが如く 第七章
(11)工女たちの休日




 富岡製糸場は、”官営による模範工場”の代表です。
仕事面ばかりではなく、休日の社内行事なども模範的に運営をされています。



 街の芝居小屋を貸し切って、工女たちの一同が見物に出かけます。
場内には、工男たちも沢山いますが、こうした社内行事には一切参加することはできません。
毎年の3月末には、一ノ宮にある貫前神社(ぬきさしじんじゃ)の境内で、
盛大にお花見の宴が催されます。


 数百人の若い娘たちが、満開の桜の下に、一斉に集います。
ふだんから日なたにも出ず、毎日湯気に蒸されていますので、髪は黒々と艶も豊かで、
顔の色も実に美しいものがあります。
入湯を一日も欠かさないうえ、入念にお化粧を施したうえに、身だしなみも
充分に整えていますのでいたるところに別嬪さんたちが溢れました。


 酒盛りなどをするわけではありませんが、
本格的な日本舞踊を披露する娘や、三味線などの鳴り物を弾く娘達たちも
たくさんいて、たいへんに賑やかです。
数日前に北海道から着いたばかりの、新人工女たちも参加をしました。
引率してきた役人が着ていたラッコの外套が、娘たちの、好奇の視線を集めます。


「アイヌだアイヌだ」と言う
ヒソヒソ声も聞こえてきましたが、こちらは早合点でした。
実際には、開拓に入った和人の娘たちがここへの実習に
派遣されてきただけのことでした。


 この賑やかな花見の後で、4月に入ってからのことです。
琴が、全快した民子と咲たちを連れて、再び貫前神社へ病全快の報告もかねて、
その参詣へと出かけます。


 琴たちの一行が参詣を済ませて境内を出たところで、異人たちと出会います。
フランス人女性教師たちのグループとの鉢合わせでした。
こちらも、息抜きをかねて市内を散歩をしていたのですが、そのうちの一人が、
古い歴史と格式といきさつを持つ、この貫前神社に興味を示しました。
しかし、警護のために同行してきた、製糸場の役人たちとの間で、
なにやら押し問答がはじまってしまいます。


 神社境内から出てくる琴たちを見て、
フランス人女性教師達も入ろうとしたのですが、
役人たちは、「外国人は、神聖な領域である、当神社に立ち入れません」と
毅然として制止をしてしまいます。


 肉食のフランス人達を「けがれている」として扱っています。
体調をくずしている一人の年配の婦人が、
「身体が弱いので、ぜひともお参りしたい」と懇願をしていました。、
片言の日本語でいくら訴えても、役人たちはまったく聞く耳すらをもちません。
やむなく、あきらめた一行が製糸場へ戻ることになります。


 人力車へ乗りこもうとして、
このご婦人が、不自由な片足を持ち上げようとして努力をしています。
見かねた琴が、ためらいもみせずに一歩前に進み出ます。
かたわらから婦人の身体を支えると、急ぐこともなく座席へと介護をしました。
人力車へ無事に乗り込み終えたご婦人が、琴へ感謝を述べています。
しかし残念ながらフランス語であるために、琴には一切通じません。


 琴たちの一行が製糸場へ戻ったところへ
先ほどのご婦人たちの使いの者が、工女部屋へと訪ねてきました。
女性教師達が琴たちを、異人館にある自室へ招待をしたいと申しこんできたのです。
同行していた役人たちの了解をとりつけてから、琴や娘たちが生まれて初めて
異人館へ、その足を踏み入れました。



 この日の散歩には参加せず、部屋に残って裁縫などをしていた、
他の女性教師たちも、この日本女性の訪問をことのほか歓迎をしてくれました。
ビスケットが出され、グラスには赤ワインが注がれます。

 この赤ワインこそが、創業当時に
「偉人には、真っ赤な生き血を呑まれる」といわしめた悪評の元凶です。
大量に持ち込まれてきた赤ワインを呑む彼らフランス人の姿のことを、当時は
生き血を飲む西洋人として、紹介をしていたのです。


 日本娘は、生れてはじめて呑む赤ワインと、
西洋菓子のビスケットのおいしさに、きわめて有頂天になりました。
まさに、日仏合同の製糸場ならではの異文化交流です。



 しかしこの後、一ヶ月もたたないうちに
代表のブリューナ夫妻はじめとして、フランス人技術者や女性教師達は、
その役目を終えて、全員が帰国をしてしまいます。
事実上、これが最初でまた最後としての交流会になってしまいました。

第7章 (12)へ、つづく



 新作は、こちら


赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (22)会津若松の玄如節
http://novelist.jp/62194_p1.html


 (1)は、こちらからどうぞ
 http://novelist.jp/61553_p1.html





・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/

最新の画像もっと見る

コメントを投稿